二章 1話
二章
予告状。
今夜、二十四時。
〈禁忌の魔導書〉を頂戴しに参上する。
――怪盗『灰仮面』
「それで、シンシアくん。今日はどうして僕のところに?」
シンシアの正面に座しているのは、騎士――アルバート。
場所は『セントシア聖騎士団』の詰所。王都の中心部である。
「……はい。今朝方、わたしの屋敷に、こんな手紙が送られてきたんです」
と、シンシアは件の予告状を差し出した。
「これは――」
アルバートの眉が、ピクリと動いた。
彼は手紙の封を開けると、その内容に目を走らせて、
「――間違いない。怪盗『灰仮面』からの予告状だね」
ギロリ、と。
アルバートの目つきが、鋭さを帯びる。
「なるほど、君の要件はわかった。つまり、僕に怪盗『灰仮面』迎撃の協力をして欲しい、ということだね?」
こくりとシンシアは頷く。
「その……アルバート様は怪盗『灰仮面』の逮捕に熱心だと、そうお聞きしましたので。わたしの力だけでは、怪盗『灰仮面』の相手なんて、とても……」
「そうか……あぁ、そういうことか」
一瞬、アルバートは目を瞑る。
それから、深く重い息を吐き出して、
「――わかった、手を貸そう。怪盗『灰仮面』の実力は確かだ、万全を期すために、優秀な警護をこちらで揃えておくよ」
「……っ! ありがとうございます、アルバート様っ!」
ぺこり、シンシアは喜々として頭を下げる。
「えと、それじゃあ、わたしはこれで失礼します。怪盗『灰仮面』の件、どうかよろしくお願いします」
「あぁ。手配が終わり次第、すぐに合流するよ」
会釈を最後に、シンシアは部屋を後にした。
その背中を見送りながら、アルバートは、思う。
「……怪盗『灰仮面』。まさか、こうも早く再会できるとはね」
忘れもしない。あの日の、完膚なきまでの敗北。
だが、神は――ウルフィス様は、あの失態を取り返す機会を与えてくれた。屈辱を晴らす舞台を用意してくださったのだ。
アルバートは剣を取る。その刀身に注ぐ魔力には、復讐の念をこめていた。
◆◆◆
「――らしいっすよ?」
同刻、アッシュの隠れ家にて。
《千里眼》を発動させたツバキは、今日のシンシアの動向を監視し、その報告をくれた。
「ま、なんとなく予想はついてたけどな。予告状の効果はバッチリってわけだ」
アッシュはいつも、盗みを決行する当日、侵入先に予告状を突きつけている。
その理由は、大きくふたつ。
ひとつ目は、あえて警護をさせること。王国の連中は、基本的に真面目な連中が多い。こちらからの予告があれば、確実な体制を固めようとしてくる。そういう〝隙のなさ〟は、裏を返せば〝読みやすさ〟と同義だ。おかげで突破の糸口がイメージしやすくなる。
そして、もうひとつは。
「ここを勝てば、あの〝正義のアルバート〟に二連勝したっつう事実が手に入る」
そう、つまりは経歴である。
アッシュが――怪盗『灰仮面』が圧倒的な存在であることを、セントシア王国中に広めなければならない。そうすることが、アッシュの〝野望〟に近づく一歩なのだから。
そして、アルバートでも敵わないという事実は、王国民の恐怖心を確実に刺激する。
つまり予告状は、強敵を誘い出すための手段でもあるというわけだ。
「つーわけだ。手は抜けねぇ、全力でやるぞ」
言って、アッシュは魔導具のひとつを取り出し、それの調整を開始した。
魔導具〈追い風のブーツ〉。その性質は《加速》。風属性の魔法を靴底に仕組むことで、瞬間的な加速を可能としてくれる魔導具だ。
「ほんと、センパイって器用っすよねぇ。魔導具の調整なんて、誰にでもできることじゃないんすよ?」
「そりゃあ、アレだろ。俺は盗みの天才だからな」
魔導具の調整や使用は、アッシュの特技であり、盗みの武器である。
この〈追い風のブーツ〉は、アッシュが『怪盗七つ道具』(とカッコつけて)呼んでいる魔導具のひとつだ。それらを盗みに駆使するための調整技術は、独学であっさりと身についた。きっと才能があったのだろうと、そう思わせてくれる。
「……よし。こいつは問題ないな」
と、〈追い風のブーツ〉の調整を終える。
続けて、怪盗『灰仮面』のトレードマークともいえる灰色の仮面を取り出した。
これの正体は、《暗視》の性質を持った魔導具であり、『怪盗七つ道具』のひとつだ。
「ねぇ、センパイ……」ツバキは焦れったそうな声で、「……あたしにも、何かお手伝いできないっすか? あたしだって、センパイのお役に立ちたくて……」
「んなこと言ってもなぁ。誰にでもできることじゃねぇって、さっきお前が言ったばっかだろ? 気持ちだけもらっといてやるから、見取り図でも書き起こしとけって」
「それなら、もう終わってるっす!」
待ってましたと言わんばかりのドヤ顔で、ツバキは床を指さした。
見ると、確かにシンシア=ユースティスの屋敷の見取り図は完成していた。文句のつけようがない、丁寧で見やすい図解。
「あたし、ずっとセンパイの作業みてきたっすし、〈マギア・リボルバー〉の調整くらいならできると思うんす! だから、その……だめっすか?」
上目遣いで、そう聞かれる。
そういう態度をとられると、断ろうにも断れなくなる。
「……わかったわかった。んじゃ、頼んだぞ」
「やったあーっす! バッチリお手入れさせてもらうっすよーっ!」
過剰なくらいに喜ぶツバキに、金色のリボルバーを手渡してやる。
魔導具〈マギア・リボルバー〉。アッシュの相棒であり、『怪盗七つ道具』の中で唯一、戦闘に特化させた魔導具だ。
これの調整は、実のところ簡単だったりする。というのも、内部構造が複雑すぎて、いじればいじるだけ性能が劣化していくのだ。だからアッシュは、いつも調整らしい調整をしていない。やることと言えば、故障の確認くらいだ。
だからたぶん、ツバキに預けて大丈夫だろうと判断できる。
「んじゃ、俺は作戦でも考えるとするか」
言って、アッシュは見取り図に視線を向けた。
貴族の屋敷らしい、左右対称の内装。ターゲットの〈禁忌の魔導書〉が保管されている金庫室には、赤い印をつけてある。そこにたどり着くための最適解となるルートを、アッシュは練らなければならない。
無論、単純に距離では考えない。正門から突入しても、そのまま警護と衝突してしまう。目標が盗みである以上、戦闘はできるだけ避けたいものだ。
「侵入ルート、どうするんすか?」
リボルバーの銃口を覗きながら、ツバキに問われる。
アッシュは顎に手を当てて、
「当然だが、玄関口は避けたい。不意は突いても突かれるな、ってな」
見取り図上の玄関に、バッテンの印を書く。
「つまり……え? どういうことっすか?」
「正面突破を狙っても、返り討ちにされる可能性がある。できれば、相手の予想してない場所から侵入して、速攻でペースを掌握したいってことだ」
「ふむふむ?」
「つーわけで。俺は、ここから侵入する」
告げて。
アッシュが指さしたのは――。
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