1 終わりを告げる
1 紅い押し付けの戦争が終わる
清く掲げた旗は、汚れてもなお、風をうけて凛とはためく。
ながくながく。この瞬間を願っていた。
望んでいた。
それは確かだ。
なのになぜ。こんな思いを抱えている…。
なぁ―――。
…あぁ。もう名前も消えてしまったか。
お前の手の内で転がされていたのか?
自分だけ潔く気持ちよく消えやがって。
この世界は、未練なく、命の灯火がきえれば、名前も残らない。
剣の魔法を解き、ペンに戻す。
ただのガラスペンのくせに、よくきれる剣になった。
友を守り、仲間を守り、そして、この手で、相手を傷つけ 最終的には友人を―。
いくつも物語を描いた。いくつもの人生を描いた。
色々な感情を共にしてきた先にこんなところまで歩いてきた。
「共に戦いたい」と言われたとき、呼応してくれるなと心底願った。
この世界の魔法は、道具が呼応しなければ、発動しない。
このペンでさえ、想うところがあったのだろう。
(それでも正直にいえば、裏切られたとも思ってるよ…)
それでも綺麗に光るガラスペンは、鋭い瞳にみえる
掲げていた旗は主を見下ろす。
お前の主は、酒をのみ、語り合うこともできないモノになってしまったんだ。
「最後に、答えが欲しかったのに」と口について、自分の汚い本性に笑うしかない。
こんなことなら、手を振り払い、あの土地で引きこもっていればどんなに楽できたか。
吐き気を帯びた悲しみは初めてだ。
(これで満足だと?ふざけるな)
低く、泥臭いため息を吐いた。
(血なまぐさい)
落ち着けるため。火をつけ、タバコをふかし、鼻に残る臭いを消す。
「いやぁ。驚いた」
草むらから身なりのいい男がでてきた。
両手を上げて敵対の意思がないことを表している。
こちらにもないことを、両手をかるくあげて示す。
そういえば、避難を呼びかけるのを忘れていた。
「ここ一帯の管理者です。異世界の方ではないかと少し様子をみていたのですが…魔法をみてこちらの世界の方だとお見受けしました」
「すまない。避難指示を出していなかった」
「いえいえ。仕事をしても?」
「どうぞ」
管理者は、白い包みをひろげ。香炉をかざし、鈴を鳴らし祈りがはじまった。
(あぁ、僧侶か…)
さすがに信仰対象である守護木の前では…とタバコを消そうとするが、そのままでと無言で、微笑まれた。
沈丁花。そして、金木犀の儚い香り。
香炉からの煙と、桃液のたばこの煙が空で混ざり合う。
それが、なんとなく円舞曲をに、輪を書いて空に溶け込んでいく。
儀式をしながら、僧侶が穏やかに口にした。
「―侵略戦争は本当に終わったのですね」
…そういう呼び方もできるか。
誰が起こしたという悲しみと憤りは行き場もない。
否。誰のせいでもないという自分なりの理解をこの世界側の誰もが持ち合わせている。
多様性という言葉に、分量の違いの承認欲求が混ざり、同調圧力を隠しあった異世界交流がすべての始まり。
この創造世界に、議論・異論とそれぞれの世界が大義名分を持ち込まれたときは、もう誰も止められなかった。
それぞれ違っていてなにが悪いのか。私には、わからない。
答えと、答えが真逆であるなら。大事なのはその次だ。
「多様性だ」とするのならば。攻め込むことはない。
それがそれぞれの創造であればいい。それぞれの想いであればいい。
受け入れられないのなら、手にせずに、「そうですか」だけでいいのだ。
しかし、僧侶の言う通り、これは同調圧力を越した侵略ならばそうはいかない。
だれもが、思考という鈍器を押し付け合い。
結果、鈍く深い傷から多くの血を流した。
「この方の埋葬はどうしましょうか?」
「なぜ聞く?」
「とても、大切な人なのだろうなと―」
「…」
見ていたのだろうか?いや、僧侶も命の危険をその時に感じていたはずだ。
「どうしましょう?」
「いや、この地に適した埋葬方法でいいとおもうが?」
「悲しい顔をされています。連れて帰られた方がいいと―。」
「――」
「無粋でしたかね」
「いや、違う。それだけじゃないんだ」
深呼吸をして、言葉を選ぶ。
「そいつはもう未練がないらしい」
「…なるほど」
「墓に記してやれる名前もない。でもここなら…寂しくないだろう?この地域は」
「はい、身分も血筋も関係のない。すべて還る場所は一緒です。この守護樹の下で眠る埋葬方法です」
「だからこそ、ここに眠らせてやってほしい」
「それでは、大事にお預かりいたします」
「あ。少し待ってくれ。名前は忘れてしまったが…」
装備の切れ端に、ペンで、「友人として 愛していた ありがとう 安らかに いつまでも」と書いた。
「この布にくるんでやってくれ。識別くらいはしたい」と渡す僧侶は、頭を下げ。その布を大層で高価なもののように取り扱った。
そしてゆっくりと唄を口ずさみながら、球を包んでいく。
「この方の最後の言葉は覚えておりますか?」
「これで希望通り だと」
「反勢力ではなかったのですか?」
「どちらかといえば、こいつだけの新しい思想だったとおもう」
「そうですか。あなたはこれからどうなさるのですか?」
「さて…。帰ったところで…」
もう帰っても楽しみなどない。
ましてや同郷の者を殺したのだ。
このまま放浪してもいいが、路銀もない。
なにより、もう疲れた。
草音に振り向く。そこには、動物たちがこちらをうかがっていた。
「ここら一帯の守護獣さまです」
「なるほど」
白い猫と黒い犬を従えた狼は、守護樹の根に座れと催促する。
「どうすれば?」
「お好きなようにしたらいいのです」
指定通り座ると、猫は肩に飛び乗りグルグルと喉をならして、犬と狼は隣に座る。
「怯えずとも大丈夫ですよ」
「…あぁ。よかった」
ふさふさとした感触が安堵を呼び戻してくれる。
「そのお顔だと、家族のようですね」
そういえば、兜だと蒸れて気持ちが悪いので、猫と犬を混ぜた頭に変えていた。
「解くのを忘れていた。驚いたか?すまない」
守護獣たちにも、気を使わせてしまって情けない。
だが、今の素顔は誰にも。自分も見たくない。
狼は、顔を舐めた。見ると足を怪我をしている。
形的に、異国の刀でもあたったか。
「わかった。それだけは意地でも治す」
私はペンをかざして、思い描く。
なるべく丁寧に。傷にあてられるような清潔な布。
それをゆっくりと巻いていく包帯をイメージして、鎮痛効果も添えた。
僧侶は苦い顔をしていう。
「軍人さん…。あなたは一度休んだ方がいい」
「休めか…。どうしたもんかな…」
「いま魔力の限度を超えたでしょう?」
「そうだな」
「無茶をする人なんですね」
「いや…もう…いいんだ…。自分の無力さに戸惑うだけなら、もう…」
「休んでいただきたい。その間は、私もお守りしますし、なにより守護獣様もそれをお望みかと」
休んだらもう動けなくなりそうだ。
今まで休んだことはない。
いつも何かに追われるように。何かを目指して―。
些細なことさえネタにして、酒を酌み交わしながら物語を紡いだ。
私の故郷での大事な収入源で、話の切っ掛けだ。
語り部も、歌も、俳優も、彫金師…すべての創造職業が、そうやって収入源の種を植えてきた。
「不安ですか?」
「まぁ…」
「それならば、そのペンが応えてくれるのでしょう」
(応えてくれるか?)
頼れと言われた気がした。
ゆっくりと魔力を流す。
ペンは、高く高く伸びていく。
どの樹よりもたかいところまで伸びると、パッと布が開き。旗になった。
この地の安息をどこまでも伝えてやるといわんばかりに。
そして、新たな起点となるようだ。
まだ残る臭いや消炎に汚れてもなお、風をうけて凛と―。
そして、友が建てた旗は、消えていく。
あぁ。ながくながく。その瞬間を願おう。まだ望んでもいいなら―。
狼の眼は私の強がりを貫き。
毛で私を包む。
―私は一度休める。そしたらまた考えよう。
「おやすみなさい」
傷も汚れも。友もなにもかも。荷物として考えることはない。
自分の一部とすればいい。
もし、潰えたとして。
それは、必要なら、守護樹の根が、私を養分にすればいい。
「あぁ…」
傷を癒すため。体力を戻すため。目を閉じた。
次に目覚めた時には、癒されていることを望みながら。
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