第一章 出会い④
夕食後、新参者三人は簡素な湯浴みを終えてレオナールの部屋に集合した。彼があてがわれた部屋はヴィクトルとマーロの部屋よりは大きく、応接セットまでも用意されている。
ヴィクトルは王城とのやりとりに使う鳥を持ち込んでおり、借りる部屋の窓の方角に指定があったので、マーロの部屋より更に
「今日の感想を」
レオナールの言葉は
「計画書はよく出来ていましたが、検討すべきことは多いですね。それに、三ヶ月後に領主不在でも問題ないところまで、もっていくのは厳しそうです。視察を何カ所か終えた時点で、早めに引き
「そうだな。後から代理人候補を
「そうですね……レオナール様がおっしゃっていたように、失礼ながらレーグラッド男爵が
「そうだな。とはいえ、戦争でこの辺りの木材と職人をどっさり王城方面に連れていかれてしまって、働き手が減った中でここまでよく切り盛りしたものだ」
一日の終わりのこの時間。ここからも彼らの仕事の密度は
「その職人たちは、まだレーグラッド領に
「王城付近に残されている者もいるが、一部は復興のために王城から各地に
「ってことは、働き手の人口はこのままで、立て直しの計画を進めるしかないってことですね」
その時ノックの音が
「
「いえ、ありがとうございます。マーロ」
「はい」
室内には入ってこないフィーナのもとへマーロが取りに行く。
「ああ、これは助かります」
受け取る時に資料に目を落としたマーロがそう言うと、フィーナの表情は明るくなった。
「それでは失礼いたします。おやすみなさい」
多くは言わずに去るフィーナに、三人も
「何の資料だ」
「ここ一年半ぐらいの、天候の記録ですね」
レオナールはぴくりと片眉をあげてから、
「どう思う?」
「貴族
「うむ」
ヴィクトルとレオナールのその会話に、マーロは「?」と不思議そうな表情を見せた。
「お前、察しが悪いな」
と笑うヴィクトル。
「ど、どういうことですか?」
「知らないっていう顔で通しているのに、結局こんな時間に
そのヴィクトルの言葉にレオナールは笑いもせずに「そうだな」と答え、マーロから資料を受け取る。
「だから、どういうことですか……?」
「作物の選定をする場所の天候記録を持って来るっていう発想、
「あ」
「きっと、ちょっとはわかってんだよ。領地運営のこと。どこまでかは知らないけどさ。行く先々で父親の仕事っぷりを見ていたから、資料の種類とか、何が必要そうなのかとか、イメージ出来るぐらいはわかってるってこった」
「それなら
「この国では、そうはいかないってことを、本人が一番わかってんじゃないかな」
ヴィクトルはこの国で生まれ育っているが、マーロはレオナールが留学から帰国した際に連れて来た他国生まれ他国育ちだ。時々、こうやって「この国での女性の地位」について頭から
「あのご令嬢は」
レオナールは資料をめくりながら話す。
「この国の貴族令嬢にしては
その言葉にヴィクトルとマーロは目を見開く。彼ら二人はそこまでのことは気にしていなかったが、レオナールはそんなことまで感知していたのかと驚く。
「それに、木の伐根と川の
「
と、マーロは苦々しく笑う。
もしかしたら
仮に、フィーナとレオナールが
「資料を侍女や
フィーナが聞いていればきっと「この時間までわたしが働いていると知られたら湯浴みに強制
「そういうつもりがあれば、湯浴みもして
「ああ、確かに。いや、いまどき珍しい、なんていうんです? クラシカルなドレスを着て、品が良い感じですよね。着替えないにしても、レオナール様を狙ってるなら、もうちょっと
「ああ。それに、初手でお前も見事に
「あ~、まあ、でもあれは軽い様子
レオナールがいう「初手」は、名前の呼び方の話のことだ。レオナールとフィーナがやりとりをしているところに、ヴィクトルがわざと割り込んだ。あそこはヴィクトルが割り込む必要はこれっぽっちもなく、レオナールが「
「わっかりやすい令嬢だったら、あそこで『お前には聞いてない』って顔をしますからね」
だが、フィーナはそんなヴィクトルの
「それだけじゃない。マーロの言葉にあんな
「マーロの?」
「今さっきの話だ。助かるとマーロが言ったら、ほっとした表情をしていた。あれは、半信半疑で持ってきたが、役に立ってよかったという表情だ。わたしが一人かどうかよりも、そちらの方が嬉しかったのだろう」
「レオナール様の脳って本当にどうなってるんですかね……俺が女だったら、こんなに
「
「えっ、ちょっと地味に傷つくんですけど……」
ヴィクトルのその言葉にマーロは
そんなわけで、使用人を巻き込んで
行き遅れ令嬢が領地経営に奔走していたら立て直し公に愛されました 今泉香耶/角川ビーンズ文庫 @beans
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