第一章 出会い④

 夕食後、新参者三人は簡素な湯浴みを終えてレオナールの部屋に集合した。彼があてがわれた部屋はヴィクトルとマーロの部屋よりは大きく、応接セットまでも用意されている。

 ヴィクトルは王城とのやりとりに使う鳥を持ち込んでおり、借りる部屋の窓の方角に指定があったので、マーロの部屋より更にりの客間をあてがわれた。生活をするのには十分だったし、彼は文句を言うような人物ではなかったが「俺の部屋はせまいですから、レオナール様の部屋に集合でいいですよねぇ?」と自分から言い出すぐらいのふてぶてしさはある。

「今日の感想を」

 レオナールの言葉はたんてきだ。ヴィクトルがまず手をあげる。

「計画書はよく出来ていましたが、検討すべきことは多いですね。それに、三ヶ月後に領主不在でも問題ないところまで、もっていくのは厳しそうです。視察を何カ所か終えた時点で、早めに引きぐ代理人候補の選定も必要でしょうねぇ……女性が代理人を務めるなんて、聞いたこともないですし」

「そうだな。後から代理人候補をつのってその候補に合わせた方針を検討し直すのは手間だ。早いうちが良いな。マーロは何かあるか?」

「そうですね……レオナール様がおっしゃっていたように、失礼ながらレーグラッド男爵ががんっていた『せいで』下手に現状が出来てしまっていたのだと強く感じました。計画書はどの内容もあと一歩という感じがいなめませんが、これまで行った先の中では一番わかっているかんしよくがあります」

「そうだな。とはいえ、戦争でこの辺りの木材と職人をどっさり王城方面に連れていかれてしまって、働き手が減った中でここまでよく切り盛りしたものだ」

 一日の終わりのこの時間。ここからも彼らの仕事の密度はい。彼らは立て直しの方針に合わせて人を手配することも多く、それにずいして王城方面の裏話も交えるため、フィーナの前では出来ない話もあるのだ。

「その職人たちは、まだレーグラッド領にもどせないんでしょう?」

「王城付近に残されている者もいるが、一部は復興のために王城から各地にけんされてしまっている。だが、戦時中より不当なあつかいは受けていないはずだ。収入もあがっていると思うので、今こちらに帰すのは互いに得策ではないだろうな。かせいだ金はちがいなく当人にもレーグラッド領の家族にも届いていることは確認済みだ」

「ってことは、働き手の人口はこのままで、立て直しの計画を進めるしかないってことですね」

 その時ノックの音がひびいた。レオナールが「どうぞ」と言えば「フィーナです。夜分に失礼いたします」と不安げな表情でフィーナがそっとドアを開けた。見れば、まだ昼間と同じドレスを着ており、彼女がねむる準備をまったくしていないことに気付く三人。が、あえてそこはだまる。

おそくに申し訳ございません。明日、向かう前に目を通していただくと良いかもしれない資料があったので……余計なことかと思いましたが……」

「いえ、ありがとうございます。マーロ」

「はい」

 室内には入ってこないフィーナのもとへマーロが取りに行く。

「ああ、これは助かります」

 受け取る時に資料に目を落としたマーロがそう言うと、フィーナの表情は明るくなった。

「それでは失礼いたします。おやすみなさい」

 多くは言わずに去るフィーナに、三人もしゆうしんあいさつを返した。とはいえ、彼らはこのまま眠っても良い状態だが、彼女はまったくくつろいだ格好にもなっていない。一体何をしていたのだろうかと思うが、初日からあれもこれも質問を投げかけるのはしつけというものだろう。

「何の資料だ」

「ここ一年半ぐらいの、天候の記録ですね」

 レオナールはぴくりと片眉をあげてから、くちはしを軽くゆがめた。

「どう思う?」

「貴族れいじようにしては、気がきすぎますねぇ」

「うむ」

 ヴィクトルとレオナールのその会話に、マーロは「?」と不思議そうな表情を見せた。

「お前、察しが悪いな」

 と笑うヴィクトル。

「ど、どういうことですか?」

「知らないっていう顔で通しているのに、結局こんな時間にまん出来なくて資料を届けるなんて、可愛かわいいですね」

 そのヴィクトルの言葉にレオナールは笑いもせずに「そうだな」と答え、マーロから資料を受け取る。

「だから、どういうことですか……?」

「作物の選定をする場所の天候記録を持って来るっていう発想、つうのお嬢さんがするわけないだろ」

「あ」

「きっと、ちょっとはわかってんだよ。領地運営のこと。どこまでかは知らないけどさ。行く先々で父親の仕事っぷりを見ていたから、資料の種類とか、何が必要そうなのかとか、イメージ出来るぐらいはわかってるってこった」

「それならかくさなくてもいいでしょうに」

「この国では、そうはいかないってことを、本人が一番わかってんじゃないかな」

 ヴィクトルはこの国で生まれ育っているが、マーロはレオナールが留学から帰国した際に連れて来た他国生まれ他国育ちだ。時々、こうやって「この国での女性の地位」について頭からけることがある。が、本来は「そうあるべき」であることは、レオナールもヴィクトルもわかっている。

「あのご令嬢は」

 レオナールは資料をめくりながら話す。

「この国の貴族令嬢にしてはめずらしく、不必要と言われてしまう知識を持っている気配がする。川に寄った話をした時におどろいていただろう。普通のご令嬢なら、驚きもせず『そうなのか』ぐらいで流すところを驚いた……ということは、かいどうから川までのきよを正確にあくしているということだ。あれは、もう仕事をしてくるなんて熱心だ、という意味の驚き方ではない」

 その言葉にヴィクトルとマーロは目を見開く。彼ら二人はそこまでのことは気にしていなかったが、レオナールはそんなことまで感知していたのかと驚く。

「それに、木の伐根と川のはんらんの関係性も説明しなくとも理解をしているようだった。そもそも、領地運営にかかわっていなければ、戦時下にこの地域の木材を大量に安値で提供させられたことなぞ知るはずがない。どんなに家族仲が良くてもこの国の貴族令嬢が知るような話とは思えないな。例外はあるが、これまで行った立て直し先のご令嬢たちは、本当に何ひとつ知らずに過ごしているようだったし……この国の貴族の女性に対する扱いは、ほとほとあきれる」

明日あした以降、フィーナ嬢にせまられなければ、きっと本物でしょうね」

 と、マーロは苦々しく笑う。

 もしかしたらとつぜんフィーナもへんぼうするかもしれない、と三人がいまだ彼女を疑うのも仕方がないことだ。なにせ、レーグラッド領には現在領主不在で、弟のヘンリーの成人までは時間がかかる。その上代理人は領内では見つからないと来たものだ。そこで、ハルミットこうしやくとのえんが出来ればえんじよをしてもらえるのではないかと考えてもおかしくはない。

 仮に、フィーナとレオナールがけつこんをすれば、ヘンリーが成人するまでに一時的にこのレーグラッド男爵領をハルミット公爵領の一部として代理運営をすることも可能になる。もちろん、同じことはほかの領地にも言えることなので、レオナールはどこに行っても令嬢たち──本人の希望もあれば親からき付けられる場合もある──からアプローチを受け、ヴィクトルとマーロにたてになってもらっている状態だ。

「資料を侍女やしつたのまないでわざわざ自分で持って来たのは、少しさんくさいと思いますがね。レオナール様がお一人でいるのをねらっていたとか。結構な美人ですし、その辺は自信あるんじゃないですか」

 フィーナが聞いていればきっと「この時間までわたしが働いていると知られたら湯浴みに強制はんにゆうされるので……」と反論しただろうが、残念ながら聞いていないし、聞いていたとしても「仕事をしていた」とは言えないだろう。レオナールはヴィクトルの言葉に「いや」と冷静に首をった。

「そういうつもりがあれば、湯浴みもしてえてくるはずだ」

「ああ、確かに。いや、いまどき珍しい、なんていうんです? クラシカルなドレスを着て、品が良い感じですよね。着替えないにしても、レオナール様を狙ってるなら、もうちょっとかざったりしゆつがあってもおかしくないかもしれませんねぇ」

「ああ。それに、初手でお前も見事にくじかれただろう?」

「あ~、まあ、でもあれは軽い様子うかがいですよ」

 レオナールがいう「初手」は、名前の呼び方の話のことだ。レオナールとフィーナがやりとりをしているところに、ヴィクトルがわざと割り込んだ。あそこはヴィクトルが割り込む必要はこれっぽっちもなく、レオナールが「かみの色で呼ぶという雑なことをしている」と答えて終わればよかったはずなのだ。

「わっかりやすい令嬢だったら、あそこで『お前には聞いてない』って顔をしますからね」

 だが、フィーナはそんなヴィクトルのもくなぞこれっぽっちも想像せず、その辺の村むすめかと思えるほどなおに笑っていたのだから、少しばかりヴィクトルも毒気を抜かれた。挙句に、ソファをすすめながら自分でガタガタを運ぶあたり、余計その辺の村娘と変わらぬように見えてしまったから困る。

「それだけじゃない。マーロの言葉にあんなうれしそうな表情を見せたのは、演技ではないだろう」

「マーロの?」

「今さっきの話だ。助かるとマーロが言ったら、ほっとした表情をしていた。あれは、半信半疑で持ってきたが、役に立ってよかったという表情だ。わたしが一人かどうかよりも、そちらの方が嬉しかったのだろう」

「レオナール様の脳って本当にどうなってるんですかね……俺が女だったら、こんなにかす人と結婚したくないんですけど」

ぐうだな。わたしもお前が女性だとしても、結婚したくない」

「えっ、ちょっと地味に傷つくんですけど……」

 ヴィクトルのその言葉にマーロはたまらず笑うが、レオナールはいやそうな表情をちらりと向けるだけだ。

 そんなわけで、使用人を巻き込んでていさいを整えようとしているフィーナだったが、ほぼ自分でボロを出しまくっている。何かと目ざといレオナールにバレるのも、はや時間の問題かもしれない。

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行き遅れ令嬢が領地経営に奔走していたら立て直し公に愛されました 今泉香耶/角川ビーンズ文庫 @beans

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