第一章 出会い①

 さて、話はさかのぼること一週間前。

「ようやく領地改革計画書が形になったっていうのに、このタイミングでおくなりになるなんて……うう、お父様、ひどいです……」

 このうらみ言を口にするのはこれで五回目ぐらいだ。どうしても、たまに口から出てしまう。父親であるレーグラッド男爵だって死にたくて死んだわけではないのだから、言っても仕方がない恨み言は五回までにしようとフィーナは思う。多分、これで五回目。いや、四回目ということにすれば、次に口にした時に許される。うん、四回目だ。次回の自分は自分を許してあげてくれ……そんなろくでもないことを思いながらしつ机にす。

 彼女の父レーグラッド男爵が事故で亡くなったのは、ひと月前のことだった。馬車の車輪のろうきゆうか、山道で運悪く車輪が破損したのがきっかけになり、馬もろともがけから落ちた。岩にぶつかったしようげきと破損でボックスの扉が開き、フィーナの横に座っていた弟ヘンリーが投げ出され、それを助けようとしたレーグラッド男爵も後を追うように転落した。

 馬に乗った護衛が二人付きっていたが、一人は馬車の落下に巻き込まれて死亡。なんとか無傷だったもう一人のおかげで、フィーナとヘンリーは救助されたのだ。

 ヘンリーは一命をとりとめたが、悲しいことにレーグラッドだんしやくは助からなかった。馬車の手入れをしていた者がぎよしやを務めており、彼もまた帰らぬ人となったので、事故の原因ははやだれにもわからない。

 男爵夫人であるアデレードは夫を亡くしたことをなかなか受け入れられず、そうしきに参列すら出来なかった。そして、今は重傷で動けないヘンリーのそばからはなれない。要するに心の病におかされて、彼女も今は休んでいる状態だ。

 そのせいで、フィーナは

「それどころじゃないのよ……泣いて暮らしていられるほど、うちの領地はゆうふくじゃないんだから!」

 と二人をそっとしておいて、自分は父親が使っていた執務室で、今日も頭をかかえているというわけだ。

 戦争で敗北をしたシャーロ王国。あちこちの領地は財政難で破綻寸前に追い込まれ、貴族たちですらひいひい声をあげている。レーグラッド男爵領は王城から遠いが、戦時中に王城から不当な要求をいくつか受けて──それについてはのちに語るが──領地運営がかたむきに傾いていた。

 フィーナがどこかにとついで、嫁ぎ先から資金援助を受けることが近道なのだが、現在国内でそれほどの余力がある貴族は少ない。結果、彼女は行きおくれ状態でここにいるのだが、それが功を奏したようなものだ。

「でも……いくら、わたしが立て直し公の立て直した領地を見て来たと言っても……」

 過去、彼女は「お父様お一人では大変過ぎます! わたしが立て直し公の立て直した領地を見て、勉強して来ます!」と言ってレーグラッド男爵領を出た。

 だが、シャーロ王国は、貴族の女性が領地経営に口をはさむことが許されない。いや、出来ないように、そういった教育は男性だけのものとなっている。フィーナは訳があっていくらか男性と同じ教育を受けていたが、それを好ましく思う貴族はほぼいない。訪問をしようと、領主である貴族に手紙を書いて出しても最初は返事がもどって来なかった。「貴族れいじようが領地経営なんて……見なかったことにしよう」というはいりよなのか何なのか。そこで彼女は従兄いとこのラウルに頭を下げて、彼の書記として「立て直し公が立て直した」領地を共に訪問した。そして、訪問先であれこれを学び、レーグラッド男爵領に戻っては生かせることを父と話し合い、それから再度立て直しを行った領地に行き……と、繰り返した二年間。それを終わらせたのが、レーグラッド男爵の死になるとは、誰も思っていなかっただろう。

「うう……ここから先のことを考えると頭が……あら?」

 あわただしい足音が聞こえる。それから、聞き慣れたノックの音。「はぁい」と返せば、めつにないけんまくでドアがバン、と開いた。

「お嬢様! 失礼いたします!」

 ドアを開け放したまま飛び込んで来る執事カークはよわい五十をえ、執事歴二十六年のだ。そんな彼がこのようにあわてることはあまりにもめずらしい。何が起きたのかとフィーナは立ち上がる。

「どうしたの」

「王城からの手紙でございます……!」

「は?」

 こんな田舎いなかに、王城から。過去に王城からやってきた知らせはすべてよろしくないものばかりだった。フィーナはけんしわを寄せながら手紙を受け取る。

(確かにふうろうは王城のものだわ。戦争が終わって二年半。その間、王城からは新国王陛下ごそくの事後報告、それぞれの領地でどうにかしろ声明、公共事業へのずうずうしいしようしゆうしんなど、ひどい知らせしか来ていないのに……)

 今度は一体なんだ、とフィーナは封を切った。下がるように言われていないカークもまた、手紙の中身が気になるようで彼女の様子をうかがっている。レーグラッド家は使用人も家族の一員のように近しいため、それをとがめるフィーナではない。

「……つ……」

「つ?」

「ついに……! ついに、夢にまで見た知らせが来たわ! っていうか、これ夢じゃないわよね!?」

 手紙から顔をあげたフィーナはほおを紅潮させてさけぶ。彼女の飛びあがりそうな勢いに、カークはぎょっとした。

「カーク! ついに! ついにその時が来たのよ!」

「一体……?」

「ついに、このレーグラッド領の立て直しのために『立て直し公』がけんされることが決まったんですって! やったわ! この領地再建に力を貸して下さるんですって!」

 フィーナの宣言に目を見開くカーク。

「そ、それは本当ですか……あの、ひとつの領地につき、たった三ヶ月程度たいざいすれば、領地再建のをつけてしまうという、あの……」

「そうよ! ついに助けに来て下さるんだわ……! ああ、良かった……ここまでえて来たがあったというものだわ……」

 そう言いながら、フィーナの両目からはぼろりとなみだこぼれた。父を失った後も、一人で日々じようって来たのだ。今日ぐらいは許されたい。彼女が生まれたころから見守って来たカークもまた、その様子にほろりと来たのか目のはしに涙をかべる。

「よかったです……これで、おじようさまが行き遅れてでもこのレーグラッド領のために力をくしてくださったことがにならず……」

「ちょっと! 行き遅れの話は余計よ!」

 などと言いつつ、なんだかよくわからないが二人はき合って泣き出した。きんちようの糸が切れたようなものらしい。

 不運にもそこを一人のじよが通りかかり「ドア開けっ放しなのに、とつぜん年の差ロマンスが生まれたのかと……」と言われることになるのだが、それはのちの余談だ。



 そんなわけで、フィーナは興奮冷めやらぬまますっかり「立て直し公にお熱」状態で夜を過ごしていた。

「ああ……こうやって改めて見直すと、本当にすごいわ。一体こういうことは、どういう学びによって身につくものなのかしら。わたしももっと早いうちに教育というものを受けられればよかったのだけど……そうすれば、もう少し立て直し公、あっ、駄目。くせになっちゃうから……えっと、ハルミットこうしやく様がなさったことをもう少しは理解出来るように……うう、ご本人を前に『立て直し公』って言っちゃいそう……」

 フィーナはいつもは執務机に保管している数冊のノートをしんしつに持ち込み、ねむる前にぺらぺらとめくっている。

「これは、サンイーツしやく領の立て直しについて。これは、コルトはくしやく領の立て直しについて。本当は公爵様がいらしたら、たくさん質問したいことがあるけれど……女の身で口を出すことはよく思われないだろうし……でも、どの領地の立て直しも最初は視察からだから、せめてそれはごいつしよしたい……」

 そのノートは、ここ二年ほどの彼女の宝物、かつ、彼女の努力のあかしだ。

 フィーナの耳に立て直し公のうわさが届いたのは、彼女が「このままお父様一人に任せておくわけにはいかない」と意を決した頃だった。立て直し公のぎようからヒントを得られるかもしれない、と調べようとした。しかし、そういった資料は領地の外では王城にしか残されないものだ。

 よって、フィーナは従兄ラウルと共に視察におもむき、開示できるはんでサンイーツ子爵から情報を提供してもらった。もちろん、ラウルが聞いているていにして、あくまでもフィーナは「ラウルの書記」というあつかいで。おかげで、思うことがあっても質問出来ず、気になったままのことがらは今でもメモで残されている。

 その後も、立て直し公のせきをラウルと共に追い、領地に戻るたびレーグラッド領に対して何か応用が出来ないか父親と話し合い、さぐりで彼らはこの二年領地運営をしてきたのだ。

「せめて、ラウル従兄にい様がまだいてくれたら……これとこれを公爵様にお聞きして、って言えたのに……」

 婿むこりを引き延ばしていたラウルだったが、これ以上はさすがに無理だと数ヶ月前にけつこんをしてレーグラッド領からはなれた。おかげで一時的に金銭えんじよをしてもらえることになったので、それまで保留にしていた「調査に金がかかる」だろう場所を視察しようとフィーナたちは動き出した。そして、その視察帰りに例の事故が起きたというわけだ。

「ああ、少しでもわたしがかかわることをお許しいただけたらうれしいのだけれど」

 立て直し公ことハルミット公爵は厳しい人物だと聞いたことがある。ならば「女性が領地運営に首をっ込むなんて」とぴしゃりと言われてしまうだろうか。そんな不安をかかえながらも、フィーナは寝室のあかりを消した。

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