第20話 だから言わなきゃ、俺の事を

 森で一人生きていた俺を保護したドラゴン族のグラス。アイツのお節介は俺に色々なものを与えてくれた。美味しい飯や、暖かい寝床、アッツイお風呂、一緒に遊んだり勉強出来る友達、などなど。


 グラスはこの前、俺の本当の親を探すと言い出して色々な所に手紙を出した。するとあのヴェーチェルとかいう鳥が昔、人間だけが暮らしている村に来た事があると言った。その時の俺は赤ん坊だったらしい。しかしその村はとっくに廃墟になってて、それでもグラスは俺に来て欲しいと言った。


 断る理由も思いつかず、俺はグラスと一緒に行く事にした。ヴェーチェルの案内で廃墟の村に来た俺は、色褪せた赤い屋根の家の前にいた。ここが本当に俺の生まれた所なのかを確かめる事になったのであった。見るからに老朽化が激しく、三人で入ったらすぐ崩壊するかもしれないと思った俺は、一人でこの家を探索する事にした。




「まるで、ある時から時間が止まってるような景色だな……」


 家に入って目に映るのは、床に散乱する割れた皿や壊れた椅子とテーブル。そのどれもが埃被っていた。


「壁もボロボロだが、何かある。あれはカレンダーだ……」


 壁に掛けられているカレンダーは6年前の4月のままになっていた。その月の23日には、女性が書くような可愛らしい文字で、何か書いてある。


「シルビアのお誕生日……?」


 ふと見ると、カレンダーの下には一冊のノートが置いてあった。ノートに付いた埃を払い、開いて読んでみた……。


―――――――――――――――――――――

 4月1日

 今日は色々な人が面白い冗談を言って楽しませる日みたい!嘘じゃなくて冗談を言うのも、度を超えてなければ楽しいかもしれないわね!だから今日はシルビアちゃんに、今日のご飯はポップコーンだよと言って本当にポップコーンを出したらすっごく喜んじゃって!


 4月5日

 今月の23日はシルビアちゃんの誕生日!

毎日色々な表情を見せてくれる可愛いシルビアちゃん!次はどんな表情を見せてくれるのか楽しみね!


 4月8日

 今日は家族でお花見に出掛けたの!シルビアちゃん、綺麗な花が沢山見られて、すっごく喜んでいた!お弁当も美味しくって、すごく楽しかったって言ってた!


 4月12日

 ふと、ある人の事を思い出したの。その人は暖かそうな蓑で身体を包んでいたけれど、バード族だとバレた途端に村の人達は彼を追放してて……あの時は生まれて間もないシルビアちゃんの事も笑顔で見てくれていい人だったのに。あの人、今も元気でやっているのかしら……。


 4月15日

 シルビアちゃんをどこの学校に通わせようかを考えていた。あの子はもっと色々な事を知って、立派な大人になってほしいから。一人で遠くに行くのは大変かもしれないけど、愛情込めて育てたシルビアちゃんなら、きっとどこでもやっていけるかもしれないわね!


 4月20日

 夫から、遠くの町が武器を持った集団に破壊されたって話を聞いたの。シルビアちゃんは良くわかって無いけど、そんな悪い事をする人達もいるのね……でも、ああいう奴はサクスム様とリヴィエール様がきっと懲らしめてくれるかもしれないわね!


 4月21日

 シルビアちゃんの4歳の誕生日はいよいよあさって!どんな料理を食べさせようか、どんなプレゼントを贈ろうか!今日は街へ買い物に行ってプレゼントを買った!そしてタンスの奥にしまっておいた!プレゼントを貰って喜ぶ様子が楽しみだわー!!!












(後のページは全て空白である)


 最後のページには、こう書いてあった。


『いつかはこの日記、大きくなったシルビアちゃんに見せてあげたいな!』

―――――――――――――――――――――


 俺は日記を読み終えた。もしもアルブル村でエイリークと一緒に勉強してなかったら、きっと一文字も意味が分からなかっただろう。この、シルビアっていうのが、もしかして俺の事なんだろうか……。


「プレゼントはタンスの奥とか書いてあったな……」


 俺は日記の記しているタンスの中を調べようとして、家の中のタンスらしきものを探した。ある一室でタンスを見つけ、開けてみると中には小さな箱があった。俺がそれを手に取ると……!!!


ゴゴゴッ……!


 突然、家が揺れ始めた。これが崩れる前兆だって事ぐらい、直感的に察したのだった。


「やべえ……早く出なくちゃ!!!」


 俺は箱と日記帳を持って速やかに玄関に向かった!


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!


 家の外では、グラスとヴェーチェルが俺の事をすごく心配していた!


「はわわっ……家が崩れちゃいますう!!」

「待てグラス、今行けばお前も巻き込まれる……!」


 そこに、俺は間一髪で崩壊しかけた家から脱出した!!!


「グラス!ヴェーチェル!」

「シビルちゃん!!!」

「崩れるぞ!!!」


 グラスとヴェーチェルは翼で俺を包み込むと……!


ドガラガラガラガラガラアアア……!!!


 さっきまで探索していた家は、轟音と共に崩れ去り、瓦礫の山となった。グラスとヴェーチェルの翼には飛び散った破片が降り注いだが、大したダメージにはならなかった。


「シビルちゃん……無事でよかったですううう!!!」

「それで、何か分かった事はあったか……?」

「それは……これを見てくれ……」


 俺はグラスとヴェーチェルに、日記帳と箱を見せた。


「この、シルビアちゃんっていうのが、もしかしてえ……」

「そうだ、俺は今、やっと思い出せた……というか、やっと言える気になった……!あの時、何があったのか……なんでこんな事になったのかを……!」


√WVレ/Wv√WWY.√VMv^W√


 それは、シルビアの誕生日前日の事だった。


「人間はこの世界にいるべきではない!!!」


ザクシュッ!!!


 日記にも書いてあった武器を持った集団が、突然この村に攻めてきた。彼らは鎧に身を包んでいて、素顔も分からなかった。


「シルビア!!!お願い!!!逃げてえっ!!!生きてえっ!!!」


ズブシュアッ!!!


 シルビアの両親は、目の前で惨殺されて、シルビア……そう、は過去から背を向けるようにしてここから逃げ出したのだった。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 俺だけが、何も出来ずに逃げ出していった。夢中になって走って逃げて、気が付いたら、森の中だった……。


「おなか……すいた……なんか……たべなきゃ……」


 俺はあの日の出来事を忘れたくて、森で食べ物を自力で獲るようになり、これから覚えていくはずの人間としての一般常識すら学ばずに森で暮らすようになった。日に日に身体は大きくなり、服がきつくなると脱ぎ捨てて裸で過ごすようになった。


「いきなきゃ……いきなきゃ……」


 やがて、自分の名前も、家族も、住んでた家の事なども、頭の中に閉じ込めた。思い出さないように自由に生きようとだけ考えた。


「あっち……いこ」


 森の一箇所には長時間いないようにした。数日過ごしたら、別の森に移り住んで食べ物を獲っていた。


「何だこのガキ!見てんじゃねえぞ!」

「いたい……イタイ!」


 行った先で人間に会う事もあったが、大抵は俺をバケモノ扱いして傷付ける。だから人間を見つけたら傷付けられる前に攻撃してやった。人間に遭遇したら、大抵は流血沙汰となった。


「なんだ……周りがガサガサ鳴ってる……何者なんだ!!!」

「ウガアアアアッ!!!」

「ひいっ!バケモノ!うわああああ……!」


 そんな生活が長い間続き、気が付いたら俺は寒さと飢えで息も絶え絶えになろうとしていた。近くに獲物がいるのかどうかの望みをかけて、茂みから飛び出すと、そこにいたのは、青い翼と青い尻尾を生やした……ドラゴン族がいた……。


「あっ、これって……人間の子供……?」

「あ……あっ……」


 初めて会った時に思った事は、これがドラゴン族なのか……こんなの勝てるわけ無い……って感じだった。


「なんで……人間の子供がこんな所に……ハッ……こうしちゃいられないですう!」


 アイツは俺の事を心配する表情をして、俺を抱えると、山の方へ運んでいった。


「この子は、わたしが助けますう!!!」


ガシッ!ビュン!!!


「うわっ!!!」


 山にあるそのドラゴン族の家で俺は身体を洗い、美味しい食事にもありつけた。アイツは、あのドラゴンは、『グラス』と名乗った。ちょうど、今も目の前にいるドラゴン族だ。


「シビルちゃんって、呼んでいいですかあ?」

「シビル……それ俺の名前か?好きに呼べよ」

「わたしはグラスといいますう。これから色々とよろしくお願いしますう」

「ふん……」


 グラスは行く宛の無い俺に『シビル』と名付け、一緒に暮らすようになって、なんだかんだで、現在に至る。


√WVレ/Wv√WWY.√VMv^W√


 俺は、閉じ込めてた記憶を全て吐き出した。


「そう……だったのですかあ……」

「4年前、アルブル村で噂になってた怪物がいただろ。それ、実は、俺なんだ」

「えっ……!?」

「襲った奴の顔なんて覚えちゃいないけど、あれだけ傷付けられちゃ噂になるのもしょうがない」

「そ、そういえば、わたしがシビルちゃんを助けてから、怪物が現れなくなったのですがあ……」


「グラス、あの時お前が助けたのが、噂の怪物だったんだ」


「じゃあ、わたしはあの怪物を、知らないで救けていた……!?」


 突然告げられた真実に、グラスは困惑した。ヴェーチェルも無言で驚いていた。


「一旦、家に帰ろうぜ」

「は、はいですう……」

「心の整理が必要だな」


 その後、ヴェーチェルは例の集団の行方を追うために調査すると言って何処かへ飛んで行き、俺とグラスは日記帳と箱を持って山の家へと帰っていった。グラスに抱えられながら、初めて空を飛んだ記憶を思い出していた……。


「今度、グラスの実家へ行こう」

「色々、話したいですう……」


 第21話へ続く。

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