第11話 氷のチカラの真価

 今朝、突然熱を出したシビルちゃんを、わたしは大急ぎでアルブル村の診察所へと運びましたあ。


「いらっしゃいませ〜どのようなご要件で〜」

「え……ええっと!この子が熱を出してまして……!」


 診察所には、最近ここで働き始めたインセクト族の女性が受付をしていましたあ。


「今ベットがひとつ空いているので、そこに休ませるねぇ~」

「ありがとうございますう!」

「申し遅れましたが、私はグリューヴルム・フローライトといいます〜以後お見知りおきを〜」


 ホタルの能力を持つインセクト族のグリューヴルム……グリューさんは、シビルちゃんをベッドへと案内してくれましたあ。だいぶ前の怪物騒ぎの時は毎日のように怪我人が出てて、空いてるベッドが無いぐらい大変だったのですが、今はベッドの空きに余裕がありましたあ。


「では、シビルちゃんをよろしくお願いしますう!」

「は〜い、治してみせるからねぇ〜」


 わたしはシビルちゃんを預けた後、いつものようにお店に行ってお仕事をしようとしましたがあ……。


「グラスか、話は聞いているよ。いつも一緒のシビル君が大変じゃないか。今日は仕事はお休みして、あの子のために何かしてあげなさい」

「あ、ありがとうございますう……!」


 仕事を休んで良い事になったわたしは、すぐさまエイリーク君の家の台所を借りて、思いつく限り栄養のある材料でおかゆを作って、シビルちゃんの所に持ってきましたあ。


「これを食べて、どうか元気になって欲しいですう……」

「ああ……いつも思うけど、グラスの飯って美味いよな……」


 そこに、グリューさんがやって来ましたあ。


「ついさっき患者から取れた成分を先生と解析してみたところ、前例の無い強力なウイルスだと判明しちゃいまして〜」

「え……?」

「とりあえずここにある薬で効きそうなやつは片っ端から投与するから〜しばらく様子見と言う事で〜」

「はいっ!では、よろしくお願いしますう!」


 こうして、シビルちゃんの闘病の日々は始まりましたあ。久しぶりに自宅で一人ぼっちの夜を過ごすわたしは、この家はこんなに広かったんだと再認識しましたあ……。


「シビルちゃん……どうか元気になって欲しいですう……!」


   * * * * * * *


 3日後。わたしはいつものようにおかゆを持ってシビルちゃんのお見舞いに来ましたあ。この日はエイリーク君も一緒ですう。


「シビルちゃん……前より元気がないみたいですう……」

「今日のおかゆ、この前の冒険ごっこで拾ったキノコも入れたんだ。大丈夫、俺が食べても何とも無かったから保証済みさ」

「そうなのか……俺のためにここまでするなんて……」


 そこに、グリューさんが来て言いましたあ。


「残念な事を言うけど〜え〜と、その……」

「な、何なのですかあ……?」

「この診察所にある薬は一通り試したけど、どれもあんまり効き目が無くて〜その、一番効く薬を投与しても焼け石に水でして〜」

「そ、そんなあ……!」

「それで……こいつは助かるのかよ!」

「残念だけど、現状ではどうしようもないねぇ……」


 その話を聞いたシビルはか細い声で言いましたあ。


「じゃあ……俺はもう終わりってか……?」

「そんな事無いですう!シビルちゃんはこれからも一緒ですう!!!」

「俺のために……ここまでやってくれるだけでも……嬉しかったぜ……グラスと一緒に……暮らせてよかった……」

「そんなの厭ですう!お医者さん!何とかして欲しいですう!!!」


 すると、グリューさんは少し考えた後でこう言いましたあ。


「え〜と、もしこの子の病気を治す薬が出来るとしたら〜その〜えっと、なんか、これ以上無いような強烈な毒を持つ生物の体液的なものとかあれば〜なんとかなるかも〜っ、多分」


 わたしはその言葉をしっかり聞きましたあ。

わたしの脳裏に、ある記憶が蘇りましたあ。


 √WVレ/Wv√WWY.√VMv^W√


「えいっ!!!」


グサッ!!!


「ああ……わああ……!」


 √WVレ/Wv√WWY.√VMv^W√


 初めて生き物にわたしの尻尾を刺して、その生き物が凍ったように動かなくなった時のあの記憶……それが鮮明に蘇りましたあ。わたしは、意を決しました。


「すみません、グリューさん、瓶をひとつ貸してくれますか?」

「いいけど〜」


 グリューさんはわたしに空の瓶を渡しましたあ。わたしは左手に瓶を持って、右手に掴んだ自分の尻尾の先端を瓶に向けて……


ギュッ……!


 尻尾の棘と鱗のつなぎ目を強く握りましたあ。


ピチャッ!ピチャッ!


 尻尾の先端からは、無色透明の液体が分泌されていきますう。これが、たった一滴血液に混ざるだけで、ヒグマ一匹が凍ったように動かなくなる、わたしの竜毒そのものですう。


「綺麗だけど……なんか、怖いねぇ~」

「これも、ドラゴンのチカラのひとつなんだよな……!」


 わたしは竜毒の入った瓶を、グリューさんに渡しましたあ。


「これで……シビルちゃんを治す薬を作って欲しいですう!とても危険なので、慎重に使って欲しいですう!!!」

「うん、わかったよ~。先生と一緒に薬を作ってみるねえ~。この子は必ず、助けるから〜」


 グリューさんは、師事している診察所の先生と一緒に、竜毒を用いた薬を作る事になりましたあ。しかし、竜毒を用いた薬を作るのはきっと、お父さんのお父さんのそのまたお父さんの代でも聞いた事が無いかと思われますう。


 次の日、グリューさんと先生が調合した薬が完成したので、わたしは投与の様子を見守る事にしましたあ。動物実験をする暇も無いので、シビルちゃんに直接投与する事になりましたあ。


「それじゃあシビルちゃん、準備はいいかな〜?」

「ああ……これで助かるか助からないかなら、少しでも確率のある方を選ぶぜ……!」

「シビルちゃん……頑張って……!」


 グリューさんは、シビルちゃんに、わたしの尻尾から出した竜毒をギリギリまで薄めた薬を飲ませたのでしたあ……


ゴク……ゴク……


 すると……!


「うっ……うああああああああああっ!!!」


 シビルちゃんの身体に強い寒気が襲いましたあ!!!


「シビルちゃん!シビルちゃん!!!」

「ううあああああああああああああ!!!」


ガタガタガタガタガタガタガタガタ……


激しく身体を震わすシビルちゃん。やはりあの竜毒は薄めようがどうしようがあらゆる生き物の命を奪うしか無いのでしょうかあ……!!それでもわたしはシビルちゃんの手をしっかり握って寄り添いましたあ……!


「シビルちゃん……生きて……!」

「う……あ……すう……すう……」


 すると、シビルの身体の震えはだんだん収まって、深い呼吸をひとつした後、すうすうと、寝息をするようになりましたあ……。


「患者の脈を調べるねえ……脈拍、安定へと向かっている模様……」

「良く頑張ったね……シビルちゃん……」


 わたしはあらためてシビルの手を取って強く握りましたあ……わたしの手はいつも冷たいけど、このチカラでも、誰かの命を救う事が出来るのなら……これ以上嬉しい事は無いのですう……。


   * * * * * * *


 こうして、シビルを苦しめた熱も完全に鎮まり、ベッドを出る日が来ましたあ。


「いやあ〜今回はこの診察所のみんなですごい経験が出来たものだよ〜嬉しさのあまりお尻が光っちゃうよ〜」

「今はただ、ありがとうと言う他は無いですう」

「あの薬はさすがに実用化には程遠い代物だから〜その、もっと深く研究してから使う事にするよ〜」

「グラスにも救われて、今回はお前らにも借りを作っちまったな」

「だいじょぶだいじょぶ〜困った時はお互い様だから〜」

「それでは、ありがとうございますう!」

「お大事に〜またどうぞ〜」


 こうしてわたしとシビルちゃんは、久しぶりに二人でお家に帰って来れましたあ。


「実はシビルちゃんには、プレゼントがあるんですう」

「何だそれは」


 家に着くと、お風呂場を見せましたあ。そこには、湧き水のお風呂の横に、木で出来た湯船が置いてありますう。


「これは、何だ?」

「わたしが一人でいる間に作ったシビルちゃんのための温かいお風呂ですう!湯船の下には火を燃やす焚口もあるから、これで温かいお風呂に入れますう!」

「そっか。これでまた風邪ひかないって事だな」

「早速試してみますう!」


 わたしはシビルちゃんに火の点け方を教えると、わたしは湧き水を湯船の中に入れましたあ。焚口にシビルちゃんが火を点けると中の水はあっつくなりましたあ。シビルちゃんが初めて入ると、その顔は気持ちよさに緩んでいましたあ。


「どうですかあ?」

「ああ、ちょうどいいけど、グラスの水風呂にも、また入っていいか?」

「いいですけどお、これからはこれでちゃんと身体を温めるのですよお」

「ああ」


 あの時出来なかった事が今日は初めて出来ましたあ。今回はわたしの竜毒がシビルちゃんの命を救ったのですが、きっと長い歴史の中でも初めての事だも思いますう。でもこうして、またわたしとシビルちゃんの楽しい日々はこれからも続きそうですう。二人がいれば、どんな困難でも乗り越えられる。そう強く思ったのでしたあ。


 そして季節は巡り、春が来ましたあ。


 第12話へ続く。

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