第2章 泥だらけのシビル

第6話 グラスとシビル

 俺の名は……シビル。今朝、グラスとかいうドラゴン族の女が付けた名前だ。つい昨日の夜までの俺は森の中を彷徨ってて、たった一人で生きてきた。だかあの満月の夜、俺の目の前に青い翼のドラゴンが現れて、俺を抱えて山まで飛んでいった。


 連れられて来た家の中には、ちょうどいい感じの湧き水があったのでそこで身体を洗うと、アイツは俺に服を着せて傷に包帯も巻いてくれた。そしたら俺は安心しきってそのまま寝てしまった……。


   * * * * * * *


 次の日の朝、アイツは俺に野菜スープを飲ませてくれた。こんなに美味い食い物があるなんて知らなかった。ついつい入れ物の中身を全部飲み干してしまった。


 アイツは俺の事を聞いてくるが、今は何一つ答えたくない。何故俺を拾ったか聞くと、困っている人は助けなきゃいけないとか言った。それでアイツは、俺にシビルという名前を付けた。そしてアイツはグラスと名乗った。


 飯を食って着替えると、そのグラスとかいうドラゴンは俺を連れて家の外に出た。


「これから、麓の村のお手伝いに行きますう。シビルちゃんも行きますかあ?」

「麓の……村……?」

「ど、どうかしましたかあ?」

「行きたくない」

「どうしてですかあ?」

「俺は人間が嫌いだからだ」


 俺は本音を言った。


「俺は今まで一人で生きてきた。他の生き物、特に人間ってやつは俺を傷つけようとするから嫌いだ」

「そ、それじゃあ……そうですねえ……」


 すると、グラスは俺にこう言った。


「森で食材探しをしてくれたなら、またわたしの家で休ませてあげますう!」

「んんっ!?」

「その代わり、わたしもシビルちゃんの分のご飯を食べさせられるように頑張りますう!」

「つまりは、それが俺とお前が一緒に暮らす条件っていうやつか?」

「そうですう。何もしないで居座ってるのも迷惑ですからねえ。出来る限りでいいので、お互いを支え合えるように頑張りましょう!」

「う……ん……ああっ!」


 俺はその言葉に頷いた。


「では、これから飛んで行きますう!しっかり掴まってて下さいねえ!!!」

「ああ……うわっ!!!」


ビュウウウウン!!!


 グラスは俺を腕に抱えたまま崖から飛び出し空を飛んだ。風が顔に当たって心地良い。昨夜の感じとは別だった。身体の汚れが落ちたからか?


   * * * * * * *


 俺は昨夜初めてグラスと出会った場所に降り立った。上から照らす朝日が心地良い。


「待ち合わせの場所は、ここですよお!初めて会った、ここですからねえ!」

「ここだな……分かった」


 森の拓けた部分は、俺とグラスにとっての特別な場所になってた。


「それじゃあ、お仕事に行ってきますう!シビルちゃんも気を付けて下さいねえ!」

「ああ……分かったよ!」


 グラスは村の方へと行った。また一人になった俺の身体にはアイツが着せた服と傷に巻いた包帯がある。今までの動きの邪魔にならないので俺はグラスに言われた通りに森の中の食材を探す事にした。


「確かあの辺りには美味い山菜があって、あの川では生でも美味い魚が獲れたな」


 グラスが村の人間達と仲良くやってる一方で俺は今までのように食べられそうなものを何でもいいから探す事にした。


「オリャッ!ヤアッ!獲るぜ!!!」


 手当たり次第に獲物を捕まえる俺。生き延びるため泥水だって飲んだ事がある。けどあのドラゴンはわりかし普通な生活をしているようにも思えている。だからこそ喰えそうなものなら何でも集めて、俺はもちろん、あのドラゴンにも喰わせる分も集めなきゃな。またあんな暮らしをするのはウンザリだから。


 ……日が暮れそうになり、俺は待ち合わせの拓けた部分に集めた食材を持って来た。するとグラスも背中の籠に食べ物を入れて俺の前に来た。


「ただいまですう!シビルちゃんも沢山集めたんですねえ!わあ!わたしの知らない食材も沢山ありますう!」

「お前も沢山集めたんだな。それにしてもその背中の籠はどこから持って来たんだ?」

「村の人達がプレゼントしてくれたですう。飛ぶ時の邪魔にならないように工夫されているんですよお」

「俺が集めた物も入れていいか?」

「大丈夫ですう!まだ入りますよお!それじゃあお家に帰りましょう!」


バサアッ!


 グラスは腕に俺を抱え、背中に籠を背負って翼を羽ばたかせて山へ飛んでいった。それにしてもあれだけ重い物背負い俺を抱えて飛べるとは、ドラゴン族はやっぱつええや。


   * * * * * * *


 山の中腹の小屋に戻って来ると、グラスは集めた食材で料理を始めた。


「シビルちゃんも良く見ておくんですよお。将来は料理のお手伝いも出来るようになって欲しいですからねえ」

「ああ、分かったよ」

「シビルちゃんの作る料理も楽しみですう」


 グラスの料理の腕前は丁寧だ。食べる直前まで慎重に扱うような感じだ。こうすればこの食材も美味しく食べれるか。以前は何でも生で喰ってたまに腹壊してたのを考えると、このドラゴンはやっぱすげえって思う。


「いただきますう!」

「……喰っていいんだよな」

「料理となった命に感謝して、シビルちゃんもいただきますって言うんですよお」

「おお……いただきます」


 俺とグラスは飯を喰う。今までのクソみてえな暮らしが嘘みてえな幸せな味を噛み締める時間だ。こんな感覚、何か考えそうな気がするが……。


「美味しいですかあ?」

「ああ、美味い」

「もっと喜んでもいいんですよお!シビルちゃんの持ってきたのもとてもすごく美味しいですう〜〜〜♪」

「ああ……美味いよな……」


 俺は愛想笑いをした。


「さて、この後お風呂にしますけどシビルちゃんは暖かいお風呂が良いでしょうかあ?」

「昨日の水でもいい」

「そうですかあ?でも泉に入る前には身体の汚れをよく落としてからですよお」


 俺とグラスは着ていた服を脱いで湧き水の風呂に入った。それにしてもグラスの羽と尻尾、でけえな。青い鱗の部分以外も俺の肌とは質感が違う。今回はちゃんと身体中の汚れを落としてからグラスと一緒に入った。まるで氷水の中にいるみたいだが、不思議と寒く無かった。


「シビルちゃん、冷たくないですかあ?」

「全然。これでもまだそこらの川よりマシだ」

「一体どんな暮らしをすればこんなふうになっちゃうのでしょうかあ……」


 風呂から上がると、グラスは俺の傷に新しい包帯を巻いて柔らかい服を着せて、ベッドに寝かしつけた。まだ眠くなくて少し起きると、グラスが机に向かって何か書いてるのを見た。


 「何書いてるんだ?」

「今日の日記ですう。この家に来てからは毎日書いてるんですう」

「あっそう。おやすみ」

「おやすみなさい」


 俺はそのまま寝た。グラスは引き続き日記を書いてた。


「……いつか、シビルを人間の暮らしに戻す事が、わたしが一人前のドラゴンになるための条件なのですう……」


   * * * * * * *


 翌日、俺は目を覚ますと、グラスが書いた日記に目をやった。俺は読み書きなんてやった事無いけどな。


「なんて書いてあるんだ?」

「今日はとっても美味しい料理が食べれて、とっても幸せだったですうって書きましたあ」

「ああそう。じゃあ朝飯喰うか」


(あの文字はドラゴンの一族にだけ教えられる特別な文字。だから他人はもちろん、シビルちゃんにも内容を知られたら困るんですう……!)


 グラスが何考えてるかは分からねえが、朝飯も美味しく平らげた。


「さて、出発する前にシビルちゃんに渡したい物がありますう……」


 グラスは部屋から何かを持ち出した。それは雪のように白いショールで、中央に黒いハートを布と包帯で包むマークのワッペンが付いていた。


「これは、わたしからのプレゼントですう。シビルちゃん、これからもお手伝いをよろしくお願いしますう!」


 俺はそのショールを着て、こう言った。


「ああ。やるだけやるよ!」

「では、今日も出発ですう!」


 俺とグラスは、また森のあの場所目掛けて飛んでいった。これから何が起こるかは良くわかんねえが、コイツと一緒ならだいたいなんとかなるかもしれねえな。


 第7話へ続く。

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