第1章 旅立ちの時

第3話 グラスの成長

 私はリヴィエール。同じドラゴン族のサクスムと結婚して愛しい娘のグラスを授かったの。


 私が産んだ卵から孵化したグラスは腕に乗るぐらい小さかったけど、最初の1年で人間の1歳児ぐらいの大きさに成長した。幼少期のドラゴン族は、尻尾が付いている以外人間とは見た目的にあまり違わないけど成長の過程で目覚ましい変化を遂げていくの。


 これからお話するのは、グラスが成長して私達の家を離れるまでの出来事。どうか、見守ってて頂戴ね。


   * * * * * * *


 グラス・グラキエース、4歳のある日。小さかった身体もサクスムが持ってくる食材で私が作った料理のおかげで少しずつ成長した。今はまだ尻尾が付いているだけの身体にもそのうち角や翼が生えてくる。私にもサクスムにも、幼い頃があったんだなと懐かしい気持ちになれました。


「グラス!俺と一緒に飛ぶか!」

「とぶ〜!」


 この日のサクスムは上機嫌、グラスと一緒に空の散歩に行く事になったんだけど……


ビュウウウウウン!!!


「それー!!!それそれーーー!!!」

「ピギャアーーーーー!!!」


 腕にグラスを抱えて派手に飛び回ったものだからグラスの悲鳴も良く聞こえた。やっと降りてきた時、グラスの顔は恐怖のあまり泣いていたのだった。


「グラス……」

「ええん……ママァ……」

「グラスも楽しそうだったぞ……って何だ、リヴィエール……?」


 私は、拳を強く握り……


ボコオッ!!!


「バッキンガムッ!!!」


ドサッ!


 サクスムの顔を、本気で殴った。彼いわく、今まで喰らったどのパンチよりも痛かったとの事でした。


「パパがあんな事して本当にごめんね。一緒にご飯食べましょ」

「うん……グスッ……」


 それから、サクスムもグラスの事をもっと大事にするようになってくれた。こんな調子だけど、私達の家族は良い感じに前に進みつつあるの。


   * * * * * * *


 グラスは6歳頃から、学問や鍛錬に取り組むようになりました。


「よーしまずは腕立て千回!!!」

「えええ……そんなの出来ないよお!」

「じゃ、10回でいいぞ……ツマガコワイ」

「よしよし。少しずつ成長していけばいいの」


 グラスに無茶な訓練をさせようものなら、決まってお仕置きを受けるのはサクスムの方。この様子を見て『夫婦仲が悪いのでは』などと言われそうな気がするけど、私達家族は強い愛情で結ばれていると断言出来ます。


「そう。字を書くのも上手になったわね。でも秘密の事があったらこっちの文字でね」

「なに?この文字……」

「ドラゴンの一族だけに教えられる特別な字。他の種族に知られたく無い事はこう書くの」


 体力的な事はサクスムが、読み書きや学問は私が心を込めて教えているの。こんな毎日がずっと続けばいいのになって思いながら……。


   * * * * * * *


 グラス10歳のある日。グラスはすくすくと大きくなって頭からは小さな角が生え始めて背中の一部がうっすらと青くなりました。ここから少しずつ翼が生えてきます。それから青い尻尾の先端に黄色い棘が生えてきました。これは私達ドラゴン族の最大の攻撃手段である『竜毒』を分泌する部分です。


 サクスムが何かを持ってグラスの前に来た。私もその様子に立ち会っている。


「いよいよ、試す時が来たようだな」

「何をですかあ?」

「お前の尻尾に秘められたチカラをな」


 サクスムは先程生け捕りにした獲物を持ってグラスの前に出した。サクスムの手に握られた獲物はまだ生きて動いている。


「お前の尻尾で、こいつを刺せ」

「え……いいの?」

「これでグラスの持っているチカラが何か分かるから。私も初めて生きた獲物に竜毒を刺した時は怖かった……」

「これも通過儀礼だ。思いっきりやれ!!!」

「……は、はいっ!」


 グラスは意を決すると、尻尾をぎこちなく動かした。そして……!


「えいっ!!!」


グサッ!!!


 獲物の腹に、グラスの尻尾が突き刺さった。すると、その獲物はまるで吹雪に曝されたかのように身体が硬直して、最期は凍りつくように動かなくなったのでした……。


「ああ……わああ……!」

「すげえ……まさか本当に氷だったとはな」

「グラス、この能力は本当に必要な時以外は使ってはいけません。好奇心は時として竜をもたおす事があるのです。分かりましたか?」

「は……はいい……ですう……!」


 初めて発現したグラスの能力は氷。そのため、最初に付けた幼名のグラスは引き続き呼ぶ事になりました。これは私達にとって異例の事でした。


   * * * * * * *


 グラスの氷の能力が発現して以来、私とサクスムはさらなる事を教えました。氷の能力の使い方や、応用方法など……。その間に背中から小さな翼が生えて日に日に大きくなっていきました。グラスが14歳になる頃に、翼は飛ぶための最低限の大きさになった事で、いよいよ私達が最後に教える飛ぶ方法を教える時が来ました。


「少し、浮けるかしら」

「はい、こうですかあ……」


ふわっ


 グラスはその場でふわりと浮き上がった。


「よし!今から俺に付いて来な!安心しろ!手加減して飛ぶから!マタナグラレタクナイシ」

「では、いきますう!!!」


ビュン!!!ヒュン!


 飛び上がるサクスムをグラスは一生懸命追いかけます。これをあと一年も行えばグラスともお別れになる……私も独り立ちの日はとても不安で、この先上手くやっていけるかどうか不安でした。きっとサクスムも同じ感情だった事でしょう。


「この様子なら、きっとグラスは上手くやっていける。私は信じてる」


   * * * * * * *


 グラス15歳の誕生日。こうして、長い学問と鍛錬の日々は終わりの時を迎えました。


「グラスよ、今まで沢山の学問や鍛錬を良く頑張ったな。これより俺達からの最後の試練を与える」

「私達について来なさい」

「は、はいですう!」


バサアッバサアッバサアッ!!!


 私達は遠くの山に向かって飛びました。人間の足だと一ヶ月はかかる道のりを、成熟したドラゴン族なら一時間で飛ぶ事が出来るのです。


 長い時間をかけて、私達はグラスが今日から暮らす事になる新しい家がある山の中腹にやって来ました。


「とても、疲れましたあ……」

「良く頑張ったわね、グラス」

「さあ、ここが新しいお前の家だ」

「これが、私の新しい家ですかあ?」

「そうだ。俺の友ヴォイテクが用意した最高級の木材で作った家だ。この日のためにずっと前から泊まり込みで建ててくれたんだ」

「生活に必要なものはすでに用意されてます。今日からあなたはここで暮らすのです」


 成熟したドラゴン族は、15歳になって両親から成熟が認められると、我が家から遠い山に新しい家を作り、そこで一人で暮らす事になります。お別れは悲しいけれどこれもずっと続いてきた一族の掟のひとつ。


「とうとう、お別れなのですねえ……」

「どうしても辛くなったら少しだけなら帰って来てもいいですからね」

「手紙ならいつでも受け付けるからな」

「あ……あのっ……!」


 グラスは私達に向けてこう言った。


「わたし……いつも優しいお母さんの事も、豪快なお父さんの事も……大好きでしたあ!これから立派なドラゴンになって……この世界に必要な存在になってみせますう!だから、これからもよろしくですう!!!」


 グラスの目は、涙で潤っていました。私達もグラスに声を掛けました。


「あなたはグラキエースの一族を受け継ぐ者。その名に恥じぬように日々を生きなさい。それがあなたの義務です」

「これからは自分で考えて行動するんだ。大丈夫!お前が正しいと思う事なら何でもやればいいんだから!俺もそうした!」

「わ、分かりましたあ!わたし、今日から頑張ってみますう!!!」


 グラスの決意を見届けた後は、もう言葉は要りませんでした。


「………………」

「行きましょう、サクスム」

「ああ……!」


バサアッバサアッ……!


 私とサクスムは、愛する娘のグラスを置いて、住んでいた所へと帰って行きました。


   * * * * * * *


 こうして、わたし……グラスはこの家で一人で暮らす事になりましたあ。崖の下から見える村は、夜になると柔らかい光を放ち、その様子はとても綺麗でずっと見つめていましたあ。


「お父さん……お母さん……わたし、必ず、みんなの役に立つドラゴンになりますう……」


 いつか、みんなの役に立つ。わたしはそう誓って、この家で最初の夜を過ごしたのでしたあ……。


 第4話へ続く。

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