第2話 種族を越えた時代へ

 俺はサクスム。最強のドラゴン族だったが、同じドラゴン族のリヴィエールに敗れて以来、彼女に勝つために執着し続けていた。


 何故勝てないのか、友人のヴォイテクに話を聞くと、俺には教養が無いからだと学問を勧めて来た。俺は勝つためなら学問にも必死に励み、ヴォイテクをも打ち負かす事が出来たのだった。


 あとはリヴィエールに勝つ事が出来れば、晴れて『最強のドラゴン』の座を取り戻す事が出来るのだ。


 俺はリヴィエールを初めて会った丘の上に呼び出して、負けた方が勝った方の言う事を何でも聞く条件で、決闘を行う事になった。


「今日こそこの俺が勝つ!!!」

「しばらくして見違えるぐらい変わったのね」


 まさに決闘が始まるその時……


「大変だあ!!!」


 ヴォイテクが走って俺の前に現れた。


「何だヴォイテク、決闘の邪魔をするのか?」

「サクスム!今は決闘してる場合じゃ無い!」

「かなり焦ってるのね。話は聞きましょう」


 ヴォイテクは、深呼吸をすると俺とリヴィエールに状況を説明した。


「二人の決闘を見届けようと向かってたら、何やら近くの鉱山で崩落事故があり、人間の作業員数十名が中に閉じ込められたという話が聞こえてな。とてもじゃないが、これは人間が解決出来る事態じゃない」

「何だと……」

「だから一旦決闘は取りやめだ!鉱山の人達を助けに行くぞ!」


 ヴォイテクはすぐさま現場に向かった。あまりに突然の事に俺は困惑した。すぐにでもこのリヴィエールと決着を着けたいのに……!


「この期に及んで人を助けろだと……」


 するとリヴィエールは提案した。


「じゃあ、今から鉱山の作業員を私達の力で助けに行く。多くの作業員を助けた方の勝ち。決闘のルールはこれでどう?」

「ああ……分かった!」


 何だか釈然としないか、俺はこの案に賛成した。これなら人を助ける事で俺の方が優れている事を証明出来る事だろう。俺とリヴィエール、二人のドラゴンは空を飛び事故があった鉱山へ向かった。


   * * * * * * *


 鉱山の前に着いた。ここにはヴォイテクの他にも、様々な種族が閉じ込められた人間を救うために集まってた。


「速かったな、その翼があればひとっ飛びか」

「鉱山の入り口は完全に崩落してるな……」

「だが下手に壊せば内側も崩れて中の人達は全員生き埋めだぞ、気を付けろ」

「入り口の様子を見せてくれますか」


 リヴィエールは崩落した鉱山入り口を見渡すと、俺に指示した。


「サクスム、ここを殴って!」

「癪だが、やるしかねえ!!!」


ドゴッ!!!ガラガラァ!!!


 すると、殴った所が綺麗に崩れて鉱山内部への入口は開かれた。しかし入口は小さくてデカい奴は入れそうにない。するとまたリヴィエールが指示してきた。


「こことこことこの辺りの岩をどかして!」

「ああ分かったよ!ヴォイテクも手伝え!」

「合点承知!!!」


ブン!ドスン!ブン!ドスン!ブン!ドスン!


 俺達の腕力とリヴィエールの知力によって崩落した鉱山の入り口が開いた。あとは取り残された人達を救うのみである。


「こんな事、私だけじゃ無理だった。あなたのおかげよ、サクスム」

「そ、そうだな!お前がいなかったら鉱山全てを崩したかもしれないしな!」


 お互いに足りないものを合わせて、困難を乗り越える。俺の初めて経験する事だった。


「みんな行くぞお!!!」


うおおおおおおおおっ!!!


 ヴォイテクに鼓舞された俺達は洞窟に侵入し、取り残された作業員を次々と救出した。他の者達も種族の垣根を越えて救出作戦に参加した。


「俺は二人まとめて運ぶぞ!」

「私は一人ずつ、助け出すわ」


 俺とリヴィエールは作業員を一人助ける度に入り口の所定の位置まで運んだ。


 突入して、一時間ほどの時間が経った。作業員達は誰も犠牲者を出さずに救出された。責任者が俺達の前に来る。


「サクスムさんと、リヴィエールさんですね。おかげで、私達は命の危機から救われました!他の皆も素晴らしいですが、この二人こそは恩人です!英雄です!勇者です!!!」


 勇者とは、限られた人間にしか与えられない称号だと思い込んでいた。こんな俺でも、なれるものだったのか。実際、彼らの命を救った俺とリヴィエールは彼らにとっての英雄となったのだ。この日を契機に、他種族との交流と協力は少しずつ盛んになり始める事だろう。そう思っていると、大事な事を思い出した。


「そうだ!決闘の結果はどうだったんだ!」

「それなら、ここにいる通りよ」


 俺達は救助者のいる所へ行った。今回、俺が助けたのが15人。一方、リヴィエールが助けたのが16人。結果は、リヴィエールの方が1人多かった。


「はい、また私の勝ち」

「ぐ……これでもか!」


 俺は二人抱えて助けたはずだったが途中から人が少なくなり中途半端な結果となり一方のリヴィエールは一人ずつ正確的確に速いルートを通って救い出していたのだった。


「勝った人の言う事を聞くって約束だったね。それじゃ、今から私の言う事に従ってね」

「あ、ああ……もう、何でも言え」


 こうして俺の命運はリヴィエールに握られる事となった。敗者は勝者の言う事を何でも聞かなければならない。例え私の尻尾で刺されろと言われても、文句は言えまい……。


「これから、サクスムは……」


 リヴィエールは俺にこう言った。


「私の子供の父親になりなさい」


 思わぬ言葉だった。要するに、結婚しろという事だ。


「な……本気か……?」

「これが決闘に負けたあなたに言い渡した事。もう拒否権はありません」

「……ひとつ、言っていいか……?」

「何?聞くだけよ」

「実は、俺が勝ったなら、お前を妻にしたいと言いたかった所だったのだ……!」


 お互い、勝った時に望む事は同じだった。戦いを繰り返すうちに、いつのまにかお互いを特別な存在だと認識していたのだ。


「何度負けても私に向かってくる、あなたみたいな人にずっと会いたかったと思ってた。それに今回の決闘であなたのチカラは十分認めたつもりよ。あなたこそが私にとって唯一無二の『最強のドラゴン』よ」

「リヴィエール……!」

「けど、決闘に勝ったのは私だからね。逃げたら許さないからね!」


グッ!


「うおっ!!!」


 リヴィエールは俺に抱きついた。その様子は救助に参加した多くの種族に見られ割れんばかりの祝福の歓声が俺達を包んだ。


「サクスム!幸せにな!!!」


 後ろからヴォイテクの声も聞こえた。


「ああっ!!!」


 その声に、俺も応えたのだった。


   * * * * * * *


 こうして、リヴィエールは半ば無理矢理とある山の中腹に建てられている俺の家に家財ごと押し掛けて共に暮らす事になった。これからは夫婦としての毎日が始まるのだ。


「今日は通行の邪魔になる岩を壊しに行く」

「頑張ってね、あなた」


 俺は毎日のように、この腕力を多くの種族の役に立つ事に使うようになった。今まで感じた事の無い気分だった。強さを証明するチカラも、使い方次第で世の中の役に立てるようになるのだと。


「ただいま。みんな嬉しそうだった」

「お疲れ様。夕飯出来てるよ」


 妻の手料理を味わい、仕事の疲れを癒やす。こんな俺でも経験出来る事だったのか。そうこうしているうちに、寝る時間になった。


「うん、サクスムの身体って大きいわね。こんなのに襲われたらひとたまりも無いわね」

「何度も俺に勝ってるのに言う事か……///」

「もちろん、その実力はあの頃から認めてる」

「俺もだ、リヴィエール。その細身の身体は俺の知っている以上の叡智の塊だ」

「もう、サクスムったら……///」


 改めてお互いの身体を見つめても、俺は戸惑う一方リヴィエールの表情は余裕だった。


「それじゃあ、お互いの愛情を、この場で確かめ合いましょ……さあ……来て……」

「ああ……いくぞ……んんっ……」


 こうして俺とリヴィエールはお互いの尻尾を絡ませて結び、両翼でお互いの身体を覆い、心身共にひとつとなって、お互いの愛情を確かめ合うのであった。最強のドラゴンの血筋を次世代に繋ぐ為に。


 未来


 永劫


 残すために……。


   * * * * * * *


 それから、幾日が経過した。リヴィエールは、一個の卵を産んだ。


「ふう……この中に私達のチカラを受け継いだ素晴らしいドラゴンが眠っている」

「そうだな……二人で育てよう。新たなる最強のドラゴンに育つ子供をな」


 俺は毎日のように人を手伝い、食べ物を集めて、リヴィエールは卵の中の命を付きっきりで見守っていた。そして、その時は近付いて来た。運命の子が、産まれる時が。


   * * * * * * *


 空が晴れ渡ったあの日。卵にひびが入り、割れた穴から顔が出てきた。


「ピィィ!ピイィィ!!!」


 産声を上げる小さな竜の女の子。瞳は水色で、お尻には青い尻尾が付いている。


「ついに、産まれたか!!!」

「とっても小さくて、可愛らしい……」


 間違いなくこれは俺とリヴィエールの子供。割れた卵を持つ俺の横には子供を腕に乗せたリヴィエールがいる。


「この子の名前はどうするんだ?」

「命令します。あなたが決めて」


 急な無茶ぶり。


「サクスム、ドラゴン族の子供が生まれたならまず幼名を付けて、能力が発現してから改めて名前を与えるのが決まりだからね」

「そうか……そういえば、そうだったな。俺の幼名はとっくの昔に忘れてしまったが。じゃあ……この子の名前は……」


 俺は学問で得た知識を絞り出して考えた。



『グラス』は、どうだ?



「グラス……?」

「猛勉強した俺が以前読んだ本によると岩の竜と水の竜の間には、氷の竜が産まれると書いてあった。だからとある国の言葉で氷を意味するグラスと名付けた。この子にはそんなチカラが秘められていると直感で思ったから、この子の名前はグラスだ」

「悪くない名前ね。きっとこの子に合うわよ。でも、もし氷の能力じゃなかったなら私が改めて名付けますからね」

「うむ……まあ……これからよろしくな!グラス!!!」

「ピィイ……」


 これから家族3人、共に生きる事になった。改めてグラスよ、産まれてくれてありがとう。ここからは、グラスの成長の日々が始まるが、それはまた今度、お話してやろう。


 第3話へ続く。

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