氷竜の子グラス

早苗月 令舞

序章 共存の時代へ

第1話 最強のドラゴン

 これは、とある世界の物語。この世界には様々な種族が暮らしています。


 人間族、ビースト族、バード族、マリン族。そして、数ある種族の中でも最強のドラゴン族。


 彼らは昔から互いの領分を侵さないように、それぞれの生活を続けていたのでした。


 さて、この物語はあるドラゴン族が、思わぬ事態を引き起こす所から始まります。それは一体何なのでしょうか。


 では、この世界を一緒に見てみましょう。




 早苗月 令舞 Presents

『氷竜の子グラス』




「今日も俺が勝った!チカラこそ全てだ!」


 俺の名はサクスム・グラキエース。ドラゴン族の名門であるグラキエース家の嫡男として生まれた俺は、幼い頃からチカラこそが生きる全てだと考えて成長して、多くの戦いで勝利を積み重ねた。今まさに俺は邪魔する奴を返り討ちにした。こうしていつしか俺は誰も抗う事の出来ない『最強のドラゴン』としてその名は地上に轟いていたのであった。


 ドラゴン族は魔力に長ける種族だが、俺には魔力がほとんど無かった。生まれて成長して得られた能力は『岩』の能力。黒くて大きな羽と黒くて太い尻尾。頭には太い角を二本生やしている。俺の尻尾の先端には刺した者が石化するように動かなくなる危険な毒を分泌する棘がある。他のドラゴンが炎や水などのエレメントの力を使いこなせる中、俺は自らの肉体を鍛える事で誰にも負けない強靭なパワーを持つに至った。


 他者との戦いは、ただ一度の引き分けを除きいまだ負け知らずだったのだ。


 そう、あのドラゴンと出会うまでは……!


   * * * * * * *


 15年ぐらい、前の出来事だ。


「今日も良い天気。絶好の鍛錬日和だな」


 俺は鍛錬のために見晴らしの良い丘の上に来ていた。以前から鍛錬のために来る所だ。ここなら邪魔も入らないだろうし思う存分鍛えられるだろうと思っていた。だか、そこに。


「あら、誰かいるのかしら」


 聞き慣れない女の声がした。振り向くとそこには、俺と同じドラゴン族がいた。


「誰だお前は」

「リヴィエール・グレイシーよ」


 リヴィエール・グレイシー。彼女もドラゴン族の名門の生まれであり水のエレメントを操る才能を持っていた。大きな水色の羽と細長い尻尾、細い角がある。見た目は華奢で俺とは正反対な印象だった。


「ここで何をしている」

「この景色を眺めているだけよ」


 俺が話しかけても、余裕を見せていた。修行は一人で黙々とやる主義なので、彼女にそこをどくようにと言った。


「修行の邪魔だ、どけ。どかないのなら女子供でも容赦しないぞ」

「あら、最近の男って荒っぽいのばっかりね。あなたのような野蛮な奴はこんな所よりもじめじめした所で修行が合いそうね」


 この状況でも余裕の言い回し。そう言われて、俺は激怒した。


「貴様アアッ!!!」


ゴオオオッ!


 俺はリヴィエールを殴ろうとした。だが!


ヒュッ


 避けられて。


ブン!ブン!


 また避けられて。


パシッ、ビュン!


 最低限の腕力で軽くいなされて。


ドサッ!!!


 俺は地面に叩きつけられた。すぐさま立ち上がろうとしたその時!


シャキッ!


 俺の顔の前に鋭い棘が向いていた。彼女の尻尾である。これで刺されれば血液の成分が水のように薄くなってしまう。ドラゴン同士の戦いでは自分の尻尾を相手の顔の前に向けたら勝ちとなる。当然、基本的に刺す事は禁じられている。


「はい、私の勝ち」

「ぐ……キサマ……!」

「これに懲りたら喧嘩を仕掛ける相手を良く見る事ね」

「……覚えていろ……!」


 俺は負けを認めたフリしてその場を去った。リヴィエールは楽しそうに丘からの景色を眺めていた。


「クソォッ!何で俺があんな奴に!」


ドスッ!


 俺は力強く地面を踏みつける。かつてない屈辱だった。その日から俺はリヴィエールに勝つ事だけに執着するようになった。


   * * * * * * *


「貴様を殴らなければ俺の気が済まねえ!」

「またあなた?熱くなりすぎ」


 次の日も、また次の日も、俺はリヴィエールを見つけては喧嘩を仕掛けた。だが……


 また攻撃を避けられて。


「行動がひとつしかないのね」


ドサッ!


 その次も俺の挙動を読まれて。


「この動きの次はこう来る!」


ヒュン、ドスン!


 今度は卑怯と言われようとも背後から奇襲を仕掛けても……


「もうプライドもクソも無い。心の声が駄々漏れよ」


ヒョイッ、ゴーン!!!


 得てして、結果は同じだった。


シャキッ!


「はい、これで何度目かな?」

「クソォッ!!!」


 10敗から先はもう何回目か分からない。


「俺はもう、リヴィエールにどう足掻いても勝てないのか……!」


 心が少しずつ諦めに向かおうとすると……


「……そうだ、アイツなら勝つための方法を何か分かってるかもしれない!」


 ある友人の存在を思い出した俺は、彼の許を尋ねる事にしたのだった。


   * * * * * * *


 俺は、森の奥にある小屋を尋ねた。相談するべき相手が、ここにはいる。


「久しぶりだな、ヴォイテク」

「何の用だ、サクスム」


 ビースト族のヴォイテク・ベアード。熊の能力を持つ俺のライバルにして終生の友。普段はこの森で力仕事をしてて、巨木も片手で持ち上げるほどの怪力の持ち主であり、俺が唯一、力比べに引き分けた相手でもある。


 俺はリヴィエールというドラゴンに何度も負けている事を彼に話した。


「色々試したが勝てなかった!どうすればアイツに勝てるんだ!」


 動揺している様子はヴォイテクにも伝わっている。ヴォイテクは冷静に答えた。


「そうだな。俺が言うのもおこがましいが、お前には知恵というのが不足している。今からでも学問してみたらどうだ」


 俺はその言葉に表情を変えた。


「お前は昔から勝つ為ならば、手段を選ばない性格だったよな。いつものやり方で勝てないのなら、また別のやり方を試せばいい。それだけだ」

「だから以前からそうしてきた!だが……!」

「あのメスドラゴンを分からせるのなら、基礎の基礎からやりなおすべきだな」


 ヴォイテクは本棚から学問の本を何冊か取り出した。どれも子供の頃からやるような、簡単な学問ばかりだった。


「お前はガキの頃からまともに勉強してないんだったよな」

「グッ……だがこれもアイツに勝つため……」


 俺は幼少から学問の類は好きではなかった。実際に身体を動かした方が早く強くなれると思い込んでいたからだ。だが、これも全てはあのリヴィエールに勝つ為に。俺は生まれて初めて必死に勉強を始めた。


   * * * * * * *


 俺は学問の本に書かれている事を次々と覚えていった。本を提供したヴォイテクも、あまりの成長ぶりに驚いている。


「どうだ……俺の学問は……!」

「その表情、努力は認めよう。だがお前にはどうしても聞いてほしい事がある」

「なんだ……」


 ヴォイテクは俺にこう言った。


「身体鍛えてる奴は勉強出来ない訳じゃ無い。体力があれば、頭を使う事も得意なのだから」


 思わぬ言葉だった。


「俺のおふくろも、俺の実力を見込んで十分な教養を与えていたものだ」

「そうか……なら、もっと難しい学問を俺に教えてくれないか!」

「その言葉が聞きたかった。どんどん出すぞ」


 こうして俺は驚く程の速さで色々な事を覚え難しい学問にも積極的に挑むようになり今まで何も考えず行動していたのが嘘のように先にこうしたらこうなると予め考えて行動出来るようになっていた。


 ある日、俺はヴォイテクに言った。


「ヴォイテク、俺と勝負だ!あの引き分けをここで無かった事にする!!!」

「その言葉、後悔しないよな!!!」


 リヴィエールとの戦いを想定して俺はヴォイテクと模擬戦をした。可能な限り自分自身の体力を温存して相手が疲れた所を狙う作戦でいた。もう一撃必殺を狙う昔の俺じゃない。攻撃を正確に防いで相手を地道に疲れさせた。


「うおおっ!!!」


 ヴォイテクのパンチが届く前に俺は脚に一撃喰らわせた。


ドゴッ!ドサッ!シャキッ!


「これで俺の勝ちだな。」


 俺はヴォイテクの前に尻尾を向けた。

無い知恵絞った戦略は上手く行ったようだ。


「よくやった……お前の勝ちだ。今のお前ならあのメスドラゴンに適うんじゃないかな」


   * * * * * * *


 次の日、俺はリヴィエールの前に来た。あるものを直接渡すために。


「あら、もう勝負ならいい加減飽きた所よ」

「今日はお前にこれを渡しに来た」


 それは、俺が書いた果し状だ。


―――――――――――――――――――――


 俺とお前が初めて出会ったあの丘に来い。今度こそ、俺のチカラを見せてやる。俺が勝ったら、俺の言う事を聞け。お前が勝てばその逆だ。


―――――――――――――――――――――


「分かった。この挑戦受けて立つわよ」

「俺のチカラ、今度こそ認めさせるからな!」


   * * * * * * *


 こうして迎えた決闘当日。全てが変わる事になる、あの日は来た。


 俺とリヴィエールは初めて会った丘の上で向かい合った。


「これが最後だ。もうあの頃の俺とは違うぞ」

「あら、何だか前よりしゃきっとしてそうね。

これならやりがいがありそう」


 今日ここで決着をつける。俺の眼中にはそれしか無かった。




 一方で、ヴォイテクは……焦った様子で、走っていた……


「まずい事になってしまった……早くアイツラの所へと急がなければ……!」


 第2話へ続く。

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