3

「……不……………しま……た……」

 スピカが目を覚ました時、そこは船のようだった。広い星空を見て、自分は今地面に倒れているのだと気づく。

 「……流……が……不じ……ました……」

 どこからか、響いてくるように、マキの声が聞こえる。

 「流星が……不時着しました……」

 放送だろうか。

 「なお、船内に異常は見られません。何かありましたらこちらの番号まで……」

 数字が繰り返された後、チャイムが流れて放送は終わった。

 スピカはゆっくりと体を起こす。波の音が聞こえる。どうやら、ここはマキの船の上らしい。月には着いたものの、流れ星が船に墜落したようだ。

 流れ星は船の木の床にぶつかって、砕け散ってしまっている。この船が頑丈なのか、星の方が脆いのかは分からない。

 スピカは起き上がり、端の方へと歩く。広い船だ。客船と言うより、海賊が乗っている船を連想させた。船の先端がバルコニーのようになっており、そこから海を見渡そうと短い階段を上がる。

 木の手すりに手をかけて、前を見た。

 見渡す限りの、黄金に輝く海。

 朽ちた背の高い建物。

 気が遠くなる程綺麗な星空。

 ここが、月だ。

 「ああ、また星を壊して」

 後ろで声がしたので、スピカは振り返った。星の残骸を前にして螺旋――マキより少し背の高い少年――が立っている。スピカは階段を下りて螺旋の方へ歩いた。

 「久しぶり、螺旋。どうかしたの?」

 スピカがそう言うと、螺旋は半ば呆れたような顔をした。そうはいっても、その目は透き通るように真っ白で、感情を映しているようには見えない。

 こいつは、マキとこの船を管理している。スピカが知り合ったのはマキと会うよりも大分後だ。

 そして、変わっているのは名前だけじゃないと言う事も、スピカは知っている。

 紺色の髪は、長い間夜の中を彷徨っていたせいで、暗闇を吸い取ってしまったかのようだった。鮮やかな赤い着物、髪と同じ色の羽織。それは破れてしまったのか、裾が継ぎ接ぎだらけだった。そして、それは宝石をちりばめたように明るい色の布や、白いレースで施され、感情も何もかもその継ぎ接ぎに落とされたみたいだった。

 「どうもこうもない。さっきの衝撃で本がバラバラになったんだ」

 「いつもいつも大変だね、あなたも」

 「とにかく、バキが壊した星の破片を片付けないと、怪我して危ない」

 バキ。

 マキの本当の名前だ。漢字にすると、魔姫。どうやってもバキと読めないし、本人がそっちの方がいいと言うので、スピカ達はマキと呼んでいる。それなのに、なぜ今更、螺旋はこの名前で呼んだのだろう。

 「久しぶりに聞いた、その名前」

 スピカがそう言うと、螺旋ははっとしたように破片から顔を上げた。

 「あれ、何でかね。もしかしたら昨日見た夢が原因かな」

 螺旋はそう呟いたが、それは扉の開く音に溶けていった。バルコニーに続く階段の横に、船の地下に行くための扉があるのだ。

 「ごめんね、スピカ。星が急に言う事を聞かなくなって。怪我しなかった?うわっ、血が出てる、頭から!」

 マキが放送室から戻って来たようだ。

 「あんなダイナミックに落下したら普通怪我するわ。しかもしばらく意識が飛んでたんだけど」

スピカは頭を押えた。さっきからひどく頭が痛い。手を離すと、べったりと血がついてきた。

 「螺旋アナタ、気づいたんなら何かしなさいよ涼しい顔しやがってコノヤロー」

 「えっ、この人怪我してるの?新しい地雷メイクかと思った」

 螺旋は怒られても無表情のままだったが、声はとても感情的だった。まるで、ロボットが人間の声を再生しているようだ。スピカには、そのアンバランスさ、辻褄の合わなさが、時々不気味に思える。

 「とにかく、この残骸を片付けないと」

 螺旋が足元に散らばった星の破片を拾い始めた。それを、持って来たバケツに入れていく。破片はバケツに落とされると、キンッと高い音がした。

 「はいはい」

 マキは星の破片を拾うと海の方に投げ始めた。破片は音もなく海へと吸い込まれていく。

 「ちょっと、これ再利用出来るから。……もういい好きにして」

 螺旋はそんなことを言いながら、破片を集めている。そして、スピカはこの場所とこの二人を、少し懐かしく感じていた。

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凱旋 ベリル @cokkoberry

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