043 二人の加入

 由芽と希美が集団生活をしていた場所にやってきた。

 セコイアの真南に位置している森で、川から徒歩2分程度の距離。

 背の高いバナナの木が乱立していて昼なのに薄暗い。


「たしかにここで集団生活をしていたようだな」


「分かるの?」と希美。


「足跡の数がとんでもないし、なによりバナナの皮が散乱している」


「よく見ているなぁ!」


「サバイバル能力には自信があるからね」


「さっすがリーダー! 頼りになる!」


 早くもリーダー扱いされている。

 まだ仲間に加えると決まったわけではないのに。

 俺は「ふっ」と笑いつつ、入念に周囲を調べた。


「火は熾していなかったんだな」


「それもまた大正解! どうして分かったの?」


「火熾しの形跡……例えば炭や灰が見られないから」


「ほっへぇ!」


 お世辞にも快適とは言えない場所だ。

 ここで殆ど動かずに過ごしていたとは恐れ入る。

 そんな中――。


「お?」


 ある足跡に目を付けた。

 東に向かってテクテクと進んでいる。


「あっちには何があるんだ?」


「え、何もないけど?」


 首を傾げる希美。

 嘘をついているようには感じない。

 由芽にしても同様だ。


「そのわりには日に何度かあっちに行っているじゃないか。今日だって行ったろ?」


「そこまで分かるの!? 足跡だけで!」


 由芽も「すごっ」と驚いている。


「もう一度訊くけど、あっちには何があるんだ?」


「本当に何もないけど、しいて言うなら私たちのウンチかな?」


 ヒヒヒ、と謎の笑い方をする希美。


「トイレの場所を固定しているわけか」


 それなら納得だ。

 二人の「何もない」という反応とも合致する。


「そこらにウンチをばらまくのはちょっとねー!」


「たしかに。ちなみにクソをしたあとはどうやってケツを拭いている?」


「ちょい待ち。さすがにそれは突っ込み過ぎな質問じゃない? 女子にそういうのを訊くのは野暮ってものでしょうよ!」


「それもそうか、すまなかった」


 希美が「気にするな!」と胸を叩く。

 気まずい雰囲気になるかと恐れたが、そうはならなかった。


「よし、把握した」


「それでは! いよいよ海斗さんの拠点にレッツゴー!」


「……と言いたいけど、やっぱり対岸の森に行ってもいいか?」


「えええええええええ!」


 分かりやすく嫌そうな顔をする希美。

 由芽の表情にも不安の色が広がった。


「大丈夫、橋を渡るのは俺だけだ」


「やめたほうがいいよ、それだけはマジで」


 真顔で止めてくる希美。


「安心しろ、森に入るわけじゃない。橋を渡ってすぐのところで足跡を見るだけだ。それで森に生息する動物のことが少しは分かる」


 二人が「おお!」と歓声を上げた。


「ま、海斗さんがどうしてもって言うなら止めないけど。てか、私らに止める権利ないし! でも忠告はしたからね! 由芽だって何も言っていないけど顔に『やめとけ』って書いているから!」


 たしかに由芽の顔には「やめとけ」と書いていた。


「分かっているさ」


 ということで、ちょっとばかし危険地帯へ近づくことにした。


 ◇


 二人の反対に耳を貸さず、俺は南の石橋を渡った。


「どう? 何か分かったー?」


 希美が橋の手前から尋ねてくる。

 絶対に渡らないぞ、という強い意志を感じた。

 結構なことだ。


「いや、人間の足跡が多すぎてダメだ」


 事前に聞いていたとおり大勢の人間が森に入っている。

 面白いことに、揃いも揃って橋を渡ったあとも真っ直ぐ進んでいた。


「人の足跡がない方向にズレるよ」


 俺は川に沿って西側――つまり上流方向へ進んだ。

 100メートルほど歩いたところで止まり、森に近づいて足跡を見る。


(この辺も猛獣が多いな)


 巨大ジャガーの潜む西側とはまた毛色が違う。

 そして、この辺りにもボスらしき巨大生物の足跡があった。


「人間に似ているな。オラウータンか? いや、違う――ゴリラだ」


 足跡から推測される大きさは4~5メートル。

 通常の3倍近い。

 その戦闘能力はヒグマをも凌駕するだろう。

 西側の巨大ジャガーより危険そうだ。


「海斗さーん、そろそろ戻っておいでよー!」


 対岸から希美が言う。


「そうだな」


 これ以上の長居は無用だ。

 俺は駆け足で石橋まで戻って撤退した。


 ◇


 洞窟へ行くのにセコイアを経由した。

 希美たちの生活場所から北上し、セコイアのある草原で西に進む。

 往路と異なるルートを進むことで探索済みの範囲を増やした。


「そういえば君らの活動場所からもセコイアが見えていただろ? どうして目指さなかったんだ?」


「最初はあの大きな木に行こうって話もあったんだけど、すぐに川と石橋が見つかったからねー。そっちに目が行っちゃった感じ」


「なるほど」


 17時過ぎ、俺たちは洞窟に辿り着いた。

 夕暮れ前なので、皆は外での作業を終えて帰還している。


「うわー! 本当に制服や藁が干してある! それに弓矢! あそこの地面からは煙が出ているし! なにこれ……てか、海斗さん以外の人も格好がすごい!」


 希美が大興奮で見回している。

 由芽も「すご……!」と目を輝かせていた。


「おー、海斗、戻ったか! またしても女連れで!」


 最初に迎えてくれたのは千夏だ。

 ジョンに騎乗している。


「またしてもって何だ?」


「だって前の時も七瀬を連れてきたじゃん?」


「あー、言われてみればそうだな」


 千夏が「でしょ」と笑う。


「大きなダチョウに乗ってるー!」


 ジョンに向かって「すんごー!」と鼻息を荒くする希美。


「ダチョウじゃなくてエミューね! エミュー! カッコイイっしょ?」


「エミュー!? 初耳! ダチョウみたいだー!」


「これまた距離感の狂った子を連れてきたもんねぇ」


 苦笑いの麻里奈。


「元気があっていいと思う! 私は好きだよー!」


 調理中の明日花が笑みを浮かべる。


「なんか千夏先輩みたいですよねー! あっちの子は大人しいから吉乃先輩タイプ!」


 七瀬の言葉に、吉乃は「かもね」と答えた。


「連れてきた時点で分かりそうだが、彼女らは新たな加入希望者だ」


「またハーレム要員を増やしやがって! たまには男も連れてきたらどうだ!」


「なら兵藤でも連れてくるか」


「それはやめろー!」


 皆が笑う。

 驚いたことに希美や由芽もウケていた。

 一年なのに暴君をご存じのようだ。


「で、頭数を徐々に増やしたい俺としては二人を仲間に入れたいところだけど……どうかな?」


 案の定、誰からも反対意見は出なかった。

 しかし――。


「私はプッシュしてもらう代わりに色仕掛けを使ったのに! ちょっとズルくないですかー!?」


 七瀬がニヤニヤしながら言った。

 その言葉に、希美と由芽がビクッと反応する。


「色仕掛け!? 海斗さんにそういうことをしないとダメな感じ!?」


「仲間になりたければ体で……みたいな?」


 眉をひそめる二人。

 俺は慌てて「いやいや」と手を振った。


「そんなの不要だから! 俺は安全安心の男だよ!」


「詐欺師は自分のことを詐欺師だとは言わないものですよ先輩!」


 由芽が「たしかに」と呟く。


「おい七瀬! 誤解を招くような発言は控えるように!」


「あはは。気をつけまーす!」


 そんなこんなで話が終わり、満場一致で二人の加入が決まった。


「もうすぐ日が暮れるけど、まだ少しは時間があるから――」


「任せて海斗さん! ビシバシ働かせてもらうよ! ね? 由芽!」


「う、うん、頑張ります」


「気持ちはありがたいが、働く前に能力を身につけてもらわないとな」


「能力?」


「細かいことは吉乃に教わってくれ。ウチでの作業は多岐にわたるが、最低でも火熾しは身に着けてもらいたい」


「火熾しとかやったことないけど大丈夫かなぁ?」


 ここまで陽気だった希美が不安そうな顔をする。

 出来が悪いと追放される、とでも思っていそうだ。


「大丈夫、ビシバシ叩き込むから」


 吉乃が自信たっぷりに言った。


「じゃ、二人は吉乃と訓練をして、他は各々の判断で過ごしてくれ」


「「「「「了解!」」」」」


 俺は適当な場所に座って休憩をとる。

 目を瞑って今日を振り返り、今後について考えた。


(今回の探索でセコイアの真南までは把握できたな)


 残すは南東から北東までの東部全域だ。

 近い内に様子を見に行きたい。


 兵藤の拠点も覗いておきたいところだ

 そろそろ食中毒の問題が一段落しているだろう。

 こういう環境なので多少の死者が出ていてもおかしくない。

 その点は覚悟しておかないとな。


 だが、それらよりも大事なことがある。

 俺を含め全員の体調を維持するために欠かせない“アレ”だ。


(やれやれ、やることが山積みだな)


 休憩している間、ひたすら考え事に耽っていた。

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