042 由芽と希美

 現れた二人組の女子高生は、どちらもテニスラケットを持っていた。

 学生鞄は所持しておらず、代わりにリュックを背負っている。

 彼女らがテニス部に所属していることは疑いようがなかった。


(リュックの綺麗さや顔付きを見るに1年ぽいな)


 片方はライトブラウンのミディアムヘア。

 背は150半ばで、胸の大きさは可もなく不可もなく。

 スカートの丈も可もなく不可もなく。


「えーっと、私らの言葉は分かりますかー?」


 話しかけてきたのはもう一方の女子。

 身長は低めで七瀬と同程度だが、胸は明日花級のトンデモサイズ。

 髪はオレンジのショートで、スカートの丈もショート。

 黒のタイツが脚を細く見せていた。


(どちらも美人というより可愛い系だな)


 などと思っていると。


「分からないんじゃない? 日本人っぽくないし」


 ライトブラウン髪の女子が言う。

 俺に対する不安と緊張でへっぴり腰になっている。


(先祖代々ウチは日本人の家系なんだがな……)


 おそらく格好のせいで誤解されたのだろう。

 腰蓑を纏っているだけの半裸スタイルなので無理はない。


「じゃあ英語! 英語は分かりますか? ハロー! ナイストゥーミーチュー!」


 オレンジ髪の女子が笑顔で言う。

 こちらも警戒しているものの、緊張はしていない様子。

 どちらかといえば好奇心が勝っている。


「ウホイオ!」


 滅多にない機会なので謎の民族を演じてみた。


「やば! 英語もダメっぽい!」


「どうしよ」


 アワアワする二人。

 可哀想なので遊びはおしまいにしよう。


「本当は伝わっているけどね、日本語」


「嘘ー!? 日本語が分かるの!?」


 オレンジ髪の女子が目をぎょっとさせる。


「そりゃ日本人だから。もっと言えば俺も君らと同じ高校の生徒だよ」


「そんな格好で!?」


「制服はただいま洗濯中でな」


 俺は立ち上がり、彼女らに笑みを向けた。


「三年の冴島海斗だ、よろしく」


 ◇


 二人の女子と情報を交換することにした。

 仲良く並んで川辺に座る。

 まずは俺のほうから今日に至るまでを話した。


「――で、休憩していたところに君らが現れたわけだ」


「海斗さんのところは楽しく過ごしているっぽいね!」


 オレンジ髪の女子・ひいらぎ希美のぞみが言う。

 彼女と相方の星野ほしの由芽ゆめは予想通り一年生だった。


「楽しんではいるけど、それ以上に危機感を抱いているよ。こんな得体の知れない場所はさっさとおさらばしたい」


 今は快適でも明日は地獄と化すかもしれない。

 地球の常識が通じないからこそ、そんな不安が常につきまとう。


「私らもおさらばしたいけど、なかなか難しいよねー」


 希美は右隣から腰蓑をめくってきた。

 そして、「パンツ、穿いているじゃん」と何故か不満げ。


「やめなよ、希美」


 彼女の右隣に座っている由芽が言った。

 由芽は希美ほど距離感が近くない。

 未だに緊張していて、希美越しでもそれが伝わってきた。


「俺のほうはそんな感じだけど、そっちはどうしていたの?」


 次は希美と由芽の話を聞くターン。

 と思いきや。


「その前に一ついい?」


 希美が何やら言い出した。


「何かな?」


「私たちも仲間に入れてよー! ちゃんと働くから!」


「俺の一存では決められないが、輪を乱さずに働いてくれるなら大丈夫だろう」


「やったね!」


「由芽もかまわないのか? 見たところ警戒心が強いみたいだけど」


「私は……」


 由芽は俯き、少し悩んでからコクリと頷いた。


「人見知りだけど、大丈夫、です」


「OK」


「じゃ、次は私たちの話をする番だね!」


「おう」


「私たちはねぇ――」


 希美は適当な石を掴み、目の前の川に投げ込んだ。


「――最初は50人くらいの集団だったの」


「ほう?」


「あ、目が覚めたのはあっちのほうの森ね」


 希美が言う「あっち」とは東の方角だ。

 セコイアからだと南に位置する。


「私ら以外にも男女がたくさんいて、近くにいるメンツで集まったの」


「その合計が50人くらいだったと」


 希美は「そそ!」と頷いた。


「で、すぐに川を発見したんだけど、そこに石橋が架かっていてさ」


「渡ったのか」


「最初は10人くらいね。様子を見てくるって。でも次の日になっても戻ってこなくて、今度は30人くらいが橋を渡ったの」


 希美が「だよね?」と由芽を見る。

 由芽は「そう」と短く肯定した。


「でも結局、その30人も戻ってこなかった」


「ふむ」


「そこから昨日までは、ずっと10人のグループで過ごしていたの」


「昨日までってことは、昨日何かあったのか?」


「ううん。しびれを切らして残りのメンバーも橋を渡っただけ。私と由芽は『橋の向こうは絶対に危険!』って思ったから最後まで渡らなかったの」


「じゃあここに来たのは?」


「24時間待って昨日のメンバーが戻ってこなかったから、勇気を出して周囲を探索することにしたの。で、海斗さんを見かけたってわけ!」


「なるほど」


 俺は足跡から危険を察知できるが希美たちは違う。

 だから彼女らは周囲が安全だと分からなかったのだ。

 対岸の森と同様に危険かもしれない……そう判断して行動を制限していた。

 賢い判断と言えるだろう。


「質問なんだけど、狼煙は見えなかったの?」


「狼煙って?」


「数日前まで狼煙が上がっていただろ? 俺たちの洞窟から」


 正確には転移の3~5日目だ。

 女性陣が森の中で迷子にならないよう狼煙を上げていた。

 七瀬と出会えたのはそれがきっかけだ。


「狼煙なんか全然気づかなかったよ!」


 由芽が「私も」と呟く。


「遠い上に木が邪魔で見えなかったのかな」


 狼煙の視認距離は10キロ前後だと言われている。

 その上、俺たちの狼煙は近距離の連絡用なので煙の量が少なかった。

 諸々を考慮すると、別に見えていなくてもおかしくはない。


「とりあえず海斗さんの洞窟に連れていってよ!」


「その前に二人が今日まで過ごしていた場所に案内してくれ」


 俺たちは立ち上がった。


「いいけど何もないよ?」


「それでも見ておきたいんだ」


「ほいほい」


 希美はリュックに差しているラケットを抜いた。


「じゃあサクッと行っちゃおう!」


「おう! あ、そうだ、アナグマの肉はいるか? 冷たいけど美味いぞ」


「いるいる! アナグマの肉とか食べたことな……って、なにこれ! 美味すぎなんだけど! やば! うまし!」


 希美は初めて食べるアナグマ肉に大興奮。

 そんな彼女を見て、由芽も欲しそうな顔をする。


「由芽も食うか?」


 肉を摘まんで尋ねる。


「欲しい、です」


「いいぜ。あーん」


 由芽の口に肉を近づける。

 何故か「あーん」と口を開く希美。


「あ、あーん……」


 由芽も恥ずかしそうに口を開けた。

 そこに「ほい」っとアナグマの肉を入れる。


「んっ……んんんん! んんー!」


 目をカッと開いて唸る由芽。

 そして――。


「美味しい……!」


 幸せそうに笑った。


「喜んでもらえてなによりだ」


 川の水で喉を潤し、俺たちはその場を後にした。

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