039 オリーブ

 オリーブを収穫するため、再び森にやってきた。


「実はひとえにオリーブといっても色々な品種があるんだ」


「お米みたいなものですね! あきたこまち! コシヒカリ!」


 俺は「そうそう」と頷いた。


「オリーブの場合、品種の数は100種類を超える」


「そんなにあるんですか!? びっくりしました!」


「驚くのも無理ないさ。米と違ってオリーブの品種は気にしないからね」


 俺たちはオリーブの木の前で足を止めた。

 低木で、マスカットのような黄緑の実がぎっしり生っている。


「このオリーブはどういう品種なんですか?」


「アルベキナだ」


「さすが! 一瞬で分かるんですねー!」


「この種は分かりやすいからな」


「そうなんですか?」


「アルベキナは早熟型のオリーブで、見ての通り低木なんだ」


 樹高は3メートル程しかない。

 そのため、脚立などがなくても十分な量を収穫可能だ。


「木の形が横にぶわっと広がっているのも特徴の一つですか?」


「いいところに気がついたな」


 七瀬は「えへへ」と笑い、実を背負い籠に入れていく。


「品種によって木の育ち方も違っていて、七瀬の言う『横にぶわっと広がっている』のは開帳型と呼ばれるタイプだ」


「ほぉほぉ」


「他には縦に生長する直立型や、枝が下に垂れる下垂型ってのもある」


「木の高さや育ち方で判断するわけですね!」


「あとは実の形や大きさ、葉っぱなども判断材料になるよ」


 アルベキナの実は小粒だ。

 それもあって見た目が良く、観葉植物としても人気がある。


「先輩、先輩」


「ん?」


「変色している実は採っていいんですか?」


 七瀬が紫色の実を指した。

 大半が緑色だが、中には紫や黒っぽい実もある。


「別に採ってくれていいよ。紫の実はよく熟している証拠さ」


「そう聞くと紫のほうがよさそうですけど、熟していない実でも大丈夫なのですか?」


「むしろ熟していない実で作ったオリーブイオルのほうが高級なんだぜ」


「そうなんですか!?」


「熟している実のほうが油の含有量が多い一方、ポリフェノールの含有率が少なくなるんだ。つまり――」


「緑の実だと油の量が減る代わりに健康的ってことですね!」


「正解だ」


「なんかバカ高いオリーブオイルって舐めると辛いんですけど、アレが体にいいんですよね?」


「ポリフェノールの含有率が高くなるとそうなるね。だから辛いオリーブオイルほど健康にいいと言われる……って、よく知っていたな」


「前にパパが教えてくれたんですよー」


「パパって言うのは……」


「もちろん知らないおっさんですよ! 決まっているじゃないですかー!」


 あはは、と笑う七瀬。

 俺は「ですよねー」と苦笑い。


「なぁ七瀬、一つ質問していいか?」


「いいですよー」


 話していてふと気になった。

 パパ活で稼いだお金はどうしているのか。


「よく訊かれるかもしれないけど――」


「稼いだお金の使い道ですか?」


「ぐっ、正解だ……!」


 七瀬は「やっぱり!」と言い、それから答えた。


「ホストですよー! 目指せ推しの月間1位!」


「マジか」


 絶句する俺。

 そんな俺を見て七瀬はニヤリ。


「……なーんて、信じました?」


「えっ」


「私はホストになんか1円も使っていませんよ」


「そうなのか? じゃあブランド品の購入とか?」


「いやいや、そういうのはパパや学校の男子に貢がせますよー」


「すると何に使っているんだ?」


 親の借金を肩代わりしている?

 はたまた学費を自分で払っている?

 色々な妄想が浮かぶ。


「びっくりすると思うんですけど――」


 そう前置きしてから七瀬は言った。


「――資産運用です!」


「え?」


「ポートフォリオの4割をS&Pの積み立てに回して、2割を米国債、残りは日本の個別株を中心にREITやETFをちょろちょろって感じですかね! 現金は最低限しか持たないようにして、稼いだ分だけ全て突っ込んでいます!」


「え? ……え!?」


 何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「要するに投資です! 投資!」


「投資……!? 高校生なのに……?」


「むしろ若い内にしたほうがいいんですよ!」


「は、はぁ……?」


 妙に熱く語る七瀬だが、困惑する俺を見て落ち着いた。

 サバイバル馬鹿に投資の話をするのは間違いだと悟ったようだ。


「私、大人になったら働きたくないんですよ」


「俺も無人島でひっそり生きたい」


「でも働かないとお金に困るじゃないですか」


「そうだな」


「で、どうすれば働かなくていいか調べた結果、株式の配当金や債券の利息、投信の分配金などで生活するって結論に行き着いたんです」


「ほぉ……」


 早くも頭が混乱する俺。

 知らない言語で話されているかのような錯覚を抱く。


「すごく簡単に言うと、1億あれば何もしなくても年400万の収入を得られるんです!」


「それなら分かる! それはすごいな!」


「ですよね! だから頑張っているんです! 贅沢したりホストに注ぎ込んだりしないで、FIREを目指して邁進しています!」


「FIREってのは……?」


「早期リタイアのことです! でも質素な生活でリタイアしても楽しくないと思うから、最低でも年400万の収入! それが私の目標です!」


「すごいな、俺よりも遥かにしっかりしている」


 七瀬は「ふっふっふ」と笑った後、いきなり真顔になった。


「ですから、こんなところで死ぬわけにはいかないんです。キモイおっさんやキモい男子に体を売って汚いお金を稼いだのに、そのお金を使うことなく死んだら馬鹿みたいじゃないですか」


「七瀬……」


「だから私は絶対に生きて帰りますよ! そのために先輩、これからもよろしくお願いしますね!」


「おう! 任せろ! 俺もここで死ぬ気はねぇ!」


「じゃあ、今日も感謝の先払いをしておきますね♪」


「でも、今の話を聞いた後だと……」


「気にしないでいいですよー、海斗先輩のことは気に入っているんで! だから遠慮しないでお礼を受け取って下さいね♪」


 七瀬は抱きついてきて、「せーんぱい」と甘い声で囁いた。

 そして――。


「おほほ……!」


 俺は感謝の先払いを堪能するのだった。

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