038 ブラックペッパー

 昼食が終わり、午後の活動が始まった。

 俺は明日花とブラックペッパーを作るべく胡椒の調達へ。

 そう思い、いざ洞窟を発とうとした時だった。


「今度は私が一緒に行く」


 吉乃が言った。

 これは明日花に対する発言だ。


「えー! 私、ブラックペッパーを作りたい!」


「気持ちは分かるけど、明日花より私のほうが適任だよね?」


「なんで? なんで吉乃が適任なの?」


 睨み合う二人。

 妙にトゲトゲしい空気が漂っている。

 俺たちは何も言わずに眺めていた。


「だって皆に新しいことを教えるのは私の役目でしょ? 私が海斗から教わって、それを皆に教える。そういう決まったはず」


 たしかにそうだ、と思った。


「でも私、もうブラックペッパーを作る気でいたもん!」


「じゃあ明日花、海斗から教わったことを私たちに教えられる? 魚の捌き方とか、タレの作り方とか」


「それは……」


「でしょ?」


 どうやら俺のパートナーは吉乃で決まりそうだ。


「でも……」


 明日花が何か言おうとしている。


「ま、まぁ、そういうことなら二人一緒でいいんじゃないか?」


 という俺の発言は余計だった。


「じゃあイネとススキ、それに果物や野菜の収穫は七瀬一人になるけど?」


「それはまずいな……!」


「なーに喧嘩してんだか、馬鹿でぃ」


 他人事だと決め込んで笑っているのは千夏だ。

 彼女に跨がられているジョンも愉快気に「グルルン」と鳴いていた。


「え、これ喧嘩なの?」


 俺はそのことに驚いた。


「たまにあるんだよねー、気にしなくていいよ」


 麻里奈は気にすることなく土器を作っている。

 ススキの茎で模様をつけて洒落っ気を出していた。


「喧嘩ということなら!」


 七瀬が割って入る。


「私が海斗先輩と作業をします! 二人は罰として共同作業をしてください! それで仲直りするのです!」


「でも……」


「でももへちまもありません! いいですね!?」


 明日花は不貞腐れたような顔で「はーい」と答えた。


「吉乃先輩もそれでいいですね!?」


「かまわないけど、あとで作業内容を教えてね。私は私に与えられた役割をこなしたいだけで、別に輪を乱したいわけじゃないから」


 千夏が「真面目すぎんよぉ」と笑う。

 俺も同感だった。


「分かっていますよー! じゃ、海斗先輩、デートしましょ!」


 七瀬は籠を背負うと、俺の手首を引っ張って歩き出した。


 ◇


「胡椒はつる性植物だから、それ自体の木があるわけじゃないんだ」


「そうなんですかー! もちろん知りませんでした!」


 セコイア付近の森にやってきた。

 すぐ傍の樹木に絡みついて伸びる胡椒を眺める。


「これが胡椒の実だ」


 実はツルから伸びる枝に生っていた。

 色は緑と赤があり、どちらも穂に密集している。


「まるでブドウみたいですねー!」


「たしかに。収穫の際は房単位でいただくし」


「さっそく収穫ですよね!」


 七瀬は石包丁……ではなくハサミを取り出した。

 彼女の私物だ。

 菜園用ではないが、使い勝手は申し分ない。


「採るのは緑色の実だけだからな」


「赤色と緑色ってどう違うんですか?」


「熟し度合いだよ。最初は緑で熟すと赤になるんだ」


「あんまり熟していないほうがいいってことですか」


「ブラックペッパーに関してはそうだ。ホワイトペッパーの場合は赤い実を使う」


「え、ブラックペッパーとホワイトペッパーって同じ実からできているんですか!?」


「そうだよ。ただホワイトペッパーのほうが面倒だけどね」


「面倒?」


「ブラックペッパーは緑色の実を天日干しするだけで完成するけど、ホワイトペッパーは赤い実の殻を剥いた状態で乾燥させないといけないんだ」


「それはたしかに面倒ですね!」


 七瀬はサクサクと胡椒の実を切り取っていく。

 一房、また一房と、背負い籠に放り込む。


「ところで七瀬、さっきはお手柄だった」


「何がですか?」


「吉乃と明日花の仲裁だ」


 七瀬は「あー」と理解した。


「いやぁ、アレは自分のためでもあるんですよねー」


「というと?」


「実は私も海斗先輩と一緒に作業をしたかったんですよー! でも、他の先輩方がいる前で言えないじゃないですかー」


「気にしないで言ってくれていいと思うが」


「言えませんよー! だって怖いじゃないですか!」


「そういうものか」


 唯一の二年だから気が引ける、というのはあるかもしれない。

 俺みたいな遠慮と無縁の人間には分からないが。


「ところで話は変わるんですけど、先輩って帰宅部ですよね?」


「そうだよ」


「知っているかもしれないけど私もなんですよ!」


「ほう、知らなかった」


「これってレアだと思いませんか?」


「そうか? ウチの高校は部活動を強制されていないぞ」


「でも全体の7割は何かしらの部に入っていますよ! つまり、学校全体で見ると帰宅部は10人中3人しかいないわけです。なのに私たちのグループは全員が帰宅部ですよ!」


「そう言われるとなかなかレアだな」


「でしょー!」


 皆の所属する部について考えたことがなかった。


(剣道部の人間とか仲間にできれば対岸の森で善戦できるかもしれないな)


 そんなことを思いながら作業を続けた。


 ◇


 胡椒の調達が終わったら、加工するべく洞窟へ。


「あ、おかえりー二人とも!」


 洞窟では、麻里奈が一人で作業をしていた。

 土器、石器、矢、茅&藁細工、エトセトラ……。

 内職大臣として使える物を量産している。


「さぁさぁ好きな物を使ってちょうだい!」


 麻里奈が両手を広げて品々をアピールする。

 その中には天日干しに使えそうなザルもあった。


「ではザルをいただこう」


「まいどあり!」


 俺は「ふっ」と笑ってザルを手に取った。

 そして七瀬に説明する。


「森でも話したが、ブラックペッパーは緑色の実を天日干しするだけで完成する」


 房から取り除いた実を水でサッと洗ったらザルへ移す。

 その状態で洞窟のすぐ外に干した。

 干すための台も、いつの間にやら麻里奈が作っていた。


「実を収穫しすぎてザルが足りませんよー」


「ではこの内職大臣がザルを量産――」


「しなくていいよ」


「「えっ」」


 麻里奈と七瀬の両方が驚いた。


「残りは時短テクニックで乾燥させるとしよう」


「どうやるんですかー?」


「焙煎だ!」


 水で洗った実をクッカーに入れて火に掛ける。

 コーヒー豆と違って芳醇な香りを放つことはないが問題ない。

 時折クッカーを振って中の実が焦げないようにする。


「要は実に含まれている水分を飛ばすことが大事なんだ」


「勉強になります!」


 七瀬はしっかり俺の話を聞いている。

 見た目は地雷系だが、性格はいたって真面目だ。

 ただ少し性に奔放なだけである。


「さて、どうかな?」


 クッカーを開けて中を確認。


「まだだな」


 再びクッカーを加熱する。

 これを何度か繰り返し――。


「よし、できた」


 実の水分が完全に抜けきっていた。

 黒く萎んでおり、ブラックペッパーの姿をしている。


「使う時はこれを砕けばいい」


「砕くのに使うのはすり鉢ですよね!」


「いや、〈乳鉢〉だ」


 俺は近くにある自らのカバンから乳鉢を取り出した。


「すり鉢と乳鉢ってどう違うんですか? 見た目は一緒ですけど!」


 首を傾げる七瀬。


「材質以外だと内側が違うよ。すり鉢には放射状の溝が付いているのに対し、乳鉢はツルツルだ」


「今回は溝なしがいいってことですか?」


「砕いた胡椒が溝に詰まるからね」


「そういうことですかー!」


 試しに乳鉢を使って胡椒の実を砕いてみる。

 ガリガリガリガリ……と心地よい音が響く。

 ブラックペッパーの刺激ある香りが広がった。


「こんな感じだ」


「味見してみましょうよ!」


「ブラックペッパーをか?」


「はい!」


「かまわないが……」


「私も混ぜてー!」と麻里奈。


 三人で挽き立てのブラックペッパーを舐めてみる。


「うげぇ」


 眉間に皺を寄せて舌を出す七瀬。

 俺と麻里奈も同様の表情。


「そりゃブラックペッパーだけ舐めてもこうなるわな」


「でも風味がいいことを確認しました! トマトソースが俄然楽しみになりました!」


「これ自体も調味料として使えるし、ますます料理の幅が広がるだろう」


「肉を焼く際に下味でブラックペッパーをまぶすだけでも大違いだよねー!」


 トマトソースに必要な材料その1〈ブラックペッパー〉は調達した。

 次はオリーブオイルだ。

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