037 万能ダレ

 ニンニクを求めて温泉までやってきた。

 いつも貸し切りの温泉だが、今日はサルでいっぱいだ。

 どいつもこいつも心地よさそうにくつろいでいる。

 ニンニクは持っていない。


「すごい数だねー! みんな気持ちよさそう!」


「動物が温泉を利用しているのは知っていたが、まさか朝風呂派だったとはな」


 サルは俺たちに気づいているが逃げようとしない。

 それどころか、明日花に手招きしている。


「おい明日花、誘われているぞ」


「なんかあのお猿さんたち変態そうだからやだー!」


 脱いでもいないのに両手で胸を隠す明日花。

 そんな彼女を見て、サルたちは嬉しそうに「ウキキ」と笑った。

 セクハラ親父のような連中だ。


「邪魔したら悪いし移動しよう」


「だね!」


 その場から離れて森を徘徊する。

 ほどなくしてニンニクを食べるサルを発見した。

 で、その数分後にはニンニクの群生地も発見。

 畑ではなく森の中に生えていた。

 さっそく適当な木の棒で掘り起こしていく。


「ここのニンニクはずっしりしているな」


「青森産だね!」と笑う明日花。


 俺は「だな」と頷いた。

 粒が大きくて密度が高いのは青森産と共通している。

 ホイル焼きで食べたいものだ。


「これで材料は揃った。戻ったら万能ダレを作ろう!」


「やったー!」


 昼食の時間が近づいている。

 俺たちは早足で洞窟に向かった。


 ◇


「タレの作り方は簡単だ」


 洞窟に戻ると、さっそくタレ作りに取りかかった。

 まずは材料となるリンゴ、玉ねぎ、ニンニク、生姜を綺麗に洗う。


「次にそれらをすり下ろす」


 ここで活躍するのがすり鉢だ。

 慣れた手つきで全ての材料をペースト状にする。


「これらを土器に入れて酢を足す。お好みでレモンを搾ってもいいだろう」


「水を足していないのに水分の量が結構あるねー」


「ニンニク以外は水分をたくさん含んでいるからな」


「リンゴと玉ねぎは分かるけど生姜もすごいの?」


「水分の含有率は生姜が一番多いよ。約90%が水だからな」


 ちなみにリンゴの水分含有率は約85%、玉ねぎは約75%である。

 ニンニクだけ約15%と低いが、他はどれも水分の多い食材だ。

 だからこそタレ作りに向いている。


「生姜ってそんなに水を含んでいるんだ! リンゴと違ってお水たっぷりって見た目じゃないよね」


「言いたいことは分かる」


 喋りながら、俺は土器を火に掛けた。

 ここで前に作っておいた〈かまど〉が役に立つ。


「少し煮込んで水分を軽く飛ばしていくよ」


「既に香りがすごいよー!」


「初回だからね。多めに作ることにしたんだ」


 今後は使った分だけ継ぎ足していくスタイルになる。


「そろそろいいかな」


 タレの水分が減ってドロドロになってきた。

 軍手を装着して土器を別の場所に移動させる。


「冷ましたら完成だ」


「美味しそー!」


「味見してみるか」


「いいの!?」


「もちろん」


 折りたたんだバナナの葉でタレをすくい、明日花の手の平に数滴垂らす。


「いただきまーす」


 明日花はタレをペロリ。

 俺も同様の方法で味見した。


「いけるんじゃないか」


「うん! 美味しい!」


 素材の味を感じられる。

 冷めて味が落ち着けばもっと美味くなるだろう。

 市販のタレほど濃厚ではないものの、これはこれで悪くない。


「あとは時間をかけてタレを育てていくだけだな」


「育てる!?」


「焼き鳥屋やウナギ屋にあるだろ? 何回も継ぎ足しした秘伝のタレってやつ」


「あー! あるある!」


「ああいう店のように、タレを使う時は食材にかけるんじゃなくて、食材のほうをタレに浸すんだ。そうすると、それらの脂や旨味が溶け出してタレが美味しくなる」


「おー! それがタレを育てるってことなんだ!」


「ウチには極上の脂を誇るアナグマ肉がある。コイツの串焼きにタレを使い続ければ、すぐにタレの味がレベルアップするだろう」


「今から楽しみー!」


 こうして、俺たちの調味料に〈万能ダレ〉が加わった。


 ◇


 俺の説明に影響されたのか、昼ご飯は肉と魚の串焼きになった。

 作ったばかりの万能ダレを遺憾なく利用する。


「うんめー! いけるじゃん、このタレ!」


「玉ねぎとニンニクって鉄板の組み合わせだよねー!」


 千夏と麻里奈が大絶賛。

 吉乃や七瀬も「美味しい」と喜んでいた。


「海斗ー、アンタこんな美味いもん作れるなら最初から作れよぉ!」


「そうですよ先輩!」


 俺は「わりぃわりぃ」と笑いながら肉を頬張る。

 焦げたタレが全体に絡んでいていい感じだ。

 自然と笑みがこぼれた。


「なんにせよこれで調味料は一段落したな? 次は――」


「まだ!」


 明日花が言葉を遮ってきた。


「もっと幅を広げたい!」


「えー、俺は別のことをしたかったんだけど」


「お願いお願いお願い!」


 両手を合わせて頭をペコペコする明日花。

 その仕草が可愛かったので、つい「そういうことなら」と折れてしまう。


「なら午後はトマトソースでも作るか」


 場が「おお!」と沸く。


「そんなんも作れるのかよ!」


 大興奮の千夏。

 ジョンも「グルルン!」と鳴く、いや、吠える。


「材料的にはタレと大差ないからな。リンゴの代わりにトマトを使うのと、あとはブラックペッパーとオリーブオイル、香り付けにローリエの葉がいるくらいだ」


「なんか大変そうだけど大丈夫!?」と明日花。


「大変ではないが、オリーブオイルは面倒くさいよ」


「そうなの?」


「非常に……そう、ひじょーに面倒くさい!」


「ウッ」


「それでも作りたいならかまわないが……」


 俺は「どうする?」とニヤリ。


(頼む! 面倒くさいならやめると言――)


「作る!」


 明日花は即答だった。


「ならば作ろう! トマトソースを!」


「やったー!」


 かくして午後はトマトソースを作ることに決定した。

 追加の材料は全てセコイアの近くで収穫できるし障壁はない。

 ただ面倒くさいだけで。


「タレに続いてトマトソースとか楽しみ過ぎるだろぉ!」


「さすがは料理大臣! 内職大臣として嬉しく思うよ!」


「料理の幅が一気に広がっていくわね」


「楽しみですー!」


 楽しそうに話す女性陣。

 明日花も「ワクワク、ワクワク」と上機嫌。


(作る前からこれだけ喜んでくれているなら頑張る価値があるな)


 俺は静かに笑みを浮かべた。

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