036 ヨシノート

 調達した川魚は朝食で振る舞われた。


「おお! 魚じゃーん!」


 千夏が「くぅ!」と嬉しそうに唸る。


「いいでしょー! 海斗君と朝一で罠の回収に行ったの! ウナギも掛かっていたんだよー!」


「うっそぉ!? マジで!?」


「でも私と海斗君で食べちゃった! 朝から頑張ったご褒美に!」


 川魚は無難に串焼きで食べた。

 そろそろ塩分補給のタイミングなので、非常用の塩を少しだけ使う。


 それだけで味が格段に良くなった。

 健康のためにも塩に悩まない生活を手に入れたいものだ。

 ラーメンのスープを完飲していた日々が懐かしい今日この頃である。


「なー海斗ぉ、今日くらいはもっと塩を掛けてくれよー! せっかくの魚なんだからさぁ!」


 千夏が塩をかけろと串を向けてくる。


「そうしたいのは山々だが、これしかないから厳しいな」


 塩は200gの瓶に入っている。

 市販の小瓶が大体100gなので、その2倍の大きさだ。

 なので一見するとまだまだ余裕だが、決して無駄遣いはできない。

 調子に乗ってガンガン使うとすぐに底を突いてしまう。


「でも魚には味付けしたいじゃん? アナグマの肉と違ってさぁ!」


「藁の風味だけじゃ物足りないってのはありますよねー」と七瀬。


「一理ある……が、現時点で塩を調達する手立てはないからなぁ」


「そこを海斗の力でどうにか解決しちゃおうよ! パパッとさ!」


 俺は少し考えた。


「よし、調味料を増やすか」


「「「「「おおおおお!」」」」」


 全員が食いつく。

 これまですまし顔だった吉乃も鼻息を荒くしていた。


「ついに塩とレモンから卒業の時が来たか!」


 千夏はこんがり焼けたイワナにレモンを搾った。

 洗濯用に取っておいたものだが食事でも役に立っている。


「それで海斗君、調味料って何を作るの?」


「タレだ」


「タレ!? てっきり砂糖や醤油かと思っていたんだけど!」


「悪くないが、先に万能ダレを作ろう。魚や肉だけでなくドレッシングとしても使えそうなやつをさ」


 タレの作り方はそう難しくない。

 調達が見込める材料だけでも十分な物が作れるだろう。


「なんかテンション上がってきたあああああ!」


 両手を上げる千夏。

 その隣に座っているジョンが「グルルーン!」と鳴いた。


「ということで、俺はメシが終わったらタレの製造に取りかかるよ」


 食事のクオリティは士気に関わる。

 サバイバル的には優先度の低い作業だが、積極的に取り組むとしよう。


 ◇


 タレの製造における最大の障壁は酢だ。

 しかし、ウチには玄米から作った玄米酢が存在している。


 実はイネを収穫した日から作業を進めていた。

 玄米を蒸らして玄米麹を作り、それを加工して玄米酒を製造。

 そこにリンゴの皮を水に浸して作った酢酸菌の培養液こと〈種酢〉を追加。

 玄米酒を酢酸発酵させて玄米酢にした。


「そしてこれが完成した玄米酢だ!」


 朝食後、俺は明日花に可愛らしい瓶を見せた。

 この瓶は女子が持っていた物で、元々は何か別の物が入っていた。


「おー! これがお酢! すごい! ……けど、なんかいつもと違って説明がざっくりしていない!? 早すぎてさっぱりだったんだけど!」


「詳しい説明は酒税法に抵触する恐れがあるため省略した。異世界の無人島でも可能な限り法令遵守を心がける男だからね」


「つまり大人の事情ってやつだ!」


「そうともいう」


「さすがはサバイバルのプロ! リスク管理が徹底している!」


「ふふふ、まぁね」


 そんなわけで酢の調達が完了した。


「あとはリンゴ、玉ねぎ、ニンニク、生姜を手に入れたら終了だ!」


「リンゴは既にあるから他の三つだね!」


「ものの見事に球根や根茎ばかりだ。今日は土掘りが楽しめるな!」


 さっそく収穫していこう――と、その前に。


「明日花、玉ねぎってこの島で見たことあるか?」


 実は玉ねぎだけ存在するか不明だった。

 生姜は確認済みだし、ニンニクもおそらく問題ない。


「たぶんあったはず!」


 そう言うと、明日花はキョロキョロと周囲を見渡した。

 何を探しているのかと思いきや。


「吉乃ー! 玉ねぎの場所を教えてー!」


 すぐ近くで脱穀作業中の吉乃に話しかけた。


「ちょっと待ってね」


 吉乃は作業を中断して洞窟の奥へ。

 ノートを持って戻ってきた。


「なんだ? そのノート」


「ヨシノート!」と、明日花が答える。


「ヨシノート?」


「ここに島のことをメモっているの」


 吉乃は答えながらノートを開いた。

 島で見つけた植物や、俺の教えたサバイバル技術が書いてある。


「玉ねぎはススキの群生地へ向かう道中にあるみたい」


「俺のいない時に見つけていたのか」


「そのようね」


「ところでそのノート、俺にも少し見せ――」


「ありがとー吉乃! 海斗君、採りに行こー! 早く早く!」


 明日花は既に籠を背負っていた。


「はいよ」


 俺は苦笑いで答え、明日花と洞窟を発った。


 ◇


 吉乃の情報通りの場所に玉ねぎがあった。

 場所が判明している生姜ともども収穫したらひとまず洞窟へ。


「残りはニンニクだな」


「ニンニクって本当にあるの? ヨシノートにも書いていないよ?」


 明日花はヨシノートをパラパラとめくっている。


 執筆者の吉乃本人は不在だ。

 脱穀を終えて別の作業をしているのだろう。


「たぶんあると思うぜ。ニンニク畑自体は見ていないが、温泉の近くでサルが食っているのを見かけたことがある」


「え! お猿さんってニンニクを食べても平気なの!?」


「平気どころか好んで食うぞ、あいつら」


「そうなの!? ニンニクって動物にあげたらダメなイメージだけど」


「たしかに大半の動物は食えない……が、サルは問題ない」


「知らなかった! どうしてお猿さんは平気なんだろ?」


「さぁ? そこまでは分からないが、人間に近い生き物だからじゃないかな? ニンニク以外にもニラとか食えるし」


 余談だが、そんなサルでも生姜やミント、鷹の爪は苦手である。


「というわけで――」


「温泉に行ってニンニクを食べているお猿さんを捜そー!」


 言いたかったことを明日花に言われてしまった。

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