035 川魚

 7日目の朝――。

 皆よりも早い起床した俺は、靴下と上履きを履いて外へ。

 干してある制服を確認した。


「よし、乾いているな」


 10月とは思えぬ暑さの島だが、おかげで洗濯物が乾きやすい。

 制服ですら1日、下着やインナーシャツなら半日で十分だ。


 さっそく制服を着た。

 只の浸け置きとはいえ、洗ったことで臭いが取れている。

 着心地もいい。


「おふぁよぉ」


 あくびを連発しながらやってきたのは明日花。

 もちろん彼女もラフな格好をしているのだが――!


(セクシー過ぎるだろ……!)


 ラフを通り越して破廉恥だった。

 花柄レースの黒いブラ、Tバックに近いセクシーショーツ、黒のニーハイ。

 胸の谷間、ヘソ、太ももの三点を強調した、まさにエロスの化身だ。


「おー、制服が乾いているぅ」


 俺の心境など知る由もない明日花。

 のほほんとした言葉を発しながら制服を着ていく。

 俺はというと、口を半開きにして眺めていた。

 この光景を目に、いや、脳に焼き付けて幸せな一日を過ごしたい。


「海斗君、顔を洗うお水が入っているのってこの土器だっけ?」


「あ、ああ、そうだよ、その水だ」


「はーい」


 顔を洗い始める明日花。

 その姿を見ていて、震える心が落ち着いてきた。

 俺も顔を洗っておく。


「二人して早起きしたし、これから川に行こーよ!」


 明日花がタオルを渡してきた。

 それで顔を拭いてから答える。


「魚の回収か?」


「うん! もんどり! 楽しみだったんだー!」


「なら包丁を持って行こう。魚が掛かっていたら現地で下処理を済ませたい」


「じゃあ私は土器を持っていくね!」


「俺も持とう。二つあったほうが捗る」


 明日花と二人で川に向かう。

 上手くいけば今日の朝ご飯は川魚だ。


 ◇


 川に着いたら直ちに作業開始だ。

 土器に水を汲んでからもんどりを陸に揚げる。

 重石に括り付けた紐を二人で引っ張った。


「さて、どんなものかな」


 全てのもんどりを川辺に並べる。

 どのもんどりも中に何かしらが掛かっていた。

 期待に胸が膨らむ。


「バタバタ暴れてやがるな」


「ワクワク!」


 成果の確認だ。

 川の水を汲んだ土器にもんどりの獲物を放り込む。


「わぁ! 一気に2匹も掛かっているよ!」


「どちらもアユだな」


 身がふっくらしていて美味しそうだ。


「これは他の罠も期待できるぜ」


 その後もガンガン土器にぶち込んでいく。

 アユの他にはイワナが掛かっていた。

 あと、1匹だけだがウナギも。ニホンウナギだ。


「アユが18匹にイワナが6匹、それにウナギが1匹で計25匹か」


「すごいんじゃないの!? これ!」


「大成功だ!」


 もんどり10個でこの成果は十分過ぎる。

 よほど良くても10匹程度と思っていただけに驚いた。


「魚のストレスが高まる前に締めていかないとな」


 魚たちは土器の中で窮屈そうに泳いでいる。


「そういえば海斗君、お魚の締め方も分かるの?」


「おう」


「すごいなぁ」


「簡単だから教えてあげるよ」


「やったー!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる明日花。

 可愛らしい反応だ。


「まずは簡単なアユから」


 俺は土器に手を突っ込み、アユを掴み上げた。


「ピチピチと活きがいいので、慣れていないと掴むのに苦労すると思う」


 明日花は俺の見様見真似でアユを掴もうとするが失敗。

 ほんとだー、と降参するように両手を上げた。


「掴んだあとはデコピンだ」


「デコピン!?」


「おう、それで締まる」


 アユの頭にペチッとデコピンを食らわせる。

 これまでの抵抗が嘘のように大人しくなった。


「氷水があれば浸けておくだけなんだが、ない場合はこうやって締めるといい」


「すご! デコピンでいいんだー!」


「ちなみにイワナも同じ方法だ」


 説明しつつ、今度はイワナにデコピンをお見舞いする。


「ただ、大きいイワナの場合は頭を刺してもいい」


 これも説明するだけでなくお手本を見せた。

 イワナを地面に置き、暴れているところに石包丁で一突き。

 ここでも柄の付いた石包丁が大活躍。


「これでアユとイワナの締め方は分かったかな?」


「うん! 私もやってみたい!」


「いい心意気だ。是非とも挑戦してくれ」


 アユとイワナを締める作業は明日花に任せる。

 その間、俺はウナギの下処理を済ませることにした。


「大体のことは経験しているが、ウナギを捌いた経験はないんだよなぁ」


「そうなんだ? 嫌いなの? ウナギ」


「嫌いじゃないよ。ただ、なかなか機会がなくてな。高いし」


 とりあえずもう一つの土器に移して熱することにした。

 ウナギのためだけに焚き火をこしらえる。


「締めずに熱するの?」


「念のためにな」


「念のためって? 危険なの?」


「ウナギの血液や体を覆うヌメヌメには毒があるんだ」


「そうなの!?」


「弱毒だから危険度は低いけどね」


「その毒は加熱すると消えるの?」


「体のヌメヌメ……体表の粘液については、60度以上の温度で5分ほど熱したら大丈夫と言われている。この環境じゃ温度の調整なんて無理だから、とりあえず沸騰するまで熱してからサッと冷そうと思う」


 今しがた説明したことを済ませる。

 その頃になると、ウナギはぽっくり息を引き取っていた。

 地獄の苦しみを抱いて死んだので味が落ちているだろう。

 味より安全が大事なので仕方ないと割り切る。


「それでは捌くとしよう」


 言うのはいいが、いかんせん具体的な方法が分からない。

 ということで、動画サイトで観たウナギ職人の動きをなぞってみる。

 うろ覚えだったが、これといった問題が起きることなく終了した。


「私のほうも終わったよー!」


 明日花は全てのアユとイワナを締めていた。

 どうやら途中でコツを掴んだようだ。


「じゃあ次は下処理だな。分かるか?」


「ううん。お魚を捌いたことはないの」


「なら教えよう」


「わーい!」


 まずはアユからだ。


「アユはエラの下……胸びれの辺りを指で摘まんで、腹に沿って尾のほうへスライドさせていくんだ。そうすると――」


 肛門からブニュと黒いドロドロが出てきた。


「――こんな感じでウンチが出る」


「おー!」


「これを何度か繰り返してウンチが出ないようにする」


「それでそれで!?」


「以上だ」


「え?」


「アユの下処理はこれで終わりだよ」


「そうなの!? 内臓や骨を取らなくて平気なの!?」


「アユの場合は問題ない。どちらも柔らかくて食える」


「知らなかったー!」


「だからアユの串焼きでも腹を開いていないだろ?」


「言われてみればたしかに……」


「ということで次はイワナだ」


 イワナの下処理には包丁を使う。


「まずは胸びれから肛門の辺りまで切り開く」


 研ぎ澄まされた石包丁で難なく進める。


「次に内臓などを取り除く」


 他にもエラや血合い――背骨の辺りにある黒い血の塊のこと――も除去。


「あれ? その黒い塊って血合いなの?」


 解説していると、明日花が口を挟んできた。


「そうだけど?」


「私の知っている血合いと違う!」


 すぐに何を言いたいのか分かった。


「明日花が知っている血合いって、カツオの刺身とかにある黒い部分のことか?」


「そう! それ!」


「アレも血合いって呼ぶけど、今回の血合いとは別物だね」


「そうなんだ!?」


「一般的には明日花の認識で正しいよ。刺身とかに付いている黒い部分……筋繊維のことを血合いって呼ぶ。でも、捌く時は俺が除去したところを血合いって言うんだ」


 ちなみに、俺が取り除いた血合いは腎臓を指している。

 この部位はそのままだと臭みが強いため取り除かなくてはならない。


「同じ『血合い』って言葉でも状況によって意味が変わるんだね」


「そういうことだ」


 エラ、内臓、血合いなどを除去して、イワナの下処理も済んだ。


「残りは一緒にやろう」


「うん! でも最初に私が一人でやるから、海斗君は見ていてくれない? 困ったらすぐに質問したいから!」


「了解」


 明日花はニコニコした様子で下処理を始めた。


「らんらんらーん♪」


 上機嫌なようで鼻歌まで口ずさんでいる。


「明日花っていつも楽しそうだよな」


「そう?」


「一緒にいると俺まで楽しい気持ちになるよ」


 明日花はイワナの腹を開きつつ「あはは」と笑った。


「私が楽しく過ごせているのは海斗君のおかげだよー」


「そうなのか?」


「だって海斗君と一緒にいたら楽しいもん! 色々なことを知れて勉強になるし、困った時は泣きついたら助けてくれるから!」


「泣きつかれた記憶はないけどな」と笑う。


「いざという時に助けてくれるっていう安心感があるからいいの! 私にとってのスーパーヒーローだよ! 海斗君は!」


「ははは、スーパーヒーローとはこれまた大袈裟な」


 会話が終わり、俺も作業に加わる。

 そして――。


「終わったー!」


 明日花が最後のイワナを捌き終えた。


「手が魚臭くなったねー!」


「洗剤とかないし、こりゃしばらく臭いままだろうなぁ」


 川で手を洗うが、爪の間に溜まった魚の臭いは消えない。


「魚の臭いをプンプンさせながら戻るとするか」


「だねー! 海斗君とお揃いの臭いだー!」


 俺は「プッ」と吹き出した。


「こんな臭いでお揃いは嫌だなぁ」


「あはは」


 川を後にした。

 二人で仲良く森を歩く。


「朝から海斗君と過ごせて楽しかったー!」


「俺も楽しかったよ」


「ほんと!?」


 明日花の目がキラキラ輝く。


「そりゃあな」


「じゃあまた抜け駆けデートしよーね!」


「おう……って、これデートだったのか!?」


「うん!」


「じゃあこれが人生初のデートになるな」


「私も! お揃いだね!」


「そのお揃いは嬉しいな」


 二人して愉快気に笑うのだった。

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