040 搾油、トマトソース、製麺

 オリーブの収穫を終えて帰還した俺たち。

 互いの背負い籠はパンパンで、茅が切れてもおかしくなかった。


「はぁ重かったー!」


 洞窟の地面にへたりこむ七瀬。

 内股で座っていて、スカートから伸びる太ももへ目が行く。

 病的な細さをしているので色気が控え目だ。


「せんぱーい、本当にこんなにもオリーブが必要なんですかぁ?」


「むしろ少ないくらいだぞ」


「えええええ! やっぱり緑の実だからですか?」


「それもあるけど、仮によく熟した実が大半だったとしても厳しい」


 一粒のオリーブから採れる油の量は多くない。

 手作業なら尚更だ。


「大変なんですねー、オリーブオイルを作るのって」


「機械がないと揚げ物を作ろうとは思えないくらいにはね」


 一息ついたのでオリーブオイルの搾油に取りかかろう。

 全ての実を水で洗ったら作業開始だ。


「まずは実を潰す!」


 オリーブの実を土器に入れ、木の棒で押し潰していく。

 うっかり土器を割ってしまわないよう慎重に。


「すり鉢や乳鉢は使わないんですねー」


「できれば使いたいが、いかんせん量が多すぎる」


 全て潰すだけで一苦労だ。

 それでも交代しながら取り組んでなんとか終了。

 土器の中がオリーブのヘドロでいっぱいになった。

 綺麗な色の実はどこへやら、今ではすっかり泥のような有様だ。


「次はこれを搾っていく」


 サバイバルの必需品〈不織布〉を使う。

 必需品なので、当然、俺はロールで持っていた。


「海斗先輩の不織布ロール、本当に便利ですよねー!」


「だろー!」


 ロールを適当な長さにカット。

 ドロドロのオリーブを不織布で包み、空の土器の上で搾る。

 見た目通りの茶色い汁がドボドボ出てきた。


「なんだか思ったより量がありますよ!」


「これが全てオイルならね」


「違うんですか?」


「殆どは不純物だよ」


「えー!」


 話すことで気を紛らわせつつ、全ての実を搾り終える。

 土器の中がオリーブオイルとは程遠い見た目の汁でいっぱいだ。


「それではこの汚らしい汁を分離させよう」


「分離はどうやるんですか? 放置?」


「正解だ」


「いえーい!」


 しばらく放置すると分離が始まった。

 茶色い層とオレンジぽい層に分かれる。

 比率は4:6で微かにオレンジの層が多い。


「使うのは上澄み――つまり茶色い層だ」


「思ったより多い!」


「これが全てオリーブオイルになればな」


「まだ減るんですか!?」


「次はこの上澄みを濾していく」


 第三の土器を用意し、口の部分に不織布を張る。

 そこへ上澄みの泥水を注いでいく。


 不織布がフィルターとなり、泥水が完全な液体と化した。

 見た目はメープルシロップのような深い茶色である。


「ここからさらに放置して分離させ、上澄みをすくって瓶に移す」


「瓶に移すってことは!」


「そう! 次の上澄みがオリーブオイルだ!」


 待っている間に他の作業を済ませておく。

 全てが終わり、日が暮れてきたところで――。


「自家製オリーブオイルの完成だ!」


 惚れ惚れするほど美しい黄金のオリーブオイルが出来上がった。


「「「「「うおおおおおおおおおおお!」」」」」


 いつの間にか集結していた女性陣が歓声を上げる。


「本当に少ないですねー! あんなにたくさん収穫したのに!」


「揚げ物を作る気がしなくなるだろ?」


 俺たちは約1kgのオリーブを収穫した。

 そこから得られたオイルの量はたった150g程度。

 適切な単位に変換するなら約180ml、料理用語なら大さじ14杯分だ。

 あまりにも少ない。


「とはいえ、トマトソースを作る分にはこれだけあれば問題ない」


「じゃあこれからトマトソースを作るんだー!」


 明日花が声を弾ませる。


「そのためにトマトも集めておいたぜ!」


「気が利くじゃん海斗!」


 ヒュー、と口笛を吹く千夏。


「ではさっそくトマトソースを作るとしよう!」


 作り方は簡単だ。

 まずはすり下ろしたニンニクと玉ねぎをオリーブオイルで炒める。

 フライパンがないのでクッカーを使った。


「そこにトマトとブラックペッパーを足す」


 トマトは適度にゴロっとしているのがいい。

 そのためには手で握りつぶすのが一番だ。

 もちろん待っている間に準備しておいた。

 ブラックペッパーも。


「あとは弱火でじっくり煮込む」


「強火でサッとじゃダメなん?」と千夏。


「ダメではないけど時間をかけたほうが美味しいよ、トマトの味が出るから」


「へー!」


 水分が減ってきたら仕上げだ。


「火で炙ったローリエの葉を足して香りを付ける」


「炙ることで香りが強くなるんだよね!」と明日花。


「その通りだ。よく知っていたな」


「料理番組で観たことあるの!」


 女性陣が「おー」と感心している。

 吉乃はすかさずヨシノートにメモっていた。


「これで完成だ」


 非の打ち所のないトマトソースが出来上がった。

 見た目と味の両方で文句なし。


「すごいよ海斗君! 今日だけでいっぱい作ってくれた!」


「おかげでクタクタだ。あとは任せるぜ」


 俺はすぐ近くに腰を下ろし、壁にもたれかかった。

 女性陣は出来たてホヤホヤのトマトソースを眺めている。


「このソース、作ったのはいいけど何に使うよ?」


「お肉にかけるとか?」


 千夏の問いに、吉乃が返す。


「でもトマトソースって言ったらパスタじゃない?」


 麻里奈が言う。

 七瀬が「ですよねー!」と頷いた。


(嫌な予感がするぞ……!)


 俺はそそくさと洞窟の奥へ逃げようとする。

 だが――。


「海斗くーん!」


 明日花に呼び止められた。


「な、何かな?」


「パスタも作って下さい!」


 案の定だ。


「もう体が悲鳴を上げているんだが……」


「そこをもう一踏ん張り! あとでお礼にイイコトしてあげるから!」


「イイコト!?」


 七瀬にしてもらったイイコトが脳裏によぎる。


「うん! イイコト!」


「ならば任せろ! サクッと作ろうではないか!」


 俺は奮起した。

 ヘトヘトの体に鞭を打って立ち上がる。


「海斗、ちょれー」


 腹を抱えて笑う千夏。

 吉乃と麻里奈は呆れた様子。


「作り方も教えてね!」


「任せろ! 小麦粉がないから玄米粉で作ろう!」


 まずは玄米粉の準備だ。

 吉乃がこしらえた玄米を遠慮なくすり鉢で砕く。


「玄米を粉々にした! 玄米粉の完成!」


「それで! 次は?」


「これに塩を少々と熱湯を混ぜてこねまくる!」


 非常用の塩を緊急出動させた。


「うおおおおおおおおおおおおお!」


 血眼になってこねくり回す。

 空気が入らないよう体重をかけてしっかりと。


「質問! 小麦粉と玄米粉だとどう違――」


「玄米粉にはグルテンがない! 小麦粉にはグルテンがある! グルテンがあると寝かせることで弾力やコシを強められる! だから小麦粉で作る場合は寝かすことも大事! 以上!」


「「「「早ッ!」」」」


 こね回したら次の工程へ。

 麺棒の代わりとなる適当な棒で玄米粉の塊を伸ばしていく。


「ふん! ふん! ふん!」


 あっという間に伸ばし終えると――。


「石包丁でカット! はい完成!」


 ――ものの数分で玄米粉のパスタ麺を作った。


「すげぇ! マジでパスタ麺を作りやがった!」


「イイコト一つでここまで釣れるなんて……」


 千夏や麻里奈が何やら言っている。

 もちろん俺はそんな言葉に反応しない。


「さぁ明日花、報酬のイイコトをしてもらうぞ!」


「うん! たくさん頑張ってくれたもんね! 私も頑張る!」


 明日花と二人で洞窟の奥に向かう。

 俺は途中で振り返り、「邪魔しないように!」と皆に釘を刺す。


(まさか七瀬に続いて明日花にもイイコトをしてもらえるとは……!)


 めくるめく体験を妄想しながら洞窟の奥に到着。


「じゃあ海斗君、お布団に寝転んで!」


「オッケー!」


 俺は最高の笑みを浮かべて仰向けに寝転ぶ。


「違う違う! うつ伏せ!」


「え? うつ伏せ?」


 うつ伏せでイイコト……?

 困惑する俺に対し、明日花は「うん!」と頷いた。


「わ、分かった……」


 言われた通りうつ伏せになる。

 すると――。


「これが私のイイコト!」


 そう言って、明日花はマッサージを始めた。

 首や肩、腰やふくらはぎを揉んでくれる。


「これがイイコト……」


 俺の思うイイコトとは少し違っていた。


(だが、これはこれでいいな)


 皆に喜んでもらえたし、今回はこれで良しとしよう。

 俺は全力でイイコトを堪能した。

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