033 狩猟

 作業を終えて洞窟に戻ると――。


「海斗ー!」


 千夏が駆け寄ってきた。


「どうした?」


「弓の腕が最強レベルに上達した!」


「ほう」


 千夏はいかに成長したかを見せてくれた。

 石包丁で木に「×」と書き、10メートルほど離れて矢を放つ。


 矢は×のど真ん中に命中した。

 威力も申し分なくて木に突き刺さっている。


「どうよ!?」


「すごいな」


 とんでもない成長速度だ。

 数時間前まで5メートル先の的にすら苦労していた。

 自作の弓矢であることを考えたらチート級の成長と言える。


「これはもう次の段階……動いている獲物に挑戦するべきでは!?」


「そうだな」


 一服して他の作業をしたかったが、今回は千夏に付き合おう。


「俺と千夏は狩りに行ってくる」


「水の煮沸は私がしておくよ」と吉乃。


「助かる」


「私は適当に作っておくねー!」


 麻里奈は早くも稲藁を編み始めていた。


「では」


 俺は自作の弓を手に取り、千夏と森に向かった。


 ◇


 ひとえに動いている獲物を射ると言っても難易度は様々。

 中でも難しいのがシカで、逆に簡単なのはイノシシだ。


 今回は野ウサギを狩ることにした。

 難易度は中くらいだろう。


「もうそろそろ姿が見えそうだな」


 足跡を見ながら野ウサギを探す。


「その足跡追跡技術も教えてよー!」


 千夏は弓をブンブン振り回しながら言った。


「野ウサギを軽く狩れるようになったら教えてやろう」


「よっしゃ!」


 その後も何分か森を徘徊。


「いたぞ」


 目的の野ウサギを発見した。

 野生のわりにはふっくらしている。

 こちらに尻を向けて木の根をかじっていた。


「まずは俺が手本を見せよう」


 指先を舐めて自分が風下にいることを確認。

 千夏の腰にかかっている矢筒から矢を抜いた。


「狙うのは今のような食事中が望ましい」


 弓に矢をつがえ、息を止めて狙いを定める。

 しっかり弓を引き絞ったら――。


「それっ」


 スッと矢を放つ。


「キィ……!」


 矢は野ウサギの首――人でいう「うなじ」に命中した。

 威力が強かったため貫通し、のどから矢尻が飛び出している。

 即死を免れない完璧な一撃だ。


「よし」


「うおおおおお! 海斗すげー!」


「この程度は楽にできないとな」


「マジか!」


「次は千夏にやってもらうぜ」


 仕留めた野ウサギの血抜きを済ませたら移動する。


 すぐに新たな個体が見つかった。

 これから食事をするようで周囲をキョロキョロしている。

 20メートル近く離れているため、俺たちには気づいていない。


「あのウサギを狩ってみろ」


「分かった!」


 千夏は弓を構えてしばらく待機。

 野ウサギが食事を始めると距離を詰めだした。

 自分が風下にいることも確認済みだ。


(警戒が緩むまで待つのは正解だ)


 しかし問題はこの後。


「動くなよぉ……!」


 呟く千夏。

 その想いが届いているかの如く、ウサギは食事に夢中だ。


「ここなら外さないはず……!」


 千夏とウサギの距離は約8メートル。

 かなり思い切って詰めたものだ。

 限界を見極める判断力も悪くない。

 そして弓を構えるのだが――。


「キュッ?」


 矢を放つ前にウサギが食事を終えた。

 体を起こし、周囲をキョロキョロし始める。


「やば……!」


 千夏は慌てて矢を放った。

 だが、矢はものの見事に外れてしまう。


「キィー!」


 ウサギは大慌てで逃げていった。

 千夏の口から「あっ」と声が漏れた頃にはもう遅い。

 約8メートルだった両者の距離が数十メートルに開いていた。


「惜しかったな」


「くぅ! 難しい!」


「初めてにしてはいい線をいっていたと思うぞ」


「そうかなぁ? 自信あったんだけど!」


「音でバレなかっただけ上出来だ」


 俺はてっきり音を感知されると思った。

 ウサギのような弱者は匂いや音に対して敏感だ。

 足音はおろか弓を構える際の動作音ですら気づくことがある。


「でもウサギって簡単な方なんでしょ?」


「難しくはないね。Dランクってところだ」


「D!? そこそこ難しいんじゃん! Fが最低っしょ?」


「だがFランクの生き物なんてそうそういない」


 と、話している時に閃いた。


「いや、ちょうどいいFランクの獲物がいた」


「マジ!? なになに? カエル!?」


「カエルではない。というか、カエルは小さいからウサギより難しそうだ」


「あはは、たしかに!」


「俺が想定しているのはエミューだ」


「エミュー!? なんだっけそれ! 聞き覚えあるかも!」


「千夏がこの世界に転移してすぐに遭遇した動物だよ」


 ああああああ、と思い出す千夏。


「あのダチョウもどきか!」


「エミューなら大きいし警戒心も弱い。簡単に仕留められるだろう」


「たしかエミューのお肉ってダイエットにいいんだよね!?」


 その点はしっかり覚えていたようだ。


「ダイエットにいいというより、たくさん食べても太りにくい」


「よっしゃー! じゃあ今日の晩ご飯はエミューのお肉に決まり!」


 千夏は嬉しそうに弓を掲げた。


「ならまずは洞窟に戻ってウサギの処理をお願いしよう」


「了解!」


 俺たちは一度洞窟に戻った。


 ◇


 俺の狩った野ウサギを吉乃に押しつけたら再出発。

 先ほどは洞窟の東側に向かっていたが、今回は西側に進む。


「あったあった、エミューの足跡だ」


 かなり古い。

 千夏と遭遇して以降、この辺りには来ていなかった。


「なんであの時はここにいたんだろ? 迷子?」


「だろうな」


 動物が迷子になることは稀にある。

 エミューのように森と縁のない動物なら尚更だろう。


「こっちだな」


 足跡を頼りに北へ進む。


「あのさー」


 歩いていると、千夏が不満そうな声を漏らした。


 俺は「ん?」と振り返る。


「女子に荷物持ちをさせるってどうなのよ!」


 千夏は背負っている藁の籠を見せてきた。

 中には柄の付いた石包丁を始め、色々な物が入っている。

 特に重いのは二人分の飲料水だろう。


「おいおい、都合が悪い時は男女平等に異を唱えるのか?」


「これのどこが平等だ! 男尊女卑だって!」


「なるほど、たしかにその通りだ。賢いな」


「でしょ! 実は私って優等生で……って、そうじゃなくて!」


「気持ちは分かるが、いざという時に俺の手が塞がっていたらまずいだろ」


 千夏は「ぐぬぬ」と唸った。

 荷物を押しつけているのはリスクを回避するためだ。

 突発的な戦闘に陥った場合を想定している。


「それより千夏、見てみろ」


 俺は前方を指した。

 木々の向こう側に草原が広がっている。


「到着したぞ」


「うおおおおお! エミューだあああ! めっちゃいるぅ!」


 そこには、数え切れないほどのエミューが生息していた。

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