032 もんどり

 昼食が終わって皆に指示を出そうとした時、千夏が手を挙げた。


「私、弓の練習をもっとしたいでーす!」


 千夏には別の作業を頼もうと思っていたが……まぁいいだろう。


「分かった。好きなように練習するといい」


「よっしゃー!」


「ただし、夕飯の食材は調達するように」


「了解!」


 千夏は敬礼すると、自作の弓を手に取った。


「他に希望がある人は?」


「私は道具を作りたいでーす!」


 と、麻里奈が手を挙げる。


「ならちょうどいい。麻里奈にはお願いしたい作業があったんだ」


「おー! なになに!?」


「もんどりだ」


「「「「もんどり!?」」」」


 吉乃以外が首を傾げる。

 ただ一人、吉乃だけはもんどりを知っていた。


「魚用の罠ね」


 俺は「そうだ」と頷く。


「川に設置して魚を捕獲しようと思う」


 米、肉、野菜、果物は食べた。

 しかし、魚だけはまだ手を付けていない。


「ということで、麻里奈と吉乃にはもんどりの製作を手伝ってもらう。俺と一緒に川へ行くぞ」


 麻里奈が「おー!」と拳を突き上げる。

 一方、吉乃は「私も?」と驚いていた。


「麻里奈と二人じゃ人手が足りないからね。それに吉乃には先生になってもらおうと思っている」


「先生って?」


「俺が授けた技術を他の人に教える係だ」


 約一週間の共同生活で、俺は皆の特徴を把握しつつあった。


 吉乃は教師のような役割が向いていると思う。

 女子グループのリーダーは麻里奈だが、皆が最も頼る相手は吉乃だ。

 それは俺の不在時に吉乃が指揮を執っていたことからも分かる。


「いいじゃん! 吉乃って海斗よりも教えるのが上手いし!」


 千夏が声を弾ませる。

 明日花も「たしかに!」と同意していた。


「なんか責任重大だね」


「吉乃先生なら大丈夫だよー!」と明日花。


「頑張る」


 吉乃は緊張の面持ちで言った。


「それで海斗君、私と七瀬はー?」


「明日花たちには矢の量産と夕飯の準備を頼む」


「献立とか決めていいの?」


「もちろん。だって食事は女の子チームが考えるんだろ?」


 ニヤリとしながら返す。

 明日花は嬉しそうに「うん!」と頷いた。


「じゃあ私が料理大臣!」


「私は副大臣になりまーす!」と七瀬が手を挙げる。


「さらに今回は千夏というアシスタントがいるから、献立が決まったら奴に食材を調達させるといい」


「わーい! 千夏、料理大臣の指示には従うように! だからね!?」


 千夏は「へーい」と笑って流した。


「以上、異論はないようだから作業を始めよう」


「「「「「おー!」」」」」


 俺は背負い籠にススキの茎をありったけ詰め込んだ。

 もんどりの材料として使う。

 麻里奈と吉乃もそれに続き、俺たち三人は川に向かった。


 ◇


 もんどりは二重構造からなるトラップだ。

 外側が筒状なのに対し、内側はすい状になっている。

 錐の頂点は内側に向いており、奥に進むほど幅が狭まっていく。

 魚の習性上、一度入るとまず出られない。


「サバイバル環境におけるもんどりは竹で作るのが一般的なんだけど、俺たちの手元には竹がないからススキの茎で代用する」


 川辺にて、もんどりの説明をしながら製作に取りかかる。

 麻里奈と吉乃には見学してもらうことにした。


「最初にもんどりの外側となる筒を作っていくよ」


 作り方は簡単だ。

 まずは何本かの茎をり合わせて紐状にし、それで輪を作る。

 同様の輪を何個か作って等間隔に配置し、輪の内側に茎を並べていく。

 それら全てを紐で固定すると、さながらススキのトンネルが出来上がる。

 あとは片端を捻って絞り、紐で強く縛れば筒の完成だ。


「ざっとこんな感じだ」


「お見事」と、吉乃が拍手する。


 一方、麻里奈は真剣な顔でもんどりを見つめながら言った。


「内側のすいは私が作ってもいい?」


「それはかまわないが……」


「分かるの?」


 吉乃が尋ねると、麻里奈は「たぶん」と答えた。

 言葉に反して顔は自信に満ちている。


「基本は筒と一緒だと思う。ただ、錐は先に進むほど狭くなるわけだから、輪のサイズを徐々に小さくしていく必要がある。あと、筒と錐の入口の位置を揃えて紐で固定する感じかな? そうしないと二つの構造がグラグラして不安定だから」


「ブラボー! 正解だ!」


 麻里奈の説明はあまりにも完璧だった。

 無意識に「実に素晴らしい!」と拍手してしまう。


「ふっふっふ、伊達に内職大臣は名乗っていませんよ」


 ドヤ顔の麻里奈。

 吉乃は悔しそうに頬を膨らませていた。


「そんなわけで……ほいっと完成!」


 麻里奈はあっという間に錐を作った。

 それを俺の作った筒と合体させて、記念すべき第一号が誕生。


「あとはこれを川に設置するだけ?」


 麻里奈がもんどりを渡してきた。

 竹製ならぬ茅製だ。


「そのまま沈めると流されるから、長めの紐を用意して重石に括り付けないとな」


「設置する際のコツとかある?」


 これは吉乃の質問だ。


「入口を上流に向けるくらいかな? あとは何でもいいと思う。量産して数で攻めよう」


「「了解!」」


 第一号を適当に設置したら、皆で手分けしてもんどりの製作を開始。

 内職大臣の麻里奈が狂気じみた速度で作業を進める。


 その模様を、付近の木にいる猿たちが眺めていた。

 対岸の森の奴等と違って武装をしておらず性格も温厚だ。


「ススキの茎って便利だよねー。何にでも使える!」


「硬いからなー。イネ科の茎って基本的に硬いけど、その中でもススキは硬めなんだ」


「なんでここまで硬いんだろうね?」


「ケイ素がたくさん含まれているからだよ」


「ケイ素?」


「ガラスの主原料さ。ススキの葉が矢羽根に使えるくらい硬いのもケイ素が理由だよ」


「そうなんだ! じゃあススキからガラスを作ることも?」


 笑いながら言う麻里奈。


「冗談のつもりだろうけど、答えはイエスだ」


「できるの!?」


「ケイ素を多く含んでいるからな。茎や葉を燃やせば二酸化ケイ素になる。これに一酸化鉛とホウ砂があればガラスの材料は揃う」


「じゃあ私たちの生活にガラスが加わる日も近い!?」


「いや、そんな日は来ないと思う」


 麻里奈は「えー」と眉間に皺を寄せた。


「なんでー?」


「材料や製作環境を整えるのが面倒だし、製作する際には火傷のリスクがつきまとう。だがなにより、作ったところで大して活かせないのが問題だ」


「コスパが悪いってやつか!」


「うむ」


「そりゃダメだー」


 こうして話している間にも、麻里奈は新たなもんどりを完成させる。

 ちょうど俺と吉乃も作り終えた。


「材料を使い切ったし、もんどりの製作はここまでにしよう」


 最初に作った分も合わせて計10個のもんどりが完成。

 第一号を除くと、俺と吉乃が各2個、麻里奈が5個作った。


「恐るべし内職大臣。とんでもねぇ速度だった」


「でしょー!」


 もんどりの設置は俺と吉乃で行う。


「明日のメインディッシュは川魚だね」


「楽しみだぜ」


 川には大小様々な魚が泳いでいる。

 パッと見える範囲でも結構な数だ。

 これだけいれば何匹かはかかるだろう。

 今から楽しみだった。

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