031 洗濯と木炭

「海斗の腰蓑もこれで……! よし! できたぁあああああああ!」


 昼食の直前、麻里奈が蓑を完成させた。

 男女共に腰蓑は同じサイズ感で、股間がしっかり隠れている。


 また、女性陣には別途で胸を隠す物もあった。

 それが――。


「なんかちょっとエロ過ぎない!?」


 と、千夏ですらたじろぐブラジャーだ。

 カップの部分にアナグマの毛皮をあてがい、藁を紐として利用している。


 紐は胸のトップとアンダー、肩の三点。

 洗濯する際は紐を捨て、毛皮のカップだけ洗う形になる。


「仕方ないじゃん! 藁の服って想像以上にチクチクだったんだから!」


 そう、麻里奈は最初、想定通りの服を作った。

 キャミソール型のヘソを丸出しにしたショート丈。

 しかし、チクチク度が許容範囲を超えていたので改めた。


「麻里奈せんぱーい、これって私に対する嫌がらせですよねー?」


 七瀬が笑いながらも唇を尖らせる。

 彼女だけブラに膨らみが感じられなかった。


「じゃあこれでも着る?」


 麻里奈が失敗作である藁の服を取り出した。

 七瀬は「結構ですー!」と激しく首を振る。


「とにかく! 今回はこれにて完成!」


 内職大臣の号令により、俺たちの新たな衣服が誕生した。


 ◇


 明日花と七瀬が昼食の準備を始める。

 麻里奈は稲藁でアレコレ作り、千夏は弓術の特訓。


 そんな中、俺は吉乃と洗濯に取りかかっていた。

 予備の服ができたので、制服などを洗いたい考えだ。


「洗濯といっても、やることは簡単な消臭と殺菌だ」


 話しながら土器に衣服を詰め込む。


 土器の数にはまだまだ余裕がある。

 俺の不在中に女性陣が量産してくれたからだ。


「あとはそれぞれの土器に水を張り――」


 飲料用に

汲んでおいた水を注いでいく。


「――レモンと木炭を足したら完成だ!」


 どちらも消臭・殺菌効果の定番素材だ。

 レモンは輪切りにしてぶち込み、木炭はそのまま放り込む。


「あとは放置するだけ?」


「そうだな、洗剤代わりに灰を投入して揉み洗いしてもいいが……効率的とは言えないし浸け置きだけで済ませよう」


 これで洗濯完了だ。


「昼食まで時間があるから木炭を補充しておくか」


「なら私はレモンを集めてくるね」


 吉乃は茅の籠を背負って洞窟を発った。


「明日花ー、そこの薪を全部木炭にしたいけどいいか?」


「うん! 勝手に使ってー!」


「オーケー」


 木炭の自作は、炭化を知っていれば誰でもできる。

 材料となる薪を酸素が不足している状態で燃やせばいいだけだ。

 すると薪は燃えず、灰ではなく炭になる。

 キャンプとかだと、一斗缶やペール缶で作ることが多い。


 どちらもないので土器を使うことにした。

 まずは地面に穴を掘り、その中で焚き火をこしらえる。

 そこに、薪をキツキツに詰めた土器を逆さにして被せた。

 隙間から酸素が入り込まないよう、土器の口と穴を土で塞いでおく。


 ただし、酸素を完全に遮断してはいけない。

 焚き火の炎まで消えてしまうからだ。

 最低限の隙間は残して燃焼を維持できるようにする。


 あとは放置し、頃合いを見計らって取り出せば完成だ。

 一般には煙突を併設し、煙の色をもって仕上がりを判断する。

 今回は経験に基づく直感で対応する予定だ。


 炭ができるのは数時間後。

 ただ待つだけなのも間抜けなので、皆の手伝いをして過ごした。


 ◇


 今日の昼食は豪華だった。

 なんと〈藁焼き〉が導入されたのだ。


 藁焼きと言えばカツオが浮かぶだろう。

 しかし、俺たちが焼いたのは肉や野菜だ。


 アナグマの肉を藁で焼くと獣の臭みが消えた。

 それでいて藁の香りが追加されて風味がアップ。


 さらに新食材としてエリンギとトマトが登場。

 エリンギは縦に切り、トマトはそのまま焼いた。

 美味いだけでなく彩りも豊かになった。


 藁焼きや食材の追加は明日花と七瀬が考えたもの。

 彼女たちが食事の強化に動いたのには理由があった。


「海斗君、見栄えとか気にしないんだもん!」


「先輩の調理法っていつも串焼きですし!」


 二人の言い分はごもっともだ。

 メシを俺に任せると何日も同じメニューが続く。

 食材はもとより調理法まで殆ど変わらない。


「だから料理は女の子チームで考えることにしたの!」


 明日花が「いいでしょ?」と微笑む。


「もちろん。自由にしてくれていいよ」


 俺は皆の主体性を尊重する。

 依存されるのは嬉しいが、全体のことを考えると望ましくない。

 自分で考えて行動してくれるのはありがたい。


「ところでさぁ、吉乃と話していたんだけど――」


 千夏が切り出した。


「――残りの生徒ってどこにいるんだろうね?」


「残りの生徒っていうと……」


「私たちや兵藤の集落にいる生徒を除いた残り」


 と、吉乃が補足する。


「そういえば全く見かけないな」


 現状から考えるに、おそらく全ての生徒が転移している。

 仮に例外があるとすれば、転移した日に欠席していた者くらいだ。

 すると、転移者の数は生徒の総数――つまり約700人にのぼる。


 一方、俺たちが存在を確認している生徒の数は約130人。

 残り570人程を見かけていないことになる。


「兵藤の拠点に集結しているのかな?」


 そう言うと、麻里奈は焼きトマトを頬張った。


「数人ないし数十人程度なら増えているかもしれないが、さすがに全員が集まっているとは思えないな」


「じゃあ500人以上の所在が不明なのは変わらずかぁ」


「どこにいるんだろうなー?」


 千夏は弁当箱に入っているアナグマ肉を食べた。

 串に刺さっていないため箸を使っている。


「セコイアの南か東じゃないか。そっちのほうは探索していないし」


「南は分かりませんが、南西方面はたぶん誰もいないと思いますー。私、そこそこ歩き回ったけど誰とも出くわさなかったので!」


 七瀬は相変わらず食べまくりだ。

 肉、野菜、果物……手当たり次第に平らげていく。


「でも、セコイアの東から南の間に500人以上も固まっているなんてありえなくない? 私だったらひとまずセコイアを目指すと思うよ。遠くからでも見えるし」


 吉乃が俺の目を見つめながらエリンギを食べる。

 傘の部分を咥えるようにして口に含んだ。


「川の向こうに転移して速攻で殺されたんじゃねー?」


 軽い調子で言う千夏。


「それが一番ありえる」


 実際、川の向こうに転移したと思しき例があった。

 初日に川辺で見かけた女子だ。

 巨大ジャガーに追われる形で対岸の森から出てきた。


「何も知らずに川を渡った可能性もあるよね」と吉乃。


「それもありえる。普通の人は俺と違って足跡を見ても分からないしな」


 俺は手を止め、脳内でシミュレーションをしてみた。

 自分の転移先が対岸の森の奥深くならどうなっていたか。


(生存率は良くて15%といったところか)


 弓矢で武装した猿や巨大ジャガーが生息する森を抜けるのは厳しい。

 その上、あの森には他にも多数の猛獣が潜んでいる。

 難易度的には、ヒグマの蠢く北海道の山奥と同等、いや、それ以上だ。


「探索範囲を拡大すればもう少し分かりそうなものだが、とりあえず今は地盤固め――生活環境の向上が先だ」


 吉乃が「だね」と答え、他の四人が頷いた。

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