030 戦闘訓練

 朝食前、日課のサバイバル訓練を開始した。

 女性陣にきりもみ式の火熾しをさせつつ、俺自身も雑務を消化する。


「しゃー! 着いたー! カム着火ファイヤアアアア!」


 麻里奈、明日花、吉乃に続いて千夏が成功させる。


「カム着火ファイヤーって」と、苦笑いの明日花。


「古すぎでしょ!」


 麻里奈がツッコミを入れる。


(カム着火ファイヤーなんてネタがネタがあったのか)


 俺だけ把握していなかった。


「もー! なんで着いてくれないの!? 男と違って火は私の言うことを聞いてくれないー!」


 頬を膨らませて怒っているのは七瀬だ。

 彼女だけ苦戦していた。


「途中加入だから仕方ないさ」


「そーそー、七瀬も明後日には成功できると思うよ!」


 私みたいにな、と胸を張る千夏。

 なかなかのドヤ顔だが、俺の視線は胸に一直線。

 白のパーカーというハンデをものともしないトンデモサイズだ。


「時間になったので終了だ。朝ご飯を食べよう」


「準備するね」


 吉乃がサッと動き始める。


「私もー!」と明日花。


「ねぇ海斗、稲藁いなわらも使っていい?」


 麻里奈が乾燥させたイネの茎を両手で抱える。


「かまわないが、それだけの稲藁を何に使うんだ?」


「ふふん、内職大臣として藁の服を作ろうかと思いましてね!」


「藁の服……みののことか?」


「蓑って何だろ? 聞き覚えはあるけど」


 どうやら知らずに提案してきたようだ。


「藁や茅で作る雨合羽のことだよ。頭に被る笠とセットで使う」


「あー、アレね! 近いけど違う! 私が作りたいのは雨合羽じゃなくて服そのものだから!」


「試着するまでもなくチクチクしそうだが?」


「そうだけど、もうずっと同じ服だからね。洗濯したいのよ」


 たしかに服の臭いがきつくなってきた。

 俺ですら「ちょっと臭うな」と感じる程度には臭い。

 女性陣からすれば耐えがたいものがありそうだ。


「事情は分かった。服を作るのは結構だし、麻里奈の服が完成したら今着ている物は洗濯しよう」


「やった! ありがとう!」


「だが、始める前に質問させてくれ。どういう服を作ろうと考えている?」


「ワンピース! 袖はノースリーブで、丈は太ももくらい!」


「悪くないけど、それだと材料が厳しそうだな」


「そうかな?」


「この場にある藁と茅を全て使うなら別だが、いくらかは残して起きたい。他の用途で必要になるかもしれないからね」


「なるほど……」


「材料を節約するためにも陰部だけ隠すものにしたらどうだ? 女子は胸と股、俺は股だけ隠す感じ」


「ヘソ出しスタイルにするわけだ!」


「この島には蚊が皆無だからね。肌の露出度を高めても問題ないはず。チクチク度が下がって快適だと思う」


「いいじゃん! そうする!」


 麻里奈は「ありがとー!」と話を切り上げ、さっそく作業を始めた。

 おそらく午前中に完成するだろう。


 ◇


 朝食後、俺は言った。


「それではこれより訓練を始める!」


「えええ! またぁ!?」


 ぶったまげる麻里奈。


「ご飯の前にもしたよー!」


 明日花が続く。

 唇がアナグマの肉汁でテカテカになっていた。


「これから行うのは戦闘訓練だ」


「「「「「戦闘訓練!?」」」」」


「前に説明した通り、西の川を越えた先……対岸の森は危険だ。そこに棲む猛獣の脅威がいつここまで迫るか分からない」


「そこで戦闘訓練!」


 声を弾ませる千夏。

 他の4人と違い、彼女だけ目を輝かせていた。


「今回はこの世界で最強の武器を作ろうと思う」


「最強の武器!? 初っ端から!? 海斗、アンタ分かってるよ!」


 大興奮の千夏に対し、「そりゃどうも」と笑う。


「で、その武器が何かというと――弓矢だ」


「弓が最強なんだ?」と吉乃。


「猛獣との戦いでは遠距離攻撃が絶対的に強い。人間と違って盾や鎧でガードすることがないからね。弓は扱いやすくて威力も高いから、銃が発達するまでは最強だった」


「なるほど」


「必要な材料は準備しておいた。さっそく作っていくとしよう」


 俺は説明しながら弓矢の製作を開始した。


「まずは弓本体からだ」


 使用するのは細身の木だ。

 表面を石で削ることで手触りをよくしてある。

 枝葉も取り除いておいた。


「先に説明すると、この木に弦を張れば本体は完成になる」


 弦に用いる糸は適当な植物から作った。

 茎から繊維を取りだし、それを撚り合わせただけだ。

 樹皮の紐をスケールダウンさせたものである。


「じゃあ適当な糸を弓の両端に括り付けたら完成!?」と千夏。


「そうだけど、これがなかなか大変なんだ」


「そうなの?」


「木をしならせた状態で弦を張る必要があるからね」


「しならせないとダメなの?」


「別にダメじゃないけど、しならせないと威力がクソザコになるよ」


 俺は弓の片端に糸を巻き付けた。

 そしてその部分を足で踏み、反対側の端を手で引っ張って本体をしならせる。


「この状態で反対側の端に糸を巻き付ける」


 こうして弓が完成。


「皆もやってみてくれ」


 矢の製作を始める前に弓を作ってもらう。


「できたー!」


 開始1分で麻里奈が完成させた。

 思わず「早ッ!」と言ってしまう。


「いくら材料を用意しておいたとはいえ――」


「私もできたよ」


「私もー!」


「早く次に進めろー!」


「大丈夫ですよー、先輩!」


 あっという間に他の四人も追いつく。


「揃いも揃って優秀だなぁおい!」


 クオリティも問題ないため矢の製作に移行した。


「矢は……いや、矢“も”と言ったほうがいいか。とにかく簡単だ。弓よりも工程は多いけどな」


 まずは矢本体の製作だ。

 弓よりもさらに細い木、もしくは適当な枝を使う。

 石で磨いて表面を綺麗にしたら、片方の端を斜めにカット。


「こうして尖らせたほうが矢尻になる」


「矢尻は火で炙って硬化させるの?」


 尋ねてきたのは吉乃だ。


「よく分かったな」


「これまでの経験からそうかなって」


「流石だ」


 皆が「おー!」と歓声を上げる。

 吉乃は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「矢尻の硬化が終わったらあとは矢羽根を装着するだけだ」


 矢羽根の定番は七面鳥の羽根だ。

 他にも鷲や鷹など、猛禽類の羽根を使うことがある。

 しかし、残念ながらこの場に鳥の羽根はない。


「そこで使うのがコレだ」


 俺は目の前に土器を置いた。

 中に入っているのはススキの葉だ。


「これを石包丁でカットし、松脂と糸で本体シヤフトに固定する」


「出たな天然の接着剤!」


 上機嫌で叫ぶ千夏。

 前にした松脂の説明を覚えていたようだ。


「ススキの葉を触る際は気をつけてくれ。縁の部分が硬くてギザギザしているから、油断していると手を切りかねない」


「縁も軽く切り落としたほうがよさそうね」


 吉乃が言うと、皆は何食わぬ顔で縁をカットした。


「あと、葉は2~3枚を重ねて1枚の矢羽根として使おう。矢羽根は3カ所に装着するから、1本の矢につき計6~9枚の葉を消費することになる」


「問題ないじゃん! 葉の備蓄はアホみたいにあるし!」


 千夏はウキウキで葉をカットしていく。

 土器の時と違い、ここでは真面目な仕事ぶりを見せていた。

 そして――。


「できたー!」


 全員の弓矢が完成した。

 クオリティは横並びだが、麻里奈が少し抜けている。

 内職大臣のプライドが感じられた。


「さっそく試し撃ちだ」


 皆ですぐ傍の木に向かって矢を射かける。

 まずは俺がお手本として一発。


「それ!」


 最大まで弓を引き絞ってから放った。

 矢はシュッと風を切りながら狙った場所に命中。

 矢尻が木に突き刺さった。


「うおおおお! 木の矢が木に刺さってる!」


「海斗君の矢を射る姿、カッコイイ!」


「弓道部と言われても信じるくらい様になっていたわね」


 皆が感嘆する中、俺は「ふぅ」と息を吐いた。


「次は皆の番だ」


「待ってましたー!」


 まずは千夏が先陣を切る。

 狩猟担当に志願するだけあり、初っ端から矢に勢いがあった。

 しかし、俺と違って木に刺さるほどの威力はない。


 その後も女性陣が続々と矢を放つ。

 吉乃と七瀬は悪くなかったが、明日花と麻里奈は今ひとつだった。


「うぅー……!」


 悔しそうに唸る明日花。


「やっぱり私には洞窟で内職に耽るほうが向いているわぁ」


 一方、麻里奈は気にしていない様子。


「最初はこんなもんでいいだろう。火熾しの技術も上がってきたし、今後は弓術の訓練に時間を割いていく。最終目標は動いている目標を仕留められるようになること。これからも頑張ろう!」


 皆が「おー!」と拳を突き上げた。

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