029 植物の仕様

「楽しいか?」


 麻里奈の隣に腰を下ろす。

 彼女は手を止めてこちらを見た。


「うん! めっちゃ楽しい! 見てよこれ!」


 麻里奈が前方に手を向ける。

 そこには茅で作った様々な物が並んでいた。

 大半が動物を模した物だが、中には可愛らしい飾り結びもある。

 どれも出来が良くてお土産屋などで売られていそうだ。


「明日花に聞いたが掛け布団もいち早く完成させたんだってな」


 俺は彼女の尻を見た。

 掛け布団を茣蓙ござとして使っている。


「そうなんよー! 私、こういう作業が向いているのかも!」


「なら今後は色々と役立ちそうな物を作ってもらうか、茅や藁で」


「役立ちそうな物って例えば?」


「背負い籠とかだな。竹で作るのが定番だけど、茅や藁でも作れる」


「おー! じゃあ試しに今から作ってみる!」


「今から?」


「大丈夫! パパッと仕上げるよ!」


 そう言うと、麻里奈は背負い籠を作り始めた。


「作り方は分かるのか? 教えていないが」


「自分で考えたほうが楽しいから平気!」


 麻里奈はとんでもない速度で作業を進めていく。

 そして――。


「完成! どうかな!?」


 なんと1時間も掛からずに背負い籠を完成させた。


「すげぇな……」


 試しに背負ってみる。

 クオリティも非の打ち所がない。

 俺は改めて「すげぇ」と呟いた。


「やっぱり私って才能あるかも!?」


「才能あるどころじゃねぇ! これはもう内職大臣に認定だ!」


 興奮のあまり言い放ってしまう。


「内職大臣!?」


「おう! もっともっと役に立つ物を量産してくれ!」


「よっ! 内職大臣!」


 千夏が手を拡声器に見立てて言う。


「内職大臣かぁ……! なんかいいかも!」


 麻里奈は立ち上がると、右の人差し指で天を指した。


「この手の作業は全てこの内職大臣にお任せなさい!」


 ◇


 夜。

 温泉から洞窟へ戻る道中、俺と七瀬は寄り道をしていた。

 昼に彼女が利用したリンゴの木まで案内してもらっていたのだ。


「この木です! ほら、採った跡がありますよね?」


「たしかに」


 目の前にそびえるリンゴの木は、たしかに収穫の形跡が見られた。

 樹高が2メートル以上あるため、手の届かない位置にある果実は無事だ。


「収穫から6時間以上経っているが、今のところ何も起きていないな」


「でも明日になると元通りになっているんですよねー! 不思議!」


 この島の植物は一日で元通りになる――。

 それに関する詳細を調査するのが今回の目的だ。


「不思議というか信じられん。ゲームみたいにポンッと復活するのかな」


 てっきり尋常ならざる速度で生長すると思っていた。

 喩えるなら超倍速再生で見ているような感じで。


「考えるのは結構ですけど、今の時点じゃ答えなんか出ませんよー?」


「それもそうだな」


 俺はリンゴの木を撮影しておいた。

 ついでに周囲の木々も撮っておく。

 明日の朝も撮影して比較するとしよう。


「えー! 先輩のスマホ、まだバッテリーが残っているんですか?」


「それどころか残量は100%近いぜ。太陽光で充電できるからな!」


「そんなスマホがあったなんて!」


 念のため多めに撮影しておいた。


「よし戻るとしよう」


「その前に一ついいですかー?」


「なんだ……って、ちょ、うわ!?」


 突然、七瀬が体を密着させてきた。

 そのまま木に背中を押しつけられる。


「千夏先輩から聞いたんですけどー、私の教えたテクでからかわれたとか?」


 七瀬が耳に息を吹きかけてきた。

 右手を俺の首に回し、左手で俺の上半身を撫でている。

 千夏と違って動きがプロだ。


「そうだけど……!」


「その時、色々と期待したんじゃないんですかー?」


 七瀬が「せーんぱい」と甘い声で囁いた。

 他の人がいる時には見せない小悪魔モードだ。


「そりゃあ、俺も男だから……」


「じゃあ可哀想な先輩にぃ、私が元気を上げちゃいますね」


「マ、マジで……? でも差し出せる見返りが……」


「見返りなんかいりませんよー。むしろ付き合ってくれるのが見返り? みたいな」


「なんだと……」


「私もストレス発散に楽しませてもらいますから♪」


 七瀬はニヤニヤしながら俺の服に手を伸ばす。

 そして、スラックスに入っているシャツの裾を引っ張りだした。


「たくさん癒やしてあげますね、せーんぱい」


 その言葉通り、俺はたくさん癒やされるのだった。


 ◇


 翌朝、俺はリンゴの木を確認しに行った。

 約9時間前に七瀬と楽しく過ごしたあの木だ。

 日を跨いだので果実が復活していると思ったのだが――。


「いまだ変化なしか」


 現在の時刻は4時50分。

 七瀬が収穫してから実に半日以上が経っている。

 それなのに、リンゴの木は新たな果実をしていなかった。


「おかしいな……」


 前に別のリンゴで確認した時はもっと早く元通りになっていた。

 たしか収穫の約12時間後とかだったはず。

 夜に収穫して昼前に確認したから間違いない。


 その時は果実が生る瞬間を見ることができなかった。

 だから「もっと前に生長を終えていたかも」と思ったものだ。


(まぁいいか)


 とりあえずリンゴの木を撮影しておく。

 全く変化がないものを撮ってもなぁ、と思いつつ。

 だが、そんな時だ。


「――!」


 5時00分になった瞬間、突如としてリンゴの生長が始まった。

 花が咲いた……と思った頃には実が付いていた。

 その実がとてつもないスピードで育っていく。

 そして、1分も経たない内に見慣れた赤いリンゴになった。


「なんだこりゃあ!」


 間抜けな声を漏らす。

 しかし、他にリアクションのしようがなかった。

 目の前で起きた衝撃の光景を、脳みそが理解しようとしない。


「日を跨ぐと、ではなく、朝5時になると復活するわけか」


 それだけは理解した。

 何故5時になった途端に生長が始まるのかは分からないが。


「地球の植物も同じ仕様だったら、食糧問題は一瞬で解決するのにな」


 地球では考えられない、まさしく超常現象。

 しかし、この世界ではきっとそれが普通なのだろう。

 ならば適応していくしかない。


「満足したし帰るか」


 そんなこんなで、異世界生活6日目の始まりである。

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