028 茅細工

 夕方。

 俺たちは乾燥させたススキの茎で掛け布団を作っていた。

 掛け布団といっても、やっていることはむしろ編みと同じだ。

 筵とは敷物のことなので、掛け布団として役に立つかは分からない。


「海斗君、すごいスピード! 手の動きが見えないんだけど!?」


 俺の作業速度にギョッとする明日花。


「筵編みは過去にもしたことがあるからね。茅筵は初めてだけど」


「茅筵って?」


「ススキ……つまり茅で作る筵のことさ」


「普通の筵は別の物を使うんだ?」


「藁だよ」


 俺は洞窟の壁に立てかけてあるイネを指した。


「イネとススキはどちらもイネ科だけど、イネは藁、ススキは茅と呼ぶんだ」


「へー! 藁ってさ、漢字で書かれても読めるけど、書けって言われてもパッとは出てこないよねー!」


「薔薇とかもそうだけど難しいよな」


 こうして茅の掛け布団が完成。

 直ちに試してみたのだが――。


「思ったよりチクチクするな」


 作業に際して穂や枝を取り除いたが、それでも不快感が残る。

 俺は耐えられるが女性陣には厳しそうだ。


「え! ダメな感じ!? もうすぐ完成するんだけど!」


 千夏が不満そうに俺を見る。

 進捗率は30%程であり、とても「もうすぐ」とは言えなかった。


「ダメじゃないさ。これは想定内だ。皆は作業を続けていてくれ。対処法を考えてくる」


 俺は洞窟の奥に移動した。


「掛け布団がダメなら敷き布団として使えばいい」


 ということで、作りたての筵を敷いた。

 代わりにこれまで敷いていた樹皮を掛け布団に回す。

 しかし――。


「これはこれでいかんな」


 大して動いていないのに樹皮がバラける。

 やはり樹皮は敷き布団として利用したほうがいい。


「ならば……!」


 毛皮を掛け布団として使うことにした。

 正確には毛皮の上に筵を載せる形だ。


「これなら良さそうだな」


 筵の幅を広めにとって体を覆うようにすれば安定する。

 毛皮のモフモフ感によって茅のチクチクが大幅に軽減されていた。


 幸いなことに毛皮には予備がある。

 俺のいない間に女性陣が鞣していた分だ。


「悪くない」


 俺は入口まで戻って皆に報告した。


「つまり毛皮と毛皮にサンドされるわけだ!」


「モフモフが気持ちよさそー!」


 千夏と明日花が声を弾ませる。

 他の女子も肯定的な反応をしめしたので決定だ。


「掛け布団、完成だぜ!」


 またしても睡眠の質が上がるのだった。


 ◇


 一足先に作業を終えた俺は、適当に雑務をこなしていた。


「できたー!」


「私も」


 明日花と吉乃が茅の掛け布団を作り終える。

 どちらもクオリティが高い。


「同着だったな、お疲れ様」


「これで残すは千夏だけだねー!」


 ムププ、と笑う明日花。


 千夏は「ムキィ!」と猿みたいな声を出して頑張る。

 しかし完成にはまだまだ時間を要しそうだ。

 集中力が続かないようで、しばしば作業を中断している。


「ん? 麻里奈はいつの間に終わっていたんだ?」


 ふと思った。


「海斗君が洞窟の奥へ行っている間だよー!」


 明日花が答える。


「そうだったのか」


 と、作業中の麻里奈を見る。

 たしかに掛け布団とは違う物を作っていた。

 真剣な顔で茅細工に明け暮れているが、何を作っているかは分からない。

 話しかけづらい雰囲気なのでそっとしておいた。


「海斗、質問があるんだけど」


 吉乃が後ろから指でつついてきた。


「どうした?」


「ススキで作れる物って他には何があるの? 敷物以外で」


「色々あるぜ。試しにいくつか作ってみようか」


「お願い」


 コクリと頷く吉乃。

 明日花も「わー! 楽しみ!」と目を輝かせている。


「まずは茅細工のど定番〈ほうき〉だ」


 俺は必要な量のススキを手に取った。

 今回は穂も使うため、除外するのは葉だけだ。


「葉を取り除いたら長さを整えて束ねる」


 茎の後端部分を、柄の付いた石包丁で切り落とす。

 それから樹皮を裂いて作った紐で何カ所かグルグルと束ねた。


「これで完成だ」


 わずか数分でススキの箒が誕生した。


「「お-」」


 お見事、と吉乃が拍手する。


「ススキの特徴的な穂で掃けば、洞窟内の衛生環境も保てるだろう!」


「さっそく掃除するー!」


 明日花は俺の手から箒を奪い、上機嫌で掃き始めた。

 小さな体を遺憾なく使ったダイナミックな動きを見せている。


「他にはどんなのがあるの?」と吉乃。


「これも定番だが〈お茶〉だな」


「お茶? ススキのお茶があるの?」


「ススキ茶と言うが……知らないのか?」


「うん」


 盗み聞きしていた千夏が「私も知らなーい!」と言った。


「これはススキの穂を使うんだ」


 幸いなことに穂と葉は大量に余っている。

 筵――掛け布団――を作る際に取り除かれたものだ。


「飲料に用いるので、まずは水で綺麗に洗う」


 水は土器に張ってあるものを使った。

 同時進行で、別の水入り土器を焚き火で熱する。

 お茶を作るのに熱湯が必要になるからだ。


「綺麗に洗った穂はクッカーにぶち込んで炒る」


「クッカーって?」


「これだ」


 俺はいつも使っている弁当箱を取り出した。

 見た目は折りたたみ式の取っ手が付いた蓋のある小鍋だ。


「学校では弁当箱として使っているけど、材質的に火で熱することができるから調理器具としても使用可能だ」


 そもそも、クッカーのカテゴリは調理器具である。

 なので「調理器具だが弁当箱としても使用可能」が正しい。

 が、あえて言わないでおいた。


「クッカーって便利なんだね」


「必需品とまではいかないが、あると捗るのはたしかだ」


 ススキの穂をクッカーに詰めていく。

 これでもかというほどぶち込んでパンパンにした。

 その状態で蓋を閉じ、焚き火で炒る。


「放置していると焦げるから、時折クッカーを振ってやるといい」


「振り方とかあるの?」


「んなもん適当でいいよ。それっぽい感じでOKだ」


 吉乃が小さく笑った。


「こんなもんでいいだろう」


 頃合いを見計らって炎から遠ざける。

 蓋を開けると、麦のような香りがふわっと襲ってきた。

 穂の色が白から茶色に変わっていい感じだ。


「あとはこれに熱湯を注いで――」


 通常であれば、クッカーから取り出した穂を急須に移すだろう。

 しかしここには急須がないので、熱湯のほうをクッカーにぶち込んだ。

 軽く混ぜたら少し寝かせる。


「味が濃くなり過ぎる前に穂を取り除いて――」


 箸で穂を摘まんで捨てた。


「完成だ!」


 透き通った黄金こがね色の芳醇なススキ茶が出来上がった。


「美味しそう!」


 珍しく声を弾ませる吉乃。


「さっそく飲んでみよう」


 千夏の水筒を借り、コップに熱々のススキ茶を注ぐ。

 少し冷ましてから二人で回し飲み。


「うん、完璧だ! 美味い!」


「麦茶や玄米茶に近い風味だね」


「気に入ってもらえたか?」


 吉乃は嬉しそうに頷いた。


「また穂が余ったら作りたい」


 大満足のようなのでなによりだ。


「箒とお茶を教えたし、あとは〈たわら〉も教えておくか」


「あー、米俵とか定番だよね」


「そうだな。俵と言えば米が定番だ。ただ、他にも肉屋魚など、食料各種の保存に活用されている」


「私たちの環境だとお米よりもアナグマのお肉を保存するのに使えそう?」


「うむ」


 さっそくススキの茎で俵を作った。

 俵に関しては、本体よりも両側の蓋となる桟俵さんだわらのほうが難しい。

 大きさを揃える必要があるなど、何かと面倒くさいのだ。

 当然、一朝一夕で習得できる技術ではないので――。


「こんなもんでいいだろう」


「なんか蓋の部分がずいぶんと雑なんだけど」


 吉乃の言う通り、俺の桟俵は極めて雑だった。

 もっと言えば本体も雑で、教科書に載っている米俵とは大違いだ。

 妙に細長い……喩えるなら藁納豆の藁を大きくしたような物。


「不格好でも使えるから問題ない。気に食わないなら自分で作る時にこだわってくれ」


「じゃあ私が作る時はこだわるね」


 俺は「はいよ」と苦笑いで答えた。


「定番の茅細工はこんなところだろう。今回は以上だ」


「了解。ありがと、海斗」


 吉乃は自作の掛け布団を持って洞窟の奥に向かった。

 一方、俺は――。


(そろそろ話しかけてみるか)


 いまだ黙々と頑張る麻里奈に近づいた。

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