027 米

「脱穀の次は籾摺もみすりを行う」


 案の定、五人は「なにそれ」と首を傾げた。


「籾米の殻――すなわち籾殻もみがらを取り除いて玄米にする作業だ」


「玄米なら分かる!」


 明日花がピョンッと跳ねた。

 可愛らしい動作によって胸が揺れている。


「玄米を精米したら完成だよね!」


「うむ。脱穀、籾摺り、精米を経て白米が完成する」


「おー! でも、精米って言葉だけで何をするのか分からないや!」


 明日花の言葉に、皆が「私も」と続いた。


「たまに電話ボックスみたいなノリで精米機を置いてあるとこあるよなぁ」


 千夏が言うと、明日花と七瀬は「あるある!」と同意した。


「私は見たことないかも」と吉乃。


「ていうか電話ボックスって何!?」


「えー、麻里奈さん電話ボックス知らないんすか?」


 プププ、と笑う千夏。

 俺たちも「冗談でしょ?」と驚いた。


「待って私が少数派な感じなの!?」


「普通は知っていますよー! 見かけることはないですけどー!」


「えぇぇぇ……」


 女性陣が得意とする話の脱線が始まりそうだ。

 俺は慌てて「ということで」と手を叩いた。


「精米……じゃないや、籾摺りをしていくとしよう」


 籾摺りを手動でする場合、すり鉢を使う方法が定番だ。

 すりこぎではなく、軟式野球のボールでグリグリしてやる。

 すると驚くほど簡単に籾殻が取れるのだ。


「そうは言っても都合良くすり鉢なんかないよなー!」


 両手を頭の後ろで組んで笑う千夏。

 そんな彼女に、俺はさらりと言い放った。


「あるよ」


「え?」


「サバイバルの必需品だからね」


 すり鉢及びすりこぎはサバイバル生活で重宝する。


「じゃあ軟式野球のボールも!?」


「いや、そっちは持っていない」


「ないんかーい!」


「だからすりこぎで頑張るとしよう」


 すり鉢は一つしかないので、交代しながら作業を進めた。


 待っている間にイネの茎を干しておく。

 脱穀の際に余ったもので、ススキと同じく乾燥させて活用する予定だ。


「よし、できたぞ!」


 代わる代わる取り組み、全ての籾摺りが終わった。

 フッと息を吹きかけ、邪魔な籾殻を飛ばしたら次の工程へ。


「いよいよ精米だ」


「まずは精米とは何か教えてくださーい!」


 麻里奈が手を挙げる。


「玄米のぬか層と胚芽はいがを取り除く作業を精米と呼ぶんだ」


「じゃあその糠層と胚芽ってのは何?」


「糠層ってのは、ざっくり言うと玄米の果皮――つまり外の皮と、その内側にある種皮、さらに内側の糊粉こふん層の総称だ」


「糠層の前に籾殻も除去したでしょ? お米ってそんなにたくさんの層で守られているんだ!?」


「そういうことだ。糠層のさらに内側を亜糊粉あこふん層といって、ここに旨味成分などが含まれている」


「へー、じゃあ胚芽ってのは?」


「胚芽ってのは、植えると芽になる部分のことで――つまりコレだ」


 俺は玄米を手に取って見せた。


「先の部分に白い塊が付着しているだろ? これが胚芽だ」


 皆が「おお」と感嘆する。


「で、これらをどうやって取り除くかというと……」


 ゴクリと唾を飲み込む女性陣。


「先ほどと同じくすり鉢でグリグリする!」


「「「「「なんだってー!」」」」」


 千夏が「一緒なの!?」と大きな声で言った。


「餅つきのように杵でつく方法もあるにはあるが、個人的にはすり鉢を使うほうが好きだ」


「じゃあもういっちょすり鉢で頑張るかぁ!」


 意気込む千夏。

 皆が「おー!」と追従する。


「ま、適当に頑張ってくれ。俺は他のことをするよ」


「ええええ!? 最後の最後で投げやりかよ!?」


 俺は「いやぁ」と後頭部を掻いた。


「手動の精米って膨大な時間がかかるんだよ。だからどこかで妥協しなくちゃいつまで経っても終わらない」


「じゃあ白米は食べられないってこと?」


「頑張れば食えるだろうけど、俺はそこまで頑張ろうと思わないな。別に玄米でもいいかなって。環境的に味の期待度も低いし」


「なるほどなぁ! じゃあ私もやーめた!」


「私も玄米でいいよー! 玄米の味、嫌いじゃないし!」


 明日花が続く。

 しかし、他の三人は違っていた。


「私はもうちょっと頑張ってみたいかも」


 吉乃が言うと、麻里奈と七瀬が同意した。

 こうして三人が精米作業を開始。


 その間、俺たち三人は別の作業に取りかかる。

 明日花はメシの準備を、俺と千夏は薪の調達を行うことにした。


 ◇


 千夏と二人で洞窟の周辺を徘徊していると。


「なー海斗、一ついいかー?」


「ん?」


 俺は石斧で木の枝を叩き折った。

 石の刃から木の柄に、木の柄から俺の手に振動が伝わる。

 微かにジーンと痺れる感覚がかえって心地よい。


「昨日さー、私がアナグマを仕留めまくったんよ。団子は皆で作ったんだけど、石斧で頭を潰したり石包丁で刺したりしたのは私なの」


「そうなのか」


 チラリと千夏の顔を見る。

 真剣な表情をしているが、殺生を悔やんでいる風には感じない。


「それで感じたんだけど、私って狩りの才能があると思うんだよね」


「ほう。そうなのか?」


「アナグマを殺しても明日花みたいに胸が痛くならなかったもん。むしろ他の動物も狩ってみたいと思った。こんなことを言うと、動物を殺して楽しんでいる奴みたいに聞こえそうなんだけどさ」


「いやいや、言いたいことは分かるよ。命を奪うという点において同じかもしれないが、狩猟は別物だと俺は思う」


「よかった。じゃあさ、今度他の狩りも教えてよ」


「オーケー、任せろ」


 これはありがたい提案だった。

 対岸の森が危険だと分かった以上、戦力の強化は急務だ。

 皆には戦闘能力を身につけてもらいたいと思っていた。

 意欲的なのは俺としても助かる。


「神妙な顔をしているから何事かと思ったぜ」


「言っていいか分からなくて不安だったんだよね」


「何かあったら遠慮なく言ってくれ」


「オッケー!」


 そう言うと、千夏は体を密着させてきた。

 そのままゆっくりと押してきて、俺の背中が木にあたる。


「じゃあ、七瀬から教わったセクシーなテクニックを海斗で試してもいい?」


「それは……!」


 視線が下に向く。

 俺の脚と脚の間に、千夏の右脚が挟み込まれていた。

 ミニスカートから伸びる黒タイツの脚が。


「目を瞑って楽にして?」


「お、おう……!」


 言われたとおりにする。

 しかし次の瞬間、千夏が「プッ」と吹き出した。


「なにマジになってんだー!」


「…………」


「馬鹿だなぁ海斗は!」


 千夏はキャハハと笑いながら離れていく。


「いたいけのない童貞を愚弄するとか悪魔か?」


 ムッとする俺。


「悪かったって! そう拗ねないでよ!」


 千夏は再び近づいてくると、俺の頬にチュッとキスした。


「ほら! お詫びにチューしたから! これでいいっしょ?」


「ま、まぁ、悪くはないな……」


「だろー? じゃあ帰ろうぜー!」


 俺たちは調達した薪を抱えて洞窟に戻った。


 ◇


 結局、吉乃たちは一食分の白米を拝む前に断念した。

 賢明な判断だ。

 そんなこんなで玄米の炊飯を開始する。


「ところで吉乃、君は本当に要領がいいな!」


「何のこと?」と吉乃。


「これだよ、この土鍋。吉乃が作ったんだろ?」


 俺は目の前の土鍋を指した。

 焚き火の炎によってガンガン炙られている。


 この土鍋は俺のいない間――つまり昨日作られた物だ。

 製法は他の土器と同じだが、形状が炊飯や鍋料理に特化されている。


「そうだけど、なんで私が作ったって分かったの?」


「誰よりも気が利くからね。こういう気配りは吉乃かなって」


 陸稲を知らない吉乃は、イネを見て「米かどうかは分からない」と判断した。

 だが、米の可能性があるため、炊飯に備えて事前に土鍋を作っておいたのだ。


「海斗君、そろそろいいんじゃないかな!?」


 明日花が急かしてくるので米の状態を確認。

 たしかにいい感じだった。


「ここから10分ほど蒸らしたら完成だな」


 決してのんびりとは待たない。

 燻煙なめし中のアースオーブンに薪と草を補充しておいた。

 こちらも順調に進行中だ。


 そして――。


「できたぞ! 異世界で食う初めての米だ!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 玄米が炊き上がった。

 どこか懐かしさすら覚える米の香りが鼻孔を駆け抜ける。

 胃袋が「早く食わせろ」と喚いていた。


 土鍋の米を即席の木べらですくい、皆の弁当箱に入れていく。

 空の弁当箱は容器としても利用できるのでありがたい。


「皆、箸は持ったな!?」


 女性陣が頷く。


「それでは!」


「「「「「「「いただきます!」」」」」」


 炊きたての玄米を豪快に頬張る。


「うん! 思った以上に不味いな!」


「だねー! 想像の3倍は不味いよー!」


「美味しくなーい!」


 玄米の味は、ただでさえ低い期待値をさらに下回っていた。

 陸稲だから、精米が甘いから、その他、理由は色々と考えられる。

 ただ、一番は日本の米が美味すぎるせいだろう。


「美味しくはないけど、今までで一番美味しく感じる!」


 明日花が意味不明なことを言う。

 しかし、俺たちにはその意味がよく分かった。


 収穫から全て自分たちで行ったことを指しているのだ。

 それによって味とは違う部分でプラス補正がかかっている。

 それが「美味しくないけど、美味しく感じる」に繋がっていた。


 要するに――。


「市販の米では絶対に味わえない感動の味ってやつだな!」


 異世界で食べる米は最高だった。

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