024 自主隔離

 念のため今日は一人で過ごす。

 その方針に変わりないため、俺は川にやってきた。


 時刻は15時過ぎ。

 初日に使ったアーチ型シェルターで一休み。

 両手を頭の後ろで組んでごろりと寝転ぶ。


(今の環境って俺の理想に近いよなぁ)


 昔から無人島でサバイバル生活を送るのが夢だった。

 誰かと一緒ではなく、一人でのんびり大自然を生き抜く。

 そのために全てを捧げてきた。

 しかし――。


(一人より皆と一緒のほうがいいな)


 脳裏に麻里奈たちの顔がよぎる。

 彼女らと過ごしている時間は人生で最も楽しかった。


(仲間って大事なんだな……)


 俺にとって、麻里奈たちが初めての友達だ。

 だから今まで気づかなかった。

 仲間がいることの楽しさや心強さが。


「もっと頑張らないとな」


 体を起こした。

 休憩を終えて川沿いを適当に歩く。


(そろそろ目を背けている問題に取り組まないとな)


 どうやって日本に帰るか。

 避けては通れぬ問題であり、おのずとタブーになっていた。

 口にすれば不安が込み上げてしまうからだ。


 とはいえ、いずれは直面することになる。

 なにせ島に転移してから72時間以上が経過しているのだ。

 もはや外部からの救助は望めない。

 日本に帰るなら自力でどうにかする必要がある。


(まず間違いなく長期戦になる)


 現状では何の手がかりも見いだせていない。

 故に、今日明日でどうにかなる可能性はまず間違いなくゼロだ。


「生活基盤をさらに整えて……お?」


 歩いていると橋を発見した。

 姿なき先住民が作ったであろう立派な石橋だ。


「この橋を渡れば対岸に行けるが……」


 悩ましいところだ。

 対岸の森には巨大ジャガーが潜んでいる。

 森の中で襲われたら苦しい。

 草原でのタイマンなら善戦できるのだが。


「疼く好奇心には勝てないし行ってみるか」


 対岸には遅かれ早かれ行くことになる。

 そう考えると、あながち自分勝手な選択とは言えない。

 ――などと自分に言い訳した。


「やべぇな」


 橋を渡ってすぐに背筋が凍り付く。

 これまでと打って変わって猛獣の足跡が多いのだ。

 しかも新しいものばかり。


「川を挟んで安全地帯と危険地帯が分かれているわけか」


 言うなれば川は境界線だ。

 しかし、必ずしも守られているわけではない。

 巨大ジャガーは俺たちを食うべく川を渡ろうとしてきた。

 逆に川を越えて危険地帯を目指す獣もいる。

 何かの拍子に猛獣の群れが川を渡ってきてもおかしくない。


(弓を作るか? いや、今はいいか。軽く様子を見る程度だし)


 警戒度を引き上げながら対岸の森に踏み入る。

 植生は相変わらずデタラメだが、心なしかこれまでより薄暗い。

 何となく視界が青っぽいようにも感じる。


「それにしてもすごい数の足跡だな。ワニ、サイ、ゾウ、それにこれは――うお!」


 数メートル先の樹上から矢が飛んできた。

 足跡に夢中だったので当たりそうになる。


 躱せたのは奇跡だった。

 凝りをほぐそうと首を回しただけだ。

 そうしていなければ、顔のど真ん中に刺さっていた。


「なんだ!?」


 矢の飛んできた方角を見る。

 弓矢を装備した大量の猿がいた。


「ウキッキ!」


「ウキキー♪」


 どいつもこいつも弓を構えてこちらを見ている。

 複数の木から俺を狙っていた。

 愉快気な表情をしているのは俺を舐めているからだろう。


「おいおい、ここの猿は弓矢を自作できるのかよ」


 と、感心している場合ではない。

 俺は慌てて適当な木に隠れた。

 矢の射線を切らなければやられてしまう。


「ウキッキィ!」


「ウキィ!」


 猿は素早く周囲に展開。

 木を包囲して逃げ場をなくそうとしてくる。


「まずいな……」


 ここまで戦略的な動きを見せる敵は想定していなかった。

 先ほど弓矢を作らなかったことを後悔する。


(射線を切れない奴の矢は目視で回避するとして……)


 脳内で撤退プランを組み立てる。

 その時だった。


「ガルルゥ……」


 獣の呻き声が聞こえる。


「「「ウキィイイイイイ!」」」


 猿どもは飛び跳ねると、血相を変えて逃げていく。


「なんだ?」


 声の主を確認する。

 そこにいたのは巨大ジャガーだった。

 奴の「人間は俺の獲物だ」と言いたげな声に猿はビビったのだ。


「前に川で遭遇した個体か?」


 ここのボスなのだろうか。

 少なくとも猿よりは格上と考えて間違いない。


「ガルルァ!」


 ジャガーは完全にる気だ。

 左右に動きながら距離を詰めてきている。


「こりゃ下手すると死ぬな」


 一気に脳内物質が溢れ出す。

 かつて北海道の山林でヒグマと戦った時以来の感覚だ。

 体が、本能が、全力で危険信号を発している。


「悪いがタダでやられる気はないぜ」


 後退しつつカバンから石斧を取り出す。

 リーチが短くて素手よりマシ程度の頼りない武器だ。

 せめて石槍や竹槍がほしかった。


「ガルルゥ……! ガルゥ……!」


 ジャガーは飛びかかってこない。

 必要以上に俺のことを警戒している。

 明らかに異常だ。


 前回と同じ個体でまず間違いない。

 川で追い払った件が効いているのだろう。

 故に反撃を恐れて攻めあぐねている。


(これなら追い払えるかもしれない)


 俺は両手を広げながら叫んだ。


「ウォオ! ウォオ!」


 咆哮は一番の威嚇だ。

 体格で劣る分、声の大きさでカバーする。


「ガルルァア!!!!」


 ジャガーが吠え返してきた。

 声量が俺とは段違いで、地面や木々が微かに揺れる。

 付近の木で休んでいた無数の鳥が逃げていった。


「どうしたァ! かかってこいやオラァ!」


 ビビらずに言い返す。

 威勢のいいセリフとは裏腹に後ろ歩きだ。

 もうすぐ石橋に着く。


(コイツを引き連れて橋を渡ってもいいのだろうか)


 ふと気になった。

 だが、今は他に配慮する余裕などない。


「来いよ! 来てみろ! この石斧で頭をかち割ってやる!」


 いよいよ石橋が見えてきた。

 蒸し暑さも相まって首筋にだらだらと汗が流れる。

 そして――。


(よし!)


 どうにか橋を渡ることに成功した。


 一方、ジャガーは。


「ガルルァ……!」


 橋の手前で唸っている。

 渡ってくるつもりはないようだ。

 真っ向勝負で勝ちきる自信がないのだろう。

 さすがは奇襲を是とするネコ科の動物だ。


(でも、真っ向勝負を嫌がるならどうして正面から出てきたんだ?)


 最初は勝てると踏んだのかもしれない。

 しかし、俺が怯まなかったことで自信を失った。

 都合のいい解釈だが、実際によくあることだ。

 猛獣と対峙したら絶対に背中を見せるな、という教えもそこから来ている。


「ふぅ、諦めてくれたか」


 ジャガーが森に引き返していく。

 俺はホッと胸をなで下ろした。


「こりゃ思ったより大変そうだな、海に行くのは」


 できれば近い内に海へ行きたいと思っていた。

 海水から塩を抽出するなど、海でしたいことが色々ある。

 いつか島を脱出する際にも利用することになるだろう。


「やれやれ、考えることが多いぜ」


 俺は適当に果物を調達してシェルターに戻った。

 体調の急変に備え、その後はのほほんと川で過ごす。

 貴重なソロ生活ということもあり、ムラムラの処理も済ませておいた。

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