025 報告

 5日目。

 体調に問題が見られないため、俺は自己隔離を終えて洞窟に戻った。

 丸1日ぶりに五人の仲間たちとの再開を果たしたのだが――。


「おいおい、なんだこりゃ」


 洞窟は一日で様変わりしていた。

 入口の周囲に大量のススキが束ねてあったのだ。

 丁寧に樹皮の紐で縛ってある。


 ススキはイネ科の植物だ。

 長さは約2メートルで、俺たちの背丈よりも高い。


「おかえりー、海斗君! すごいでしょこれ!」


「このススキは明日花が?」


「紐は私が作ったよー! 収穫してきたのは千夏と麻里奈!」


 千夏が「いえーい!」と両手でVサイン。

 麻里奈も「どうよ!」とドヤ顔で胸を張った。


「で、束ねようって提案したのは吉乃!」


「分からないから葉や穂をそのままにしておいたけど……不要だった?」


 吉乃が尋ねてくる。


「そんなことない。何でも有効活用してこそサバイバルというものさ。ひとまず夕方まで乾燥させておこう」


 ススキの葉はふちの部分が硬くてギザギザしている。

 下手に触れると手が切れることもあるので注意したい。

 あまり使われない部位だが、俺は良い利用法を知っていた。


 一方、穂は綺麗な銀色で、手触りはふわふわで柔らかい。

 こちらも殆ど使われない部位だが、それでも使い道はある。


「パッと見ただけでススキだってよく分かりますねー先輩」


 と、石包丁を研ぐ七瀬。

 昨日はなかった物だから、彼女が作ったのかもしれない。


「ススキは有名だからね。茎の撥水はつすい性が優れているから、江戸時代くらいまで屋根材として重宝されていたんだ」


 いわゆる「茅葺かやぶき屋根」の茅とはススキのことだ。


 皆が「へぇ」と感心する。


「他にも茎の硬さを活かして色々な物に加工できる。長くて硬いってのはそれだけで便利だからね」


「太さも大事ですよー!」


 七瀬が意味不明なことを言う。

 何故か千夏と麻里奈が吹き出した。

 吉乃も意味を理解しているようだ。


「太さ?」


「はい! 長くて硬くて太い! この三つが揃ってこそですよ!」


「ススキの茎は太くても大差ないと思うけどなぁ。茎の中……つまりずいが白いスポンジ状だから、麦のように――」


「かぁ!」


 千夏が謎の唸り声で遮ってきた。


「海斗さぁ! そういうことじゃないだろぉ!」


「え?」


「気にしないでください先輩! 話を遮ってすみませんでした!」


 なぜか七瀬が謝ってくる。

 さっぱり分からないまま話が終わった。


「ねね、海斗君! これだけススキがあれば掛け布団を作れるかな!?」


 目をキラキラさせる明日花。


「もちろん!」


「やったー! 楽しみー!」


 俺は「それよりも……」と、周囲に目を向ける。

 先日こしらえた燻煙なめし用のアースオーブンが稼働していた。


「これは燻煙なめしをしているのか?」


 明日花は嬉しそうに「うん!」と頷いた。


「吉乃が泥団子のことを教えてくれて、皆で挑戦してみたの!」


「私も頑張りましたー!」と、七瀬が両手を上げる。


「吉乃が『海斗がいない時くらい頑張ろう』って言ってさ、それもそうだと思って私ら本気出しちゃったんだよね」


 麻里奈の言葉に、千夏が「そーそー!」と声を弾ませる。


「なるほど、吉乃が主導したわけか」


「いつも海斗に頼ってばかりだからね」


 吉乃は恥ずかしそうに笑った。


「いやぁ驚いたよ。マジですごいな」


 ススキだけではない。

 洞窟に入ってすぐの所には土器が並んでいる。

 中には昨日調理したであろうアナグマの肉が入っていた。

 しっかり火を通した状態でぶつ切りにしてある。

 非の打ち所がない。


(やっぱり俺がいなくても何ら問題ないな)


 安心すると同時に幾ばくかの寂しさも覚える。

 無自覚ながらに「頼られたい」という気持ちがあるのだろう。


「でも私らができるのって海斗が教えてくれたことだけなんだよね」


 吉乃が真剣な表情で呟いた。


「というと?」


「新しいことをしたいと思っても、安全かどうか判断ができないから手を出せない。だから昨日、皆で作業をしていて改めて思ったよ。私らには海斗がいないとダメなんだって」


 そして吉乃は、俺の考えを読んだかのように言う。


「これからも頼りにしているね」


「お、おう。頑張るよ……!」


「なーに照れてんだよ海斗ー!」


 ニヤけていると千夏が肩を組んできた。


「そりゃ照れるだろ! 嬉しいんだから!」


「素直かよ!」


 キャハハ、と笑う千夏。

 それから彼女は本題を切り出した。


「で、兵藤たちはどうだった?」


「ものの見事に深刻だった」


「マジ!?」


「ありゃたぶん食中毒だ。水に当たったな」


 俺は集落に着いてからの話をした。


「たしかに症状的にカンピロっぽいなー。アレかなりエグいんだよねー」


「なったことあるのか?」


 千夏は「おう!」と何故かドヤ顔。


「ほら私って鳥刺しが大好きじゃん?」


「初耳だが」


「まぁ大好物なわけよ」


「それでカンピロを引いたのか」


「大正解!」


 日常生活におけるカンピロバクターの感染経路は鶏肉が多い。

 千夏が大好きだという鳥刺しは特に危険だ。

 その日の朝に締めた新鮮な鶏でも安全とは言えない。


「俺たちの利用している川は問題ないと思うけど、運悪くカンピロに当たる可能性がゼロとは言い切れない。今後はウチでも煮沸消毒を徹底するようにして、緊急時のみそのまま飲もう」


「「「「「了解!」」」」」


 俺が話し終えると、麻里奈が手を挙げた。


「実は昨日、お米らしきものを見かけたんだよねー」


「本当か!?」


「時間が遅かったし、ススキの収穫でヘトヘトだったから無視したけど、アレってたぶんお米だよね?」


 麻里奈は吉乃を見た。


「私はそう思ったけど、海斗と違って植物の知識がないから何とも。イネ科の植物って似ているし」


「案内してくれないか? 見てみたい」


 麻里奈は「もちろん!」と頷いた。


「じゃあ米だった場合に備えて皆で行こう」


 米――つまりイネなら全力で収穫したい。

 そんなわけで、麻里奈の言う「米らしきもの」を確認しに行った。

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