022 酢の話

 温泉を終え、食事の時間がやってきた。

 早めの夕飯になる予定が遅めの晩ご飯である。

 暗がりの中、洞窟の前で焚き火を囲んだ。


「うわー! めっちゃ豪華じゃないですかー!」


 七瀬は俺たちのメシに驚いていた。


「これまでは俺たちだって果物と肉だけだったよ」


 今回はさらに二品増えている。

 俺の調達したシイタケとウドだ。

 シイタケは柄を切り落とし、傘に切れ込みを入れて串焼きに。

 ウドは皮を剥いて細く切った茎を生で食べる。


「お肉があるだけで全然違いますよ! というかこの肉すごい! 甘くて美味しい! 何のお肉なんですか?」


「あー、それは人間の腕だよ-」


 こんな嘘を言うのはもちろん千夏だ。


「え?」


 顔を真っ青にする七瀬。

 笑顔が吹き飛んだ。


「安心してくれ、人のわけがない。本当はアナグマだよ」


「よかったー。人間の腕がこんなに美味しいなら、千夏先輩の腕を食べているところでしたよー!」


 千夏が「やめろー!」と叫ぶ。

 それから二人は愉快気に笑った。

 早くも意気投合している。


「ウドって美味しいんだね、知らなかったよ」


 吉乃が頬を緩めた。


「シャキシャキした食感がいいよな。今回は茎しか食べていないけど、調味料があれば他の部位も美味しく食べられるよ」


「へぇ」


 自らの口から出た「調味料」というワードでふと思う。

 ウドの酢漬けが食いたいな、と。


 そのためには酢を作る必要があった。

 通常のサバイバル環境だと難しいが、この島だとできるかもしれない。


「なぁ、誰か米を見かけなかったか?」


 皆に尋ねる。


「米って……あの米? 日本人の主食の」と麻里奈。


「そうだ。イネともいう」


 小学生でも知っていることだが、米は植物のイネからできている。

 狂った植生のこの島なら、イネが自生していても無理はなかった。


「うーん、見ていないなぁ」


 麻里奈の言葉に他の四人が続く。

 誰もイネを見ていなかった。


「なんだ海斗、米が恋しくなってきたのか?」


 千夏はシイタケを口に含んだ。

 口の中でハフハフして熱そうにしている。


「それもあるけど酢を作りたくてな」


「お米からお酢が作れるの!?」


 反応したのは明日花だ。


「米酢なら作れるよ。ウチの環境だと米以外は揃っている」


「そうなんだ! どうやって作るの?」


「ざっくり説明すると、米をアレコレしてお酒を造り、そのお酒に種酢を混ぜる。するとお酒のアルコールに種酢の酢酸さくさん菌が反応して酢になるわけだ」


「ダメだー! 半分も分からないぃー!」


 明日花はバタンッと後ろに倒れた。


「お酢の作り方なんかよく知ってるなぁ! ていうか、なんでお酢を作るのにお酢を混ぜるの!? その種酢とかいうのはどこから出てきたの!?」


 千夏が尋ねてくる。


「それ、私も気になった」と吉乃。


「種酢ってのは言い換えると酢酸菌の培養液であって、皆の連想しているお酢とは全く違うよ」


「なんだか難しそうだけど、ここの環境で作れるの?」


「培養液とか聞くと実験室を連想しちゃうよなー!」と千夏。


 俺は「いやいや」と笑った。


「種酢の作り方は簡単だよ。酢酸菌を含んだ物……ウチだとリンゴの皮を水に浸けて寝かせるだけでいい」


「へぇ、それでできちゃうんだ。本当に簡単だね」


「余談だが、米酢があれば、そこからリンゴ酢などの果実酢に幅を広げられる。砂糖がないと微妙かもしれないけど」


 皆が「おお!」と感嘆する。


「ま、なんだかんだ言っても米がないと始まらん。机上の空論で終わらせないためにもイネを見つけないとな!」


 ◇


 夜が明けて4日目が始まった。

 今日もまたいい天気で、蒸し暑いのも変わらない。

 そんな中、六人で朝食を楽しんだ。


「感動しました! まさか動物の毛皮で眠れるなんて!」


 七瀬はアナグマ肉の串焼きをガンガン食べていく。

 どう見ても30キロ台のガリガリボディに反する旺盛な食欲だ。


「俺も初めてアナグマの毛皮で寝たけど、思った以上によかったな」


「下に樹皮を敷くのもそうですけど、発想がすごいですよねー! 海斗先輩!」


「フフフ、適応力には自信があるぜ」


「ていうか七瀬、あんたよく食べるねー! 昨日も食いまくってたし!」


 千夏が驚いたように七瀬を見る。


「私、めっちゃ食べるんですよー! これでもセーブしているくらいです!」


「その割に細いよねー! どうなってんだアンタの体!」


「まぁビッチはエネルギーの消費量が多いんで!」


 その後も千夏と七瀬を中心に会話が進んだ。

 他の三人も気兼ねなく発言している。

 いい雰囲気だ。


「「「「ごちそうさまでした!」」」」


 楽しい食事の時間が終わった。

 一服して胃袋を落ち着かせつつ次に進む。


「午前の分担を決めていくとしよう」


 活動内容については事前に考えていた。


「川での水汲みが一人。果物や薪の調達が一人。残り二人はイネ科の植物を探し、可能なら調達も頼む」


「二人じゃなくて三人じゃない? 七瀬が入ったから」と麻里奈。


「いや、今回は二人だ。七瀬には土器や石器の製作法などを学んでもらう」


 七瀬に色々と教えるのが俺の任務だ。


「水汲みは私がやろう! 力仕事は私に任せな!」


 おそらく最も大変であろう水汲みを千夏が引き受ける。


「果物とかの調達は私がするね」と明日花。


「なら私と麻里奈がイネ科を探す係かな?」


 吉乃の言葉に、麻里奈が「だね!」と頷いた。


「ところで、探すのはイネ科の植物全般でいいの? イネだけじゃなくて」


 吉乃が尋ねてきた。


「ああ、全般だ。もちろんイネも含まれているが、それ以外にもイネ科の植物であればそれでいい」


「了解。イネ科の植物は何に使うの?」


「茎を乾燥させて掛け布団にでもしようかと思ってな」


「イネ科の茎で布団が作れるんだ?」


「編めばそれっぽくなるはず。遥か昔には、藁を編んだ〈むしろ〉と呼ばれる敷物が存在していたからな。敷けるなら掛けられるだろう!」


「さすがね」


 仮に筵が掛け布団として微妙でも問題ない。

 その時は筵を敷き布団にして、アナグマの毛皮を掛け布団にする。


「はーい、質問!」


 今度は麻里奈が手を挙げた。


「イネ科の植物がどれか分かりませーん!」


 俺は「ふっ」と笑った。


「イネっぽいのであればそれでいいよ。必ずしもイネ科でなければならないというわけでもないし、必要なら俺が選別すればいいだけのことだ」


「了解!」


「これで全員の活動内容が決まったな」


 俺は水で喉を潤してから立ち上がった。


「では今日も――」


「冴島ァ!」


 野太い声に遮られる。

 声の主は、ワンパンで沈んだ暴君こと兵藤倫也だった。

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