021 温泉

 洞窟に戻ってきた。


「うわー、すごい! 地面から煙が出てるー!」


 地中の燻製器に感動する七瀬。

 さすがにここでは体を密着させてこなかった。


「お? 海斗、女連れじゃん! やるぅ!」


 千夏は夕食の準備を中断して立ち上がった。

 他の三人も腰を上げる。


「二年の藤井さんだっけ?」


 麻里奈が尋ねた。

 七瀬は「はい!」と元気よく答え、深々と頭を下げる。


「藤井七瀬と言います。よろしければ私も仲間に入れてください!」


 女性陣は何も答えずに俺を見る。


「な、七瀬とは探索中にばったり会ったんだ」


「七瀬ェ? もう名前で呼ぶ仲な感じっすかー?」


 千夏が「手が早いねぇ」と肘で小突いてくる。


「私が名前で呼んでほしいってお願いしたんです! 皆さんのことを名前で呼んでいると聞いたんで! よかったら皆さんも七瀬って呼んでください!」


 七瀬がフォローする。

 これは真実だ。


「ずっと一人で大変だったみたいだし、仲間に入れてあげてもいいかなって俺は思うんだけど……どうかな?」


 約束通りプッシュする。

 これでイイコトのお礼は果たした。

 あとは女性陣が判断することだ。


「私は海斗に従うよ。彼が私たちのリーダーだから」


 真っ先に吉乃が言った。

 それに対して「私もー!」と明日花が続く。

 表情を見る限り、どちらも嫌がっているようには見えない。

 喜んでいるわけでもないが。


「私は……微妙かも」


 難色を示したのは麻里奈だ。

 これまでニコニコしていた七瀬の顔が曇る。


「どうしてでしょうか……?」


 今にも泣きそうな顔で尋ねる七瀬。


「藤井さんって、その、たくさんの男子と仲がいいって有名じゃん? ただの噂かもしれないけど……」


 遠回しに売春の件を指している。


「どんな噂かは分かります。そしてその噂は合っています。学校の男子やおっさんに体を売ってお金を稼いでいますので、私」


 七瀬はあっさり認めた。

 千夏が「マジで!?」と驚いている。


「楽にお金が稼げるし、別に嫌じゃないんでいいかなぁって。私、ビッチだし」


 あまりにも堂々としている七瀬。

 それにたじろぎつつも、麻里奈は申し訳なさそうに言った。


「だからね、藤井さんを仲間に入れたらたくさんの男子が寄ってきそうで不安なの。別に藤井さんのことが嫌いってわけじゃないんだけど、藤井さんの男友達が来た時に断りづらいというか……」


「あ、そういうことなら気にしないでください! 友達なんていないので! 男子とはビジネスの付き合いだけです! だからもし男子が来たら断ってくれてもいい……というか私から『失せろ!』って断ります!」


「ま、まぁ、それでいいなら私も問題ないかな」


 こうして残すは千夏だけに。


「私も別にかまわないけどさー」


 そう言うと、千夏は七瀬の両肩に手を置いた。


「体を売っている件、詳しく聞かせてよ! 知らない世界のことだから興味あるんだよねー! それに私も下着を売るビジネスをしているからさー! ビジネスの情報を交換したい、みたいな!? それが条件!」


 この発言には、流石の七瀬も面食らっている。

 しかし、すぐに「もちろんです!」と快諾していた。


「誰からも反対票が出なかったので、今後は七瀬も一緒に行動するってことでいいかな?」


「イエッサー! よろしく七瀬! 私のこと、千夏って呼び捨てにしてくれていいよ!」


「そんなことできませんよ千夏先輩!」


「お! 可愛い後輩を演じてポイントアップ狙いか? 賢い!」


 七瀬の加入が正式に決まった。


 ◇


「海斗と七瀬って森のどこら辺で会ったの?」


「温泉だよ。言い忘れていたんだけど――」


「言い忘れていたじゃねぇ! 温泉があるなら先に言えーッ!」


 ということで、俺たちは温泉にやってきた。

 夕飯を先に済ましたかったのだが、女性陣がそれを許さなかった。


「「「「うおおおおおおおお!」」」」


 温泉を見るなり飛び跳ねて喜ぶ美少女四人組。

 千夏に至っては周囲を確認することなく服を脱ぎ始めた。


「ちょっと千夏、海斗君が見ているよ」


「知るかぁ! んなもん! 見たけりゃ好きなだけ見ろ!」


 千夏は何の躊躇もなく温泉に飛び込んだ。

 ここが毒性の強い場所なら今の愚行で死んでいる。

 やれやれ、無知は怖い。


「千夏を見て分かる通りここの温泉は問題ない。水質の検査も済ませてあるから遠慮なく入れるぞ」


「じゃあ私も入るかー」


 今度は麻里奈が脱ぎ始めた。

 千夏と違って脱いだ服を丁寧に畳んでいる。


「え、麻里奈まで!? 海斗君がいるの分かってる!?」


 まともな意見を述べる明日花。

 俺も「目のやり場に困る」と困惑していた。


「そりゃ恥ずかしいけど海斗なら別にいいかなって」


「私も同感」と、吉乃まで裸になる。


「それもそっかぁ」


 最終的に明日花も続いた。

 これで残すは俺と七瀬だけになる。


「ぷはー! このお湯めっちゃ気持ちいい! 七瀬も来いよー!」


 千夏が手招きする。

 裸体をさらけ出しているのに何ら気にしていない。


「私もそうしたいんですけど、タオルを持っていないんですよー!」


「それなら気にしなくていいよー! 海斗のサバイバルタオルを皆でシェアすりゃいいから! 焚き火だってあるし!」


「サバイバルタオルって何ですかー?」


 と、俺を見る七瀬。


「特殊繊維で作られた超速乾タオルのことだよ。サイズはフェイスタオルと同じくらいなんだけど、吸水力と速乾性が高いんだ。だからタオルがビチャビチャになっても、ブンブン振ればすぐに乾いて再利用可能になる」


 千夏に代わって補足しておく。

 ちなみに、サバイバルタオルというのは彼女が勝手につけた名称だ。


「すご! そんなタオルがあるんですね!」


「その代わり高いけどね。1枚で数千円もしたよ」


「高ッ!」


 タオルの心配がなくなったことで七瀬も温泉に浸かる。


「何気に海斗のサバイバルグッズって高級品ばかりだよなー!」


 千夏は手ですくったお湯で顔を洗う。

 当然のように特徴的な赤い髪も湯船に浸けている。

 マナー教師が見たら発狂しそうだ。


「小遣いやお年玉を全て突っ込んでいるからな。もっと言えば夏休みと冬休みにバイトをして稼いだお金もサバイバル関連に投資している」


「熱意が凄すぎるだろ!」


「海斗君のおかげで私たちも快適でーす!」


 明日花が両手を上げる。

 俺の目は些かの戸惑いもなく彼女の胸部を睨んだ。


「それよか海斗も早く入れよー」


 千夏が「ここ空いてるぜぇ?」と、自身の隣を叩く。


「私らはかまわないけど七瀬は抵抗あるんじゃないの?」


 吉乃が言うと、七瀬は「大丈夫ですよー!」と軽い調子で答えた。


「私ビッチなんで男の裸は見飽きていますから! それに先輩の裸も既に拝んでいますから!」


 女性陣の耳がピクピクと動く。


「ビッチなのはともかく、海斗の裸も拝んでいるというのは気になるわね」


「いやぁ、実は先輩とここで会った時にですねー!」


「待ったァ! そこまでだァ! それ以上は言うなーッ!」


 俺は一瞬で全裸になると温泉に飛び込んだ。

 そして、裏取引の件を話そうとする七瀬の口を塞ぐ。


「海斗君、怪しい……!」


「隠し事はよくないなぁ?」と目を細める麻里奈。


「なんだなんだー? 海斗、アンタ何をしたって言うんだ!?」


「じっくり聞かせてもらわないとね」


「ぐっ……! 実はだな……!」


 結局、俺と七瀬の裏取引は四人に知られてしまった。

 七瀬がビッチを自称しているおかげで、軽く呆れられる程度で済んだ。

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