019 燻煙

 洞窟に戻ると、三人がお腹を空かせて待機していた。

 時間も昼過ぎということで、まずは皆で食事を楽しむ。

 食べるのはアナグマ肉の串焼きと千夏が採ってきた果物だ。


「そのお肉、私がカットしたんだよー! 串も私が作ったの!」


 明日花が、ふふん、とドヤ顔で言う。


「そんなの一目で分かるよー! こっちの串と肉は海斗でしょ?」


 千夏は焚き火の傍に立ててある串を取った。


「なんで分かるの!?」


「だって明日花のは丁寧だけど、海斗のは雑だもん!」


 麻里奈が「それ分かる!」って続く。


「海斗って器用なのに雑だよねー!」


 俺は「うるせー」と笑った。


「クオリティよりスピードなんだよ!」


「そのわりに明日花のほうがたくさん串打ちしていない?」と吉乃。


「ぐっ、それは……」


「海斗君は他のこともしていたんだよー! 石包丁を研ぐとか!」


 明日花がフォローする。

 吉乃たち三人は納得していたが、実際は少し違う。


 たしかに明日花の言う通り俺は他の作業もしていた。

 しかし、それを抜きにしても結果は大差なかったと思う。


 明日花の作業効率がそれだけ凄まじかったのだ。

 最初はゆっくりだったが、最後のほうは爆速だった。

 もちろんクオリティは落ちていない。


(天は二物を与えずなんてのは大嘘だな)


 可愛い顔、大きな胸、手先の器用さ。

 明日花だけでなく、他の三人も総じてレベルが高い。


「次は私の技術をお披露目する番かな!」


 話が落ち着くのを見計らって、麻里奈は何やら取り出した。

 それは――。


「でん! 柄の付いた石包丁!」


 俺たちは「おお!」と歓声を上げた。


「自分で考えたのか」


「そう! 刃の両端を波型にして、そこを紐で縛って固定した! 海斗に教わった技術で私なりに頑張ってみました!」


「大したもんだ」


「でもねー、実は未完成なんだよね」


「ほぉ?」


 一見すると完成しているように感じた。


「刃が不安定なのよ」


 麻里奈は近くにあったリンゴをお手製の包丁で切った。

 しかし、その際に持っていたのは刃の背に近い部分だ。

 一般的な包丁のように柄の後端を持つと刃がグラグラするという。

 これでは柄を付けた意味がなかった。


「こんな感じでバランスが悪いんだよねー、強く縛っているのに」


「ふむ」


 俺は少し考えた。


「柄に窪みを設けて、そこに刃を固定したらどうだ?」


「あー、石斧みたいな感じ?」


「そうだけど、石斧と違って穴を空けるほどじゃないよ。石包丁の背中が少し収まる程度の窪みで十分だと思う。1cmにも満たない程度の溝だ」


「分かった! 食べ終わったらやってみる!」


「もしそれでも厳しいなら松脂まつやにを使おう」


「松脂? なにそれ」


「松の木から採れる樹脂だよ。粘着性が高いから天然の接着剤として使える」


「天然の接着剤!? そんなのがあるんだ! 相変わらず物知りだねぇ」


「松脂に関しては定番だからね。松という木自体がかなり優秀なんだ。松ぼっくりや松葉にも使い道があるし、たいまつって言葉も漢字にすると『松明』なわけで、これも松の木に由来している」


 皆が「へぇ!」と口を揃えた。


「松の木も近くに生えているから、いずれ松脂も使ってみたいな」


 そんなこんなで、今日の昼ご飯も楽しく過ごすのだった。


 ◇


 さすがに12匹分のアナグマ肉を食い切ることはできない。

 もっと言えば1人1匹ですら難しかった。

 良質な脂身が特徴の肉なので、少量でちょうどいい。


 ということで、余った肉は蓄えることにした。

 遠火でじっくり時間をかけて焼いていく。

 これにより表面を焦がすことなく中まで火を入れられる。

 また、水分を可能な限り減らしたいという狙いもあった。


 食べ物が腐る最大の要因は水だ。

 だから、乾燥している食べ物は腐りにくい。

 干物や乾物の賞味期限が長いのもそういう理由からだ。


「肉が焼けるのを待つ間に毛皮を鞣すか」


「やっとだー!」


 両手を上げて喜ぶ明日花。

 午後も彼女がアシスタントだ。

 他の三人は周囲の探索に出かけている。


「午前にも話したが、皮を鞣す方法には色々あるんだ」


「タンニンなめしだよね!」


「うむ。だが、今回は別の方法を使うよ」


「なんだろー?」


「ヒントはアレだ」


 俺はすぐ傍の狼煙を指した。

 その近くには二つの土器が置いてある。

 片方には薪が、もう一方には煙を出すための葉が入っていた。

 吉乃の丁寧な仕事ぶりが窺える。


「狼煙がヒントってことは……あ! 分かった! 煙を使うんだ!」


「正解!」


「やったー!」


 子供のように飛び跳ねる明日花。

 小さな体を目一杯弾ませ、大きな胸をこれでもかと揺らす。


「おっほっほ、ありがとうございます」


「え、何が!?」


「失敬、何でもない。で、煙をどう使うかっていうと、鞣したい皮にひたすらぶち当てていぶすんだ」


「そうなんだ!?」


「要するに燻製だ。煙には殺菌・防腐効果があるから、それをひたすら当てることで腐敗に繋がる菌を軽減させる」


「燻製ってことは食べ物にも使えるの?」


「もちろん」


「おぉ!」


「問題はこの〈燻煙くんえんなめし〉と呼ばれる方法をどこで行うかだ」


「というと?」


「俺たちは燻製器を持っていない。かといって、12枚の毛皮を一斉に鞣せるだけの燻製器を準備するのは大変だ」


 簡単な燻製器なら木材を組んで作ることができる。

 煙を覆うためのシートを作り、物干し台に被せたら完成だ。

 ……が、それですら量産するとなったら骨が折れる。


「じゃあ……どうしよ!?」


 明日花はニコニコしていた。

 困っているというより嬉しそうだ。

 俺がどんな手を使うか気になるのだろう。


「力仕事になるが穴を掘るとしよう」


「穴の中で煙を焚くってこと?」


 俺は「そういうこと」と頷いた。


「具体的に説明するとだな――」


 右の人差し指を立たせて話す。

 ①深めの穴を掘り、穴の中に焚き火をこしらえる。

 ②針葉樹……主に松葉を燃やして燻煙を出す。

 ③穴の上に枝を寝かせ、そこから毛皮を吊す。

 ④穴をバナナの葉などで覆って蓋をする。

 ⑤バナナの葉が飛ばないよう土を被せる。


「――これで完成だ」


「なるほど! 穴を燻製器の代わりにするなんて画期的! 海斗君にしか閃かないよ!」


「まぁな……とドヤりたいが、実は似たアイデアが世界中にあるんだ」


「そうなの!?」


「アースオーブンといって、穴の中で行う蒸し焼きなどの調理法が昔から存在しているんだ。日本だとあまり使われていないけどね」


「えー! 知らなかった!」


「いつか俺たちも挑戦してみるか。ハワイの〈ラウラウ〉って料理なら、既にある材料で作れる」


「ラウラウ……? 聞いたことない料理! どんなの?」


「肉や魚を葉で包んで、それを地中で蒸し焼きにするんだ」


「へぇ」


「包むのに使うのは主にタロイモの葉なんだけど、そこはバナナの葉で代用していいと思う。本家のラウラウでも、タロイモの葉の上からバナナの葉で包むからね」


「なんか食べたくなってきた!」


 俺は「ははは」と笑った。


「いずれ機会があれば食べるとして、今は毛皮を鞣していこう」


「うん!」


 俺たちは協力して穴を掘った。

 途中で千夏たちが帰ってきたので手伝ってもらう。

 そして――。


「できたぞ!」


 アースオーブンを参考にした地中の燻製器が完成。

 さっそく燻煙なめしを開始した。

 数時間後には上質な毛皮が完成しているだろう。

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