018 毛皮

「見ろよ明日花、大当たりだぞ!」


「わー! すごい! アナグマがたくさん!」


 最初の罠を確認した俺は声を弾ませた。

 3頭のアナグマが宙吊りになっていたのだ。

 設置した3つの罠の全てに獲物がかかっていた。


「でもなんだろう……元気がない?」


「諦めたのだろう」


 罠にかかった当初はもがいていたはずだ。

 しかし、どうやっても逃れられないと悟って観念した。


「こいつらは家族みたいだな」


 オスとメスの成獣、そしてオスの幼獣の組み合わせだ。


 幼獣は逃がすことにした。

 抵抗しても大丈夫なよう首根っこを掴みながら紐を切る。

 絡まっている罠も外して地面に下ろした。


「カゥ!」


 幼獣は可愛らしく鳴くと、逃げずにじゃれてきた。

 俺の足首に抱きついてきたり、体をすりすりしたりしている。

 どうやら俺のことを「助けてくれたいい人」と思ったようだ。

 実際はその逆である。


「「グゥ! グゥ!」」


 親のアナグマは威嚇じみた鳴き声を発している。

 俺に向かってなのか、それとも子供に向かってなのか。

 どちらかは分からないが、再び罠から抜けようともがき始めた。


「なんか……」


 明日花の顔が曇る。


「可哀想になってきたか?」


「うん……。自分勝手だとは分かっているんだけどね」


「気持ちは分かるよ。だが――」


 俺はアナグマの成獣を2頭とも仕留めた。


「――弱肉強食だ。受け入れていくしかない」


「キュウ!?」


 幼獣のアナグマはびっくりして飛び跳ねた。

 状況を理解して巣穴に逃げていく。


「辛いなら吉乃と交代するか?」


 血抜きをしながら尋ねる。

 明日花は数秒ほど間を置いてから首を振った。


「ううん! 私だって頑張れるんだから!」


「無理しなくていいぞ」


「大丈夫! でも、イヌやネコを殺したら怒るからね! 自己中な女だから!」


「ははは、覚えておこう」


 血抜きが済んだアナグマを土器に入れ、俺たちは次のポイントに向かった。


 ◇


 全ての罠を確認し終えた。

 目標は3頭、理想は5頭だったが――。


「マジかこれ」


「海斗君すごいよ! トラップ職人になれるよ!」


「いやいや……と言いたいが本当になれちゃうぞ!」


 ――結果はなんと15頭。

 仕掛けた罠の全てにアナグマがかかっていたのだ。

 逃がした幼獣が3頭いたので、それを差し引くと12頭

 俺たちの土器は血生臭いアナグマでいっぱいになっていた。


「こりゃ後が大変だなぁ」


「私も頑張るから大丈夫だよ!」


 アナグマを解体するべく川にやってきた。

 相変わらず流れが速いので注意が必要だ。


 川の傍に腰を下ろして作業を始める。

 最初は俺が解説しながら手本を見せ、2頭目以降を二人で行った。


「どうかな? 海斗君」


「いい感じだ」


「吉乃にも負けていないかな!?」


「うーん、どっこいどっこいかな」


「そこは嘘でも『明日花のほうが上手だよ』って言わないと!」


「わりぃな、正直者なんだ」


 明日花は「ぶー」と頬を膨らませた。


「ふぅ……これでラストだ」


 解体作業は結構な時間を要した。

 二人がかりとはいえ、さすがに12頭は骨が折れる。

 

 しかも道具は石包丁のみ。

 切れ味が落ちるため、途中で何度も研ぎ直した。


「次は剥いだ皮を鞣すんだよね?」


「その前に皮の状態をもう少し綺麗にしないとな」


 剥いだ皮には脂肪がべっとり付着している。

 それを石包丁でこそげ落とす必要があった。


「誤って皮を切らないように気をつけるんだぞー」


「はーい!」


 この作業は突き詰めると終わりが見えない。

 適当なところで「このくらいでいいか」と切り上げた。


 そういう妥協がサバイバルでは大事だ。

 時間をかけて最高点を狙うのは芸術家の仕事である。


「今度こそ鞣すんだよね!?」


「ところがどっこい! 今度は洗濯だ!」


「洗濯!?」


「川に浸けて綺麗にする。皮にはマダニが付着しがちだからな」


 この島には全くと言っていいほど虫が存在していない。

 故にマダニの心配はないのかもしれないが念を入れておく。


 ということで、さっそく毛皮を川に浸けようとする。

 しかし、直前のところで手を止めた。


「せっかくだから一手間加えておくか。明日花のおかげで想定よりも順調に進んでいるし、少しだけクオリティにこだわろう」


「おお! 一手間って何をするんだろ?」


「ただ川に浸けるんじゃなくて、樹皮に巻き付けた状態で浸ける!」


「樹皮!? またしても!」


「植物を利用するのはサバイバルの基本だからね」


 樹皮の調達は昨夜も行っている。

 なので、改めて説明する必要はなかった。

 手分けして樹皮を調達する。


「海斗君、樹皮を巻き付けることでどういう効果があるの?」


 毛皮と樹皮を紐で束ねる明日花。

 使用している紐も樹皮から作ったものだ。


「樹皮に含まれている〈タンニン〉という防腐効果のある成分を皮に付着させる狙いだ」


「ほぉほぉ」


「樹皮のタンニンは水溶性だから川に浸すと溶け出る。一緒に束ねておけば溶け出たタンニンが皮に移るはずだ」


「おー!」


「ただ、この方法による防腐効果は殆ど期待できない」


「そうなんだ!?」


「樹皮などのタンニンを使って皮を鞣す〈タンニンなめし〉と呼ばれる手法もあるにはあるんだけど、それと今回とではタンニンの濃度がまるで違う」


 明日花は感心したように「へぇ」と唸った。


「よし、全ての毛皮を樹皮と束ねたな。あとはこれらを川に浸して、流されないよう重石で固定するだけだ」


 話しながら作業を進めて、毛皮関連の作業が終わった。


「川にはどのくらい浸し続けるの?」


「30分もあれば十分だと思うけど、実際には1時間くらいかかるかな」


「なんで倍になるの?」


「待っている間に他の作業をするからさ。肉をカットしたり、石包丁を研いだり、あと串焼きの串を準備したり。休憩もするだろう」


「たしかに1時間はかかかりそう!」


「だろ? だから毛皮のほうは気にしないでいいと思う」


「了解!」


 適度に休憩を挟みつつ、今しがた説明した作業を協力して行う。

 何ら滞りなく進み、1時間と少し経ったところで終了した。


「な? 1時間くらいかかっただろ?」


「海斗君の言ったとおり! 流石だね!」


「では洞窟に戻るとしよう」


「うん! 楽しかったー!」


 洗濯した毛皮を回収すると、俺たちは川を後にした。

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