017 応急処置

 夜――。


「ほらなー? 三角形の土器って便利だろぉ!」


「いや、三角形じゃないほうが便利だけどな……」


「でもこの土器が四角とか丸だったら果物を詰めていたっしょ?」


「それは否定できん……」


 寝る前の準備として、俺たちは体を拭いていた。

 そのさいに活躍したのが千夏の土器に汲んでおいた水だ。


「わー! 海斗君の背中って筋肉質!」


「お尻も引き締まっていていい感じね」


「お? 吉乃って尻フェチ? 実は私もなんだよねー!」


「千夏と一緒は嫌だなぁ」


「なんだと!?」


 こちらの気を知りもしないで堂々と体を覗かれている。

 くるりと振り返って覗き返したいところだが、そんな度胸はなかった。


「おいおい、人の背中を見てアレコレ言うんじゃねぇよ」


「なーに言ってんだ! なんなら海斗も私らの裸を見たらいいじゃん!」


 千夏が後ろから抱きついてきた。

 あろうことか裸だ。

 背中に押しつけられた胸の感触で分かる。


「おい、やめろ……!」


 童貞には刺激が強すぎる。

 ムラムラするのを通り越して眩暈すら覚えた。


「別に気にしなくていいのに! エロいことをするわけじゃあるまいし!」


 離れるどころかますます胸を押しつけてくる千夏。


「マジでやばいから……! やばいから……!」


 しばらくの間、俺は理性を保つのに必死だった。


 ◇


 カバンを枕代わりにしていよいよ寝ようかという時。


「ねぇ海斗君」


 横になっていると明日花が近づいてきた。


「やっぱり床が硬すぎて辛いかも……」


「どうにかしてくれよー! これじゃ腰をいためちまうよー!」


 千夏も不満を述べる。

 麻里奈と吉乃も同意していた。


「ふむ」


 俺は気にしていなかったが、女性陣には辛いようだ。

 思えば兵藤たちのグループも疲れた顔をしていた。


「腰や背中をいためたらまずいし対策するか」


「できれば今すぐに何とかしてくれー! 千夏様が死ぬ前に早く!」


「さすがにそれは無理でしょ」と呆れる吉乃。


「応急処置程度でよければやりようはあるぞ」


「ほんとに?」


 俺は体を起こした。


「要するに岩肌の床と背中の間にクッションがあればいいわけだろ」


「そうだけど、私たちの持っている物で何かできるの?」


「まさか教科書を下に敷くとか言うんじゃないだろうなー!?」と千夏。


「それも悪くないと思うが、もっといい案がある」


 俺は石包丁を持って立ち上がった。


「皆にも手伝ってもらうぜ」


「え、今から森に行くの?」


 眉間に皺を寄せる麻里奈。


「遠くには行かない。出てすぐの木々に用があるんだ」


 ということで、女性陣を引き連れて外に出た。


「あー、股の中がスースーするぅ!」


「洗濯しちゃったもんね、下着」


「そうそう! つまり今はノーパン!」


 千夏は「そそるだろぉ?」とミニスカートをヒラヒラしている。


「馬鹿なことを言うんじゃない」


 と言いつつ、俺の目は正直にスカートを見ていた。


(おっと、いかんいかん)


 咳払いをして正気に戻る。


「ここで何をするかというと――」


 石包丁を木の幹に刺し、縦にスーッと切れ込みを入れる。


「――樹皮を剥く!」


 切れ込みからペリッと樹皮をめくる。

 大変なのは最初だけで、少し進めばあとは楽だ。


「こんな感じで剥いた樹皮を何枚か用意し、布団の代わりに敷けばいい。一枚だと微妙かもしれないが、何枚か敷けばそれなりのクッションになる」


 女性陣から「おお!」と歓声が上がる。


「樹皮を敷き布団にするのもサバイバル界では有名なテクニックなの?」


 吉乃が尋ねてくる。


「いや、これは我流だ。ついさっき考えた」


「そうなの!?」


「だから上手くいくかは分からないが、ひとまず床が硬くて眠れないって問題は改善されるはずだ」


「咄嗟に閃くなんて海斗はすごいね」


「日頃のサバイバル訓練によって適応力が培われていたのだろう」


 俺たちは手分けして樹皮を持ち帰った。

 虫が全くいないため、「樹皮から虫がー!」と騒ぎになることもない。


「フカフカとまではいかないけど、さっきよりずっと快適!」


「ありがとー海斗君! これなら眠れそうだよー!」


 応急処置的に行った樹皮の敷き布団は好評だった。

 俺も試してみたが悪くない。


「明日はもう少し寝具周りを改善するとしよう」


 これでようやく眠れる。


「「「「「おやすみー!」」」」」


 こうして、俺たちは二日目の活動も無事に乗り切った。


 ◇


 謎の島で過ごす三日目――。


 この日の天気も晴れ。

 それも見事なまでの快晴だ。


 体調もいい。

 俺だけでなく女性陣も元気そのものだ。


「さて、今日の活動を始めるとするか」


 朝食の果物を食べ終えたら作業開始だ。


「寝具を改善するんだよね?」と千夏。


「アナグマの毛皮を使おうと思っている」


「ほほぉ! 具体的には!?」


「具体的も何も、ただなめした毛皮を樹皮の上に敷くだけさ。アナグマの毛皮は硬いから微妙かもしれないが、それでも多少は心地さが増すだろう」


「おー! ところで鞣すって何?」


 千夏が「分かる?」と麻里奈を見る。


「さぁ?」


 麻里奈は首を振った。

 明日花も「なんだろー」と首を傾げている。


「剥いだ皮を腐らないようにする処理のことよ」


 説明したのは吉乃だ。


「その通り。皮はそのままだと腐って品質が劣化する。そうならないよう手間を加えるのが〈鞣す〉という行為だ」


「もしかして漢字も関係ある? カワって漢字には、牛革とか鹿革で使われる『革』と動物の皮で使われる『皮』の二つがあるでしょ」


 これは麻里奈の発言だ。


「いいところに気づいたな」


「フッフッフ、実は目ざとい女なのでーす」


 ニヤリと笑う麻里奈。


「剥いだ皮を鞣すことによって、『皮』から『革』に変わるんだ」


「でも毛皮はそのままじゃないの?」


 今度は千夏が言った。


「たぶん例外的な措置なんじゃないか。原則的には変わるけど、変わらない物もある……みたいな。漢字博士じゃないから、どうして毛皮だけそのままかは俺にもちょっと分からん」


 この発言に、四人は目をギョッとさせた。


「海斗君にも分からないことってあるんだ!?」


「なんだか意外ね」


 俺は「いやいや」と苦笑い。


「むしろ分からないことだらけだよ。だから俺の成績は皆より悪い」


 そう、俺はこの中で最もテストの点が低い。

 馬鹿っぽく振る舞っている千夏より下だ。

 もっといえば令和の暴君・兵藤倫也にすら負けている。


「そんなわけで、昨日設置した罠の確認に向かう。上手くいけばたくさんのアナグマがかかっているはずだ」


「上手くいかなければ?」と千夏。


「昨日と同じく泥団子作戦を使えばいい。アナグマを持ち運ぶのに一人じゃ辛いので誰か手伝ってくれないか?」


 誰かと言いつつ、俺は吉乃に頼もうと思った。

 彼女なら解体までお願いできるからだ。

 しかし――。


「私が手伝うー!」


 明日花が挙手した。


「捕まえた後に解体もするんだよね? 挑戦してみたい!」


「マジか」


 明日花は昨日、吉乃の解体を見て吐きかけていた。

 それだけに意外だった。


「いつまでこの島で過ごすか分からないけど、たぶんしばらくはこんな状況が続くでしょ? だから動物の内臓にも慣れないとダメだと思ってね」


 立派な意見だ。

 思わず「素晴らしい」と拍手した。


「では明日花に同行してもらおう。残りの三人については各自の判断に任せるよ。果物や木材を調達したり、土器や石器を作ったりしてくれるとありがたいが、お疲れのようなら休憩していてくれてかまわない」


 話し終えると、俺は洞窟の前に焚き火をこしらえた。

 針葉樹の葉を燃やして狼煙を上げる。


「道に迷ったらこの狼煙を頼りにすればいい」


 サバイバルでは木に目印を付けるのが鉄板だ。

 しかし、俺はその手のグッズを殆ど持っていなかった。

 ソロでの活動しか想定してこなかったからだ。

 日頃から鍛えているため迷子になることもない。


「狼煙の維持は私がやっておくね」と吉乃。


「私たちは適当に行動するかー」


 千夏が言う。

 麻里奈は「だねー」と頷いた。


「じゃ、そんな感じでゆるっと頑張ろう」


 皆が「おー!」と拳を突き上げる。


「行こ! 海斗君!」


「おう!」


 俺と明日花は空の土器を持って洞窟を発った。

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