013 訓練

 めでたく洞窟を手に入れた俺たち。

 しかし、やってきたのは川だ。

 皆で造ったアーチ型のシェルターがある川。


「よし、全員メシは済んだな?」


 果物を食べ終えると、俺は皆の前に道具をおいた。

 きりもみ式の火熾しで使う板と棒だ。


「今からサバイバル訓練を行う!」


「「「「なんだってー!?」」」」


 抜き打ちだったので四人とも驚いている。


「今の諸君は俺に対する依存度が非常に高い! もし俺が何らかの理由でいなくなったらどうなる? そう、死ぬ! 早晩何かしらの体調不良に陥るなどしてポックリ逝ってしまうだろう!」


「なんか海斗君、テンション高くない……?」


「急に別人格が目覚めたみたい」


「なんかオタクみてぇ! キャハハハ」


 女性陣が何やら言っているが気にしない。

 サバイバル訓練になるとテンションが上がるのは昔からだ。


「今回はサバイバルにおいて最も大事な火熾しを行ってもらう!」


「いいじゃん! 実はやってみたかったんだよねー!」


 声を弾ませる千夏。

 やる気があるのは結構なことだ。


「まずは難易度の高いきりもみ式の火熾しから始めていこう」


「この板に棒を当てて両手の手の平で回転させるだけっしょ?」


「摩擦熱を利用するんだよね」と吉乃。


「付け加えるなら板の切れ込みの下に葉っぱを敷いておくといい」


 皆はこれまで俺の作業を見てきている。

 なので細かい説明は不要だった。


「では始め!」


 俺の合図で一斉に火熾しを始める。

 手の皮が剥けないよう軍手をつけてシコシコ、シコシコ。

 必死に棒を回転させている。


「ぶっちゃけこんなの楽勝っしょ!」


 強気の千夏。


「やること自体は単純だもんねー」と明日花。


 しかし、30分後。


「なんでだよぉ! 全然ダメじゃん!」


「海斗君みたいに火が着かないよ!」


「火種ができてもすぐに消える……難しいわね」


 女性陣は何の成果も出せていなかった。

 麻里奈以外。


「できたぁああああ! 見て! 火が着いた!」


 麻里奈だけは成功させていた。

 他の三人が「すご!」と驚いている。

 俺も同様の感想を抱いた。


「まさか初っ端から成功させるとは……!」


「ふっふっふ! 今日の私は昨日とは違う!」


「昨日も最初以外はよく働いていたけどな」


 麻里奈は「えへへ」と嬉しそうに笑った。


「きりもみ式の火熾しを最初から成功させるのは至難の業だ。今後は継続的に訓練すればいいとして、次は別の道具を使った火熾しに挑戦しよう」


「別の道具って? ライター?」


 ボケかと思いきや、千夏は真剣な表情をしていた。

 吉乃が「そんなわけないでしょ」と苦笑いでツッコミを入れる。


「コレだ」


 俺が取り出したのはファイヤースターターだ。

 マグネシウムの棒と金属の板がセットになった着火道具である。


「この板を棒に押し当て、マッチの要領で擦ると――」


 大量の火花が飛び散った。


「――こんな感じになる。故にメタルマッチとも呼ばれている」


「「「「おお!」」」」


「火花を燃えやすい物に引火させることで火を熾すというのが、ファイヤースターターを使った火熾しだ」


 さっそく女性陣に挑戦してもらった。


「あ! これなら簡単に火が着く!」


「私もできたよ」


「火熾しめっちゃ簡単じゃん!」


 今回は麻里奈以外の三人も成功した。

 10分たらずで。


「さすがに楽勝だったな」


 ファイヤースターターは現代でも使われている。

 雨天に強く半永久的に使用可能なため、アウトドアグッズでは定番だ。


「海斗、質問いい?」


 吉乃が手を挙げた。


「どうした?」


「最初の木を使う火熾しあるじゃん」


「きりもみ式か」


「アレってさ、手じゃなくて道具で棒を回す方法ってない?」


「あるよ。弓のような道具を使う〈弓ぎり式〉や、それをさらに拡張させた〈まいぎり式〉と呼ばれる方法だ」


「へぇー、吉乃、あんた詳しいじゃん!」


 感心する麻里奈。


「歴史の教科書でそういうイラストを見た気がしたの。で、弓ぎり式とかまいぎり式はやらないの?」


「ああ、それらは不要だ」


 俺は即答した。

 当然、吉乃からは「どうして?」と疑問が出る。


「俺たちの環境では出番がないんだ。普段はファイヤースターターを使い、緊急時はライターに頼る。どちらも無理という場面ではきりもみ式だ」


「なるほど」


 他に質問はないようだ。


「訓練はこのくらいにして、次は土器を作ろう」


「「「「土器!?」」」」


 またしても驚く四人。


「びっくりすることか? こういった環境だと土器は定番だろう」


「そうだけど……土器なんか作ってどうするの?」


 尋ねてきたのは麻里奈だ。

 明日花が「カバンがあるもんね」と頷く。


「土器は洞窟の中に置いておく予定だ。物資の備蓄用としてな。あと、学生鞄に入っている皆の私物を収納するのにも使いたい」


 四人は「あー」と納得した。


「そんなわけで土器を作っていこう」


 土器の作り方は簡単だ。

 粘土を任意の形に成形し、それを焼けば完成する。


「火熾しの時も思ったけどさー、やること自体はめっちゃ単純だよなぁ。棒をシコシコ回転させたり、粘土を燃やしたりさ」


 千夏が言った。

 まだ成形途中だが、彼女の物だけ早くも歪な形をしている。


「どちらも縄文時代に存在していた技術だからな。竪穴式住居とかもそうだけど、複雑な工程は全然ないよ」


「単純だけど難しいよね」と吉乃。


「だからこそ日々の訓練が大事なのさ」


 通常、土器の成形では細長い棒状の粘土を積み重ねていく。

 粘土工作やろくろ回しのように、塊を容器の形にするわけではない。

 だが、俺はあえてそのことを教えなかった。


 女性陣が思いのほか器用だったからだ。

 好き放題に粘土の塊を整えているのに上手くいっている。

 サバイバルでは結果が全てだ。


「全員の成形が終わったな」


 皆の作品を見比べた。

 麻里奈と吉乃の作品はオーソドックスで綺麗だ。

 俺の作品もおおむね同じである。


 明日花も基本は同じだが、俺たちに比べて高さがない。

 反面、口を大きめにとっているのが特徴的だ。


 そしてラスト、問題児の千夏。

 彼女の作品はどういうわけか三角形だった。

 俺たち四人が円柱形なのに対し、彼女だけ三角柱である。


「おいおい、三角の土器なんか見たことないぞ」


「だって普通の形じゃつまらないっしょ」


「そういうのは普通の土器を作ってから言うべきだと思うが……まぁいいか」


 俺は大きく息を吐いた。


「成形の次は焼成だ。作った土器を焼くとしよう」


 本当は焼く前に時間をかけて乾燥させるのが望ましい。

 だが、乾燥は1週間以上を要するので省略することにした。

 当然ながら完成品のクオリティは落ちるが問題ない。


 俺たちが作るのは、芸術品ではなく実用品。

 容器として使えるのであれば何だっていい。

 壊れたらサクッと作り直すだけのこと。


 クオリティよりスピード。

 これもサバイバルに必要な考え方だ。


「火傷しないよう気をつけろよー。あと形が崩れないようにも」


「「「「了解!」」」」


 サバイバル訓練で作った各人の焚き火で土器を焼く。


「焼き上がるまでどのくらいかかるの?」と明日花。


「2~3時間かな」


「完成が楽しみだね!」


 明日花の瞳はキラキラと輝いていた。

 他の三人も同様の表情で、土器の完成に想いを馳せている。


(不安を全く感じさせない。やっぱりこの四人は強いな)


 彼女たちと一緒なら、どんな困難も乗り越えられそうな気がした。

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