014 罠

 土器が焼き上がるまでの間、女性陣は休憩することに。

 集落までの移動などによってお疲れだ。

 慣れない森を上履きで歩き回ったのだから無理もない。


 俺はもうしばらく活動することにした。

 時刻は14時過ぎで、夜まではまだまだ時間がある。

 体力にも余裕があるため、無理のない範囲で動きたい。


「行くか」


 水分補給を済ませたら森へ向かおうとする。


「何をしに行くの?」


 吉乃が尋ねてきた。

 他の三人と仲良く並んで座っている。

 艶やかな黒髪が胸の上にペタンと垂れていた。


「肉を調達しようと思ってな」


「肉!?」


「果物ばかりじゃ飽きるし、栄養の偏りも気になる」


 この島で食べた肉は野ウサギだけだ。

 一匹を五人で分けたため、摂取量が非常に少なかった。


「ついにダチョウもどきの肉を食べる時が来たのかァ!」


 スンッ! と立ち上がる千夏。

 ダチョウもどきとはエミューのことだろう。


「エミューも悪くないが、残念ながら今回は違う」


「そうなの?」


「サイズは小さいが、脂肪たっぷりで極上の肉だよ」


 俺の獲物は甘くて豊富な脂身がウリだ。

 脂質の少ないエミューとは真逆の存在と言える。


「何のお肉なの?」と明日花。


「アナグマさ」


「「「「アナグマ!?」」」」


 驚く女性陣。

 それを見て俺は笑った。


「そうびっくりするものでもないよ。猪肉や鹿肉ほど有名ではないが、アナグマの肉もジビエの中では定番の一つだ」


「そうなんだ! でも、森にアナグマっていたっけ?」


「ていうかアナグマってどんな動物?」と麻里奈。


 吉乃が「細くなったタヌキみたいなの」と答えた。


「細くなったタヌキ……?」


「麻里奈、ハクビシンは分かるか?」


「分かる!」


「なら話は早い。見た目はハクビシンとそっくりだ。見間違う者も多いし、害獣という点ではどちらも同じだ」


「へー!」


 アナグマとハクビシンは、見た目以外にも似ている点が多い。

 どちらも夜行性だし、体長も大差ない。


「見た目で区別するなら尻尾を見るのが一番だ。ハクビシンの尻尾は長いけど、アナグマの尻尾は短い」


「なるほどー!」


 余談だが、アナグマはイタチ科で、ハクビシンはジャコウネコ科だ。


「で、明日花の質問に対する回答だけど、アナグマはたくさんいたよ」


「ほんと!? 見かけた記憶はないけど」


「俺も姿は見ていないけど、巣穴がそこらにあった。奴等は夜行性だから日中は穴の中で寝ているんだ」


「そうなんだ! やっぱり海斗君はすごいなぁ。何でも知っているし、なんかもうサバイバルのプロって感じ!」


「経験不足が酷いからプロと呼ぶには程遠いよ」


 ついつい話し込んでしまいそうなので、俺は話を切り上げた。


「というわけで、俺は今から森に行って罠を仕掛けてくる。四人は火熾しの練習でもしてゆっくり過ごしていてくれ」


 明日花が「はーい」と笑みを浮かべる。

 麻里奈と千夏も同意したが、吉乃だけは違っていた。


「一緒についていってもいい? 見てみたいの、罠を仕掛けるとこ」


「別にかまわないが足は大丈夫なのか? 無理は禁物だぞ」


「平気」


「なんだぁ? 吉乃、抜け駆けして海斗とデートする気かぁ?」


 千夏が「ケケケ」と笑いながら茶化す。

 麻里奈なら顔を赤くして否定する場面だが、吉乃は真顔で答えた。


「そうよ、羨ましいでしょ」


「ぐっ……! なんだその返し……!」


「千夏の負けだね!」と、明日花がニッコリ。


 吉乃は「ふふ」とお淑やかな笑みを浮かべ、俺の隣に立った。


「行こ、海斗」


「お、おう、分かった」


 俺は石包丁と石斧だけ持ち、吉乃と森に向かった。


 ◇


「これがアナグマの巣穴だ」


「あー、たしかにこういう穴って色々なところにあったかも」


「だろ」


 アナグマの巣穴は基本的に目立つ。

 それなりの大きさだし、カモフラージュもされていない。

 形状さえ知っていれば簡単に見つけることができる。


 さっそく罠を作ることにした。


「罠には色々な種類があるけど、今回は吊り上げ式のトラップを採用する」


「吊り上げ式って?」


「そのままさ。かかった獲物を吊り上げる」


 罠を設置する目的は大きく分けて二つ。

 殺すか、捕獲するか。


 今回は新鮮な食肉が欲しいため捕獲が適している。

 なので、一度かかると逃げられない吊り上げ式が最良だと判断した。


「ちなみに、吊り上げ式の罠は日本だと禁止されている」


「危険なんだ?」


「危険と言えば危険だけど、大怪我をする危険性はそれほどかな」


「なのに禁止なの?」


「人間を吊り上げたら大変だからな」


「なるほど」


「同じ理由により、罠の定番である落とし穴も日本じゃ禁止されている」


「人がかかりそうな罠はダメってことね」


「そういうことだ」


 吊り上げ式の罠に必要なのは紐と木だ。

 木に紐を括り付け、思いっきり引っ張ってしならせる。

 その状態で、紐の反対側を罠に固定すれば完成だ。


「罠に固定する方は先端をわな結びの輪にしておく」


「わな結びって?」


「引っ張ることで輪が締まる結びかたのことさ」


 今回は自然由来の紐を使うことにした。

 シェルターの時と同じく、細かく裂いた樹皮を撚り合わせた物だ。


「こんな感じだ」


 ひとまず最初の罠が完成した。

 同じ要領ですぐ近くに別の吊り上げ式トラップを設置。


「一つの巣穴に複数の罠が必要なんだ?」


「そういうわけじゃないよ。アナグマって一つの巣穴に家族で過ごしていることもあるから、2~3個設置しておけばまとめて捕獲できるかと思ってな」


「餌とかいらないの? 罠の傍に」


「あってもいいけど、なくても問題ないと思う。アナグマは視力が低いから、一切のカモフラージュをしていない罠にすら普通にかかるんだ」


「なるほど。勉強になる」


「それはなによりだ。この後もガンガン同じ罠を設置して回るけど、吉乃も手伝ってくれないか?」


「いいの? 邪魔になると思って言わなかったんだけど」


「そんなことないさ。協力してもらえたら助かるよ」


「了解」


 二人で罠を設置して回った。


「こんなものだろう」


 16時過ぎ、俺たちは作業を終了した。

 10個以上の罠を設置したので、少なくとも一つはヒットするはず。


「これで明日はアナグマを食べられそうだね」


 達成感に満ちた顔の吉乃。


「いや、明日じゃなくて今日中に食うぜ」


「えっ」


「俺は明日まで肉を待てそうにない」


「でもアナグマは夜行性なんじゃ?」


「だから叩き起こして巣穴から飛び出させる」


「そんなこともできるんだ」


「住処に問題があったら外に避難する……それは人間も動物も同じさ」


「もしかして火を熾して煙でも送り込むつもり?」


「実にいいアイデアだが却下だ。森林火災に繋がりかねない。そうなりゃアナグマを食う前に俺たちがおだぶつだ」


「とにかく、出てきたアナグマを罠で捕まえるわけね」


「罠を使うのは勿体ないから別の手でいく」


「別の手?」


「素手だ」


「素手!? 巣穴から出てきたアナグマを素手で捕まえるの?」


「どこから出てくるか分かっているから余裕だろう。外にさえおびき出すことができたら楽勝さ」


「全然想像できないよ。というか、本当に巣穴から出てくるの? 火を使わないのに」


 俺はニヤリと笑った。


「安心しろ。とっておきの方法がある」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る