007 紐と家

 皆で森にやってきた。

 シェルターの骨組みとなる木材を調達するためだ。


「うぉおおおおおおりゃあああああああああ!」


 千夏が気合のこもった声を発しながら石斧を打ち込む。

 対象の木は幹が細いため、10発ほど叩くと簡単に折れた。


「その斧すごいでしょ! 私が作ったんだよー!」


 少し離れたところから麻里奈の声が聞こえる。

 彼女は吉乃と二人で伐採に取り組んでいた。


「本当に? あとで作り方を教えてよ」


「いいけど刃の石器は海斗に聞いてね」


 その頃、俺は明日花と作業を進めていた。

 俺たちの任務は運搬だ。

 千夏たちが伐採したを木を川まで担いでいく。


「一人で持てそうか?」


「大丈夫! もしかして海斗君、私が小さいからって子供扱いしてる?」


「そんなつもりはないよ。とにかく怪我には気をつけてくれ」


 明日花は「もちろん!」と両手を見せてきた。

 新品の軍手を装着している。

 俺のカバンに入っていたサバイバル道具の一つだ。


「樹皮が首に当たらないよう気をつけろよー」


「はーい!」


 伐採した木は重くないが、長いため運ぶのが大変だ。

 二人で協力して持つべきだと密かに反省した。


「ふぅ」


 川に着いたら木を下ろして一息つく。

 どんよりした天気に反して蒸し暑いので水分補給が欠かさない。


「この木をしならせてアーチ状に組むんだっけ?」


 明日花はマグボトルの水を景気よく飲んだ。

 勢い余って口からこぼれ、トンデモサイズの胸に当たる。

 エロティックな花柄レースの黒いブラが透けていた。


「そうだけど、その前に皮を剥こう」


「何の皮?」


「樹皮だよ」


「なんで剥くの?」


「理由はいくつかあるんだけど、主にロープを調達するためだ」


「ロープ!?」


「見せてあげるよ。そのほうが早い」


 俺は適当な木を手に取り、切断面から樹皮を剥いた。


「すご! 木の皮って簡単に剥けるんだ!?」


「まぁな」


 樹皮が剥けると、表面は綺麗なツルツルになった。

 そちらはあとで使うものになるため、今は適当に放置しておく。


「こうして剥いた樹皮を細かく裂いていく」


 石包丁で切れ込みを入れ、手で力任せに引き裂いた。


「あとはこの細長い樹皮をり合わせたら完成だ」


「撚り合わせるってどういう意味?」


「紐とか糸ってよく見たらねじれているだろ? あれが撚り合わせた状態だ」


「なるほどー!」


 明日花は空のマグボトルに川の水を補充する。

 俺のボトルにも水を汲んでくれた。


「ねぇ海斗君、もう一つ質問してもいい?」


「ん?」


「どうしてわざわざ撚り合わせるの?」


「というと?」


「細く裂いてからまた束ねるなら、最初からそこそこの太さに裂けばいいんじゃないの? 撚り合わせる手間が省けると思うけど」


「それだと強度が足りないんだ」


「そうなの!? 使う量は同じなのに!?」


「うむ。撚り合わせることで強度が格段に増す。今回は樹皮を使って紐を作るけど、もっと細い……例えば糸なども同じ要領で作れるよ。糸の場合は、植物の茎から抽出した繊維を撚り合わせるんだ。昔はそうやって作っていたんだよ」


「わお! 知らなかった!」


 外国人のような驚きかたをする明日花。


「そんなわけで完成だ」


 一本目の紐ができた。


「すごい! 本当に木の皮で紐を作っちゃった! 手品みたい!」


「面白いだろー! 便利なサバイバルグッズに頼って楽をするのもいいけど、やっぱり基本は自然の物を活用することだよな!」


「あはは、海斗君って本当にサバイバル好きなんだね!」


「小さい頃から無人島で暮らしたいと思っていたからな」


 その後の作業は明日花と一緒に進めた。

 全ての樹皮を紐にしたら、麻里奈たちの所から追加の木材を回収する。

 そして再び川に戻り、樹皮を剥いて紐にしていく。


「材料はもう十分だろう」


 大量の木材と紐、それにバナナの葉がある。

 あとはこれらを使って組み立てるだけだ。


「ここから先は特別な技術を必要としない。ズルムケの木をアーチの中央に向かってしならせ、木と木を樹皮のロープで結ぶだけだ。片方は俺が一人で造るから、もう一方は四人で頑張ってくれ」


「「「「了解!」」」」


 指示を終えたら作業に取りかかる。


「なー海斗、なんでシェルターを二つに分けるのー?」


 作業が始まってすぐに千夏が尋ねてきた。


「一つは海斗用なんでしょ」と吉乃。


「残念、ハズレだ」


「ぶー、外してやんのー!」


 千夏がプププと笑う。


「むっ」


 吉乃は頬を膨らませ、千夏の脇腹を人差し指で突いた。

 不正解が恥ずかしかったようで、心なしか顔が赤い。


「あひぃ! やめろぉ!」


 千夏は笑いながら飛び跳ねた。


「シェルター以外にも共通することだが、原則として大きくなればなるほど手間が増えるし、耐久度を維持するのが難しくなる。だから四人用の住居を一つ造るより、二人用の物を二つ造ったほうがいい」


 今回のシェルターは半径100cm程になる予定だ。

 押し込めば三人まで収容できる。

 ――が、快適さを考えて二人以下で使用するのが望ましいだろう。


「二人用が二つなら海斗の入るスペースがないじゃん」


 麻里奈が心配そうに俺を見る。


「俺は適当に何とかするから気にしないでいいよ」


「それは感心しないなぁ。海斗もお家で寝るべきでしょ」


 他の三人が「だね」と同意する。


「よし! シェルターは二対三に分けて使おう! 誰か一人が海斗と二人きりで過ごすってことで!」


 千夏がとんでもない提案をし始めた。


「何を馬鹿なこと――


「いいんじゃない?」


 と、俺の言葉を遮る吉乃。

 麻里奈と明日花も賛同して、あっさり話がまとまった。


「誰が海斗と同じ住居を使うかは私らのほうで勝手に決めるけどいいよね?」


「それはいいけど……」


「けど?」


 吉乃が手を止めてこちらを見る。


「……いや、いいです」


 本当はよくなかった。

 女性陣はそれでいいかもしれないが俺は困る。

 狭い空間で女子と一緒だなんて眠れる気がしない。

 早くも胸中がざわつき、「ヤバいっしょ!」と煩悩が騒いでいた。


(まぁなるようになるか)


 そんなこんなでアーチ状のシェルターが完成。

 植物で造ったかまくらとでも言うべき見た目をしている。


「我ながらいい出来だ」


 せっかくなので、余った葉を床に敷いておく。

 雰囲気がグッと良くなり、快適度が僅かにアップした。


「え、もう完成したの!?」


「海斗君すごーい!」


「マジで早すぎない!?」


「こっちは四人でやっているのにまだ終わっていないよ」


 女性陣は俺の作業速度に驚いていた。

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