008 木登り

 女性陣の作業も終わり、二つのシェルターが完成。

 作りたてのこの家で、俺たちは休憩をとることにした。


「ふぃー! 疲れたどー!」


 俺の横で豪快に水を飲む千夏。

 自身の水筒が空になると俺のボトルに手を伸ばした。

 まるで当たり前のように。


「こっちのボトルにしたほうがいい。それはさっき俺が使ったから間接キスになるぞ」


「そんなもん気にしたら負けっしょ!」


 一切の躊躇がない。


(普通は女子が気にするものなんじゃないのか……)


 まぁいいか。


「今さらになって晴れてきたねー!」


 もう一つのシェルターから、明日花が顔を覗かせた。

 彼女の言う通り雲が散って青空が広がっている。


 ただ、気温は先ほどに比べて下がっていた。

 本日のピークを過ぎて日没に向かっているのだろう。


「16時か」


 スマホで時間を確認する。

 もちろん日本時間での話なので、この場所もそうだとは限らない。

 ――が、どうやらここは日本と似たタイムゾーンのようだ。


「本当に異世界なのかなぁ、ここって」


「いやいや、異世界だって言い出したの海斗自身でしょ!」


 俺の独り言に対し、千夏がツッコミを入れた。


「そうなんだけど、あまりにも地球と酷似しているからさ」


 ここが地球だった場合、おかしな点が星の数ほどある。

 しかし、ここが異世界だった場合でも、おかしな点はたくさんある。

 つまり、どちらであったとしても疑問が尽きない。


「前にも言ったけど、地球か異世界かなんてどうでもよくない?」


「まぁやることは変わりないもんな」


「そーそー! それに気にしたって答えなんか出ないじゃん?」


「たしかに」


「なら気にしないで目の前のことに集中だ!」


 俺は「だな」と笑った。


「千夏ってポジティブだよなぁ」


「持ち味でーす!」


「ムードメーカーなだけある」


 千夏は「うひひ」と笑い、伸ばしている脚を組んだ。

 俺の視線は自然と彼女の太ももに向く。

 黒タイツで覆われていても、それはそれで魅力に感じた。


「海斗も男だねー」


 千夏がニヤリと笑う。


「な、何がだ?」


「隠しても女には分かるのよ。もうね、目が言ってるからね? 『僕はスケベなことばかり考えている変態でーす』って」


「ぐっ……それは……」


 しどろもどろした後、俺はペコリと頭を下げた。


「すまん」


「謝らなくていいよ。男ってそういうものじゃん? むしろ海斗が他の男子と同じで安心したよ」


「そうなのか?」


「だってこんなイイ女を見て興奮もしないとかヤバいっしょ! 同性愛者ならともかくそうじゃないわけだし!」


「自分で『イイ女』って言うのか」


 思わず笑う俺。


「事実だから仕方ない! 謙遜も過ぎれば嫌味になる!」


 千夏はドヤ顔で胸を張った。


「さて、そろそろ出かけてくるよ」


 俺は家から出て立ち上がった。


「どこに行くの?」と千夏。


 麻里奈たちも会話を中断してこちらを見ている。


「あの木に登ってくる」


 遠目に見えるセコイアの木を指す。

 他の木々とは別格の高さを誇っている。

 俺のスタート地点だ。


「あんなのに登ってどうするの?」


 千夏も腰を上げる。


「周辺を把握しようと思ってな」


 あのセコイアは樹高が100メートル以上ある。

 頂上までは登れずとも、他の木よりは高い位置まで到達できるだろう。

 そこから周囲を見渡せば何かしらの発見があるかもしれない。


 特に見つけたいのは海だ。

 ここでの生活が長期化するなら食事が重要になってくる。

 果物だけだと栄養が偏るため、自然と他の物も食べることになるだろう。

 海水から抽出した塩があれば、美味しくメシを楽しめるはずだ。

 健康のためにも多少の塩分を摂取しておきたい。


 一応、カバンの中に塩やカレー粉が入っている。

 しかし、これらは可能な限り温存しておきたかった。

 非常用だ。


「面白そうじゃん! 私も行く!」


 千夏が言うと、他の三人が「私も!」と続いた。


「なら皆で行こう」


 俺たちは再び森に入った。


 ◇


 最短ルートを進んでセコイアの傍に到着。


「この辺って本当に草原だったんだ!」


「小動物がたくさんいて癒やされるー!」


 麻里奈と明日花は、草原の動物を見て頬を緩めている。


「さて登るか」


「そういや海斗って木登りの練習もしていたよね」と吉乃。


「していたけど、残念ながら今回はその技術を活かせそうにない」


「そうなの? なんで?」


「だってコレだぜ?」


 俺はセコイアの幹に左手を当てた。


「これだけ太いとしがみついて登るなんざ不可能だ」


 セコイアの幹回りは30メートルを超えている。

 学校に生えている木と同じようにはいかない。


「だったらどうやって登るの?」


「道具を使う」


 俺はカバンの中からロープを取り出した。

 樹皮で作った物ではなくサバイバルグッズの一つだ。

 専用の特殊繊維で作られた非常に強度の高い代物である。


「さすがにこの場面で自然由来のロープは使えないからな」


 四人が興味津々で見守る中、黙々と準備を進めていく。

 といっても、セコイアと自分をロープで巻いただけだ。


「猿のような木登りができない時は――走る!」


「「「「走る!?」」」」


 俺はロープにもたれて全体重を掛けた。

 ロープがピンッと張ったら、右の靴底を幹に当てる。

 両手は木ではなくロープの両サイドを握った状態だ。


「この状態で上に進む!」


 左足を前に伸ばす。

 同時に、一瞬だけ体を前に倒してロープから背中を外した。


 ロープの張りが緩む。

 その瞬間を狙い、ロープの位置を素早く上にずらす。

 で、再びロープにもたれて姿勢を維持。


「海斗の位置がちょっとだけ上がった!」


 大興奮の千夏。

 他の三人も「おお!」と歓声を上げる。


「あとはこれの繰り返しだ」


 本当はドヤ顔で解説したいが、今回はそんな余裕がない。

 気を抜くと背中から地面に落下して大怪我をする。

 高さや当たり所次第では死ぬだろう。

 だから、その後は口を閉ざした。


「おいおい! 海斗の奴、木を駆け上がっているよ!」


「本当に登るんじゃなくて走っている……!」


「海斗君すごい!」


「あんなことできるんだ」


 皆の感動する声をバックにグングン進んでいく。

 長期休暇時の特別訓練で巨木に登る練習をしていたのが功を奏した。

 ちなみに、これはサバイバルというより林業の技術に近い。


(ここが限界だな)


 樹高70~80メートル程のところでストップ。

 枝が邪魔で、これ以上はロープを進められない。


 俺は頭上の枝によじ登った。

 そこらの木よりも太い枝なので安心して座れる。


「ふぅ」


 大きく息を吐き、懐に手を忍ばせる。

 内ポケットからスマホを取り出した。


 周囲の確認にはスマホのカメラを使う。

 今時のスマホはハイスペックなので肉眼より鮮明だ。


 俺は幹をグルグルと回って全方位を撮影した。

 ざっくり確認すると、「よし」と頷いてスマホをポケットへ。


「ぶっちゃけ登るよりも下りるほうが怖いんだよな……」


 下を見ると金玉がキュンとなる。

 命綱なんかないので、滑落かつらくしようものなら即死だ。


「やるぞ!」


 深呼吸を何度かしてから下り始めた。

 恐怖心を抱いたらその瞬間に人生が終わる。

 だから別のことを考えて気を紛らわした。


 別のこととは、下で待機している四人とのアレコレだ。

 現実では決して起きないであろう変態丸出しの妄想である。

 欠点としてムラムラしてしまうが、恐怖心は抱かずに済む。


 その結果、俺は無事にセコイアから下りられた。


「海斗、やっぱりアンタすごいよ!」


「海斗君かっこよかった!」


「さすがね」


「お疲れ様! 海斗!」


 女性陣が拍手で迎えてくれる。

 脳内で好き放題にしていたので、何とも言えない罪悪感が込み上げた。

 ……が、それには触れないでおく。


「可能な限り高い位置から周囲を撮影してきた。皆で確認しよう」


 俺はスマホの写真フォルダを開いた。

 詳しくは川に戻ってからということで、今回はサクッと流していく。


 だが、ある写真で指が止まった。


「海斗君、これって……」


 俺は「ああ」と頷いた。


「どう見ても竪穴式住居だ」


 北の方角を撮った写真に、竪穴式住居の集落が映っていたのだ。

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