006 石斧

 川に戻った俺たちはシェルターの建造に着手した。

 といっても簡素なものだ。

 核攻撃はおろか台風にすら耐えられない。


「先に大雑把な造り方を説明すると、しなりのある細い木をアーチ状に組み、隙間を葉っぱで埋めるだけだ」


「めっちゃ簡単そうじゃん!」と千夏。


「簡単だよ。初っ端から大掛かりな住居を造るのはナンセンスだ」


「じゃあいずれは大きくなるわけか!」


 俺は「かもな」と答え、役割分担の指示に入った。


「麻里奈以外の三人はバナナの葉を調達してきてくれ」


 バナナの葉は1枚の長さが約1メートルと大きい。

 サバイバル生活では壁材からまな板まで幅広い用途で活躍する。


「はーい!」


 明日花は左脚のニーハイを上げながら答えた。

 右脚と同じ高さに調整しているようだ。

 なんてことない動作のはずが妙にそそられた。


「ちょい待ち! バナナなんかあったっけ?」


 千夏の問いに、麻里奈が「あったでしょ」と即答した。


「洞窟から川に戻る途中で発見したじゃん」


「千夏は他の果物を食べるのに夢中で気づいていなかったかも」


 吉乃が補足すると、千夏は「私らしい!」と笑った。


 彼女らの会話からも分かる通り、周辺には多くの果樹がある。

 果樹以外の木々もたくさんあって、さながら自然の植物園だ。


「私だけ別行動みたいだけど何をしたらいいの?」


「麻里奈には太めの枝を調達してもらいたい」


「枝?」


「木を伐採するのに石斧せきふを作ろうと思っていて、それの柄になる枝が必要なんだ」


 おー、と感嘆する女性陣。

 何が「おー」なのか俺には分からなかった。


「その枝って太さはどのくらい?」


 俺は「このくらいかな」と手で表現する。


「思ったより厚みがあるなぁ。でも任せて! 見つけるから!」


「頼んだぜ。俺は石斧の刃となる石器を作るよ」


 指示が終わると、俺たちは三方に散って作業を開始した。


 ◇


 石斧の刃には、少し大きな俵型の石を使用した。

 片側を平たく尖らせ、大工道具のノミのような形にする。


 同様の石器を三つ用意した。

 予備も含めて三本の石斧を作る予定だ。


「どれがいいか分からないからそれっぽい枝を集めたよー!」


 俺が作業を終えた頃、麻里奈も枝の調達を完了した。

 川から数メートルのところに枝が並べてある。

 どれもいい感じだ。


「素晴らしい。麻里奈に頼んでよかった」


「ほんと? ただ枝を拾ってきただけなんだけど」


 照れ笑いを浮かべる麻里奈。

 毛先を指でクルクルして嬉しそうだ。


「材料は揃った。さぁ石斧を作るとしよう」


「おー! ……で、私は何をすればいい?」


「うーん」


 少し考えるが閃かない。

 石斧が完成せねば次の作業に進めないからだ。


(軍手を渡して「木をへし折ってこい」と言うこともできるが……)


 そんなことをして怪我でもされたら最悪だ。

 サバイバル環境において、怪我ほど厄介なものはない。

 可愛らしい擦り傷が原因で命を落とすこともある。


「麻里奈も石斧を作ってみるか」


「え!?」


「三本作る予定だし、その内の一本を任せるよ」


「いいの? 作ったことないから失敗するかも」


「問題ないさ」


 もともと一本は予備として保管しておく予定だ。

 麻里奈が失敗したとしても、俺が二本作るので支障はない。


「なら挑戦してみる! 教えて!」


「はいよ」


 俺は石斧の作り方を解説した。


「まずは柄となる木を削り、刃となる石器を差し込むための穴を空ける」


 そのために使うのは、なんと刃として作った石器そのものだ。


「研いであるほうを枝に押し当て、反対側を別の石で叩く!」


 トントン、トントン。

 やっていることはノミと同じだ。


「おー、すごい! 木が簡単に削れる!」


 麻里奈は俺の見様見真似で作業を開始。

 手つきはぎこちないが、危なっかしくは感じない。


「初めてとは思えないほど器用だな」


「これでも女の子ですから!」


「どう見ても女の子だと思うが……」


 それもとびきり可愛い。

 きっと違う意味があるのだろう。

 深くは考えず、「とにかく」と話を進めた。


「空けた穴に刃を差し込もう」


 削る際に使った平べったいほうから通していく。

 別の石でトントンしていると麻里奈が驚いた。


「え、逆じゃないの? 尖っているほうが刃になるんじゃ?」


「いや、石斧の刃になるのは大して研いでいないほうだ」


「そうなんだー!」


 これで見てくれは石斧になった。


「できたー!」


 麻里奈のほうもいい感じだ。


「まだ完成じゃないぞ」


「そうなの!? どう見ても斧だけど!」


「今のままだと簡単に折れてしまう」


「どうすればいいの?」


「火を使おう」


「火!?」


「刃の挿入口付近を焚き火の炎で炙るんだ。そうすれば木が硬化して耐久度が上がる」


「へぇ、火で炙って硬くするんだ! 知らなかったー!」


 ということで焚き火をこしらえる。

 風が吹いても大丈夫なよう川辺で行った。


「表面が黒くなるくらいでちょうどいい。ギリギリを攻めすぎると柄が燃えちまうから注意な」


「了解!」


 まるで肉を焼くかのように、丁寧に石斧を炙っていく。


「今度こそできたー!」


 麻里奈は石斧を掲げながら「だよね?」と確認してくる。


「おう。今度は間違いなく完成だ」


「やったね!」


 麻里奈はひとしきり喜んでから石斧を見せてきた。


「ねね、私の作った石斧、普通に良くない?」


「いい感じだ。これなら問題なく使える」


「だよねー! せっかくだからこの石斧で伐採したい!」


「いいだろう。だがその前に予備の石斧を作っておくよ」


 俺は二本目の製作に取りかかった。

 解説する必要がなくなったのでサクッと仕上げる。


「うわ! 何そのスピード! さっきまでと大違いじゃん!」


「そりゃさっきは解説しながらだったしな」


「これが本気の海斗……! 凄すぎる……!」


 あっという間に二本目が完成した。


「へーい、海斗ー、麻里奈ー、帰ってきたぞー!」


 ナイスタイミングで千夏たちが戻ってきた。

 彼女らのカバンはバナナの葉でパンパンになっていた。


「石斧が完成して葉も集まった。木を伐採してシェルターを造っていこう」


「「「「おー!」」」」

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