005 兵藤

 兵藤倫也は俺様気質のいじめっ子で有名だ。

 学年問わず全ての男子を暴力で従わせようとする。

 一方で、SNSやチャットアプリを駆使した陰湿なイジメは行わない。


 まるで昔のドラマに出てきそうなステレオタイプの不良だ。

 これで成績が悪くて貧乏家庭の母親思いという設定が付けば完璧である。

 しかし、兵藤の家柄は非常に良く、成績も俺より優秀だ。


 昭和後期や平成初期に見られる粗暴さを踏襲しつつ、

 令和によくある『悪は上流階級』という設定を加えた、

 まさにパーフェクトなクソ野郎――それが兵藤倫也だ。


「兵藤じゃん! それに取り巻きたちも!」


 麻里奈が声を弾ませる。

 明日花や千夏も安堵の笑みを浮かべていた。

 彼女らは兵藤のグループと交流があった。


 兵藤が麻里奈たちを口説こうと必死だったからだ。

 彼は女癖が悪くて有名だが、女子には優しいのでよくモテる。

 家柄の良さとそこから来る潤沢な資金力も女子ウケがよかった。


 しかし、それらに釣られるのはある程度の女子までだ。

 麻里奈を始めとする学校屈指の美少女たちはなびかなかった。


「俺たちだけしかいないと思ったぜ! そっちも無事でなによりだ!」


 兵藤が笑顔で近づいてくる。

 ここでようやく、彼は俺の存在に気づいた。


「ん? なんか変な奴が混ざっているようだが?」


 彼の取り巻きたちがニヤニヤしている。

 同じ学年なので見覚えはあるが、モブなので名前は覚えていなかった。


「海斗はたしかに変わっているけど変な奴なんかじゃないよ」


 麻里奈が真顔で言い放つ。

 兵藤は驚いたように目を見開いた。


「そーそー! 海斗ってすごいんだぜー! 棒と板で火を熾すし、なんかよく分からないけどサバイバルのプロだから!」


 千夏が加わる。


「へ、へぇ……海斗って言うのかぁ」


 兵藤の眉がピクピクと動く。

 どうやら麻里奈たちの海斗呼びが気に食わないようだ。


「なら俺たちにもその火熾しって奴を見せてみろよ」


 兵藤が命令してきた。


「断る」


 もちろん俺は承諾しない。


「「「えっ」」」


 その場にいる誰もが驚いた。


「俺はお前の子分じゃないし、サバイバル術は見世物ではない」


「てめェ……。麻里奈たちの前だからって調子に乗りやがって!」


 兵藤が胸ぐらを掴もうとしてくる。

 俺はスッと横に跳んで回避した。

 さらに何歩かステップを刻んで距離を取る。


 掴まれたらおしまいだ。

 背丈や筋肉量などを考慮すると勝てなくなる。


「何避けてんだてめェえええええええええええええ!」


 ぶちギレの兵藤が突っ込んできた。

 女子の前でも堂々と暴力を振るうのがこの男だ。

 こんな奴が何故モテるのか俺には分からない。


「おい、やべーぞお前! 早く土下座しとけって!」


「ここは学校じゃないんだ! 殺されるぞ!」


 取り巻きたちが何やら警告してきた。

 麻里奈たちも「やめて」だ何だと叫んでいる。

 皆は俺がボコボコにされると信じて疑っていなかった。


「学校じゃない……か。それもそうだな」


 なら遠慮なく暴れられる。

 俺は学生鞄を地面に置いて拳を構えた。


「この野郎ォ!」


 兵藤が右フックを繰り出す。

 一目で立ち技系の格闘技経験がないと分かる大振りだ。

 俺が身長172cmの細マッチョだから油断したのだろう。


「ふん」


 俺は上体を屈めてフックを回避。

 さらにカウンターの右アッパーで奴の顎を打ち抜く。


「んが……!」


 兵藤の巨体が浮き上がり、背中から派手に倒れた。

 大の字の状態で失神している。


「「「兵藤!」」」


 取り巻きたちが駆け寄る。

 兵藤は白目を剥いたまま動かなかった。


「あれだけ完璧に捉えたんだ。どんな奴だってそうなる」


 俺はカバンを肩に掛けた。


「すご……! 海斗、あんた喧嘩も強いの!?」


 千夏が目をギョッとさせている。


「別に強いとは思わないが、舐め腐った素人には負けないだろう」


「てことは格闘技経験者!?」


 俺は「いや」と首を振った。


「こちとら昔からクマやイノシシと戦ってきたんだ。ルール無用の喧嘩ならそう易々とは負けないよ。それに相手は油断していたからね」


 猛獣との近接戦ではカウンターが基本戦術になる。

 先ほどの戦いでは、日頃の訓練が見事に活かされていた。


「それよりも……」


 俺は洞窟に目を向けた。

 高さは2メートル程しかなく、奥に向かって下り勾配になっている。

 入口を発見しなければ、そこに洞窟があるとは分からないだろう。

 麻里奈たちによると中はかなりの広さで、コウモリ等の洞穴生物がいない。

 理想的な環境だ。


「お前らはここの洞窟を根城にする予定なのか?」


 取り巻きに尋ねると、ビビりながら「そうだ」と答えた。


「ふむ」


 振り返って麻里奈たちを見る。


「残念ながら先客がいたので俺は川に戻る。四人はここで過ごすといい」


「え? それどういうこと?」


 麻里奈の眉間に皺が寄る。


「俺がここに残っても迷惑をかけるだけだ」


「そうだけどさ……」


「あの洞窟なら夜も安心して過ごせるだろうし、麻里奈たちはあそこで寝泊まりしたほうがいい」


「ちょい待って! なんで海斗が去るのよ? 洞窟で目を覚ましたのは私らなんだから、どっか行くならそれは後から来た兵藤たちじゃないの?」


 これは千夏の意見だ。

 明日花や吉乃が小さく頷いた。


「そうかもしれないが、奴等はサバイバル能力がなさそうだからな。俺なら即席で簡単なシェルターを作れる。俺が譲歩してやることで、全員にとっていい結果になるだろう」


「海斗君、優しい……!」


「そんなわけで、だ」


 俺はカバンからピストル型のライターを取り出した。

 それを麻里奈に渡し、川に向かって歩き出す。


「そいつがあれば火熾しに困ることもないだろう――じゃあな」


「待って! 私も行く!」


 麻里奈が駆け寄ってきた。

 千夏や明日花、吉乃も一緒だ。


「俺についてきたら過酷な環境で過ごすことになりかねないぞ」


「それでもいいよ!」


 即答する麻里奈。


「私も海斗君と一緒がいい! すっごく頼りになるし!」


「冴島パワーでなんとかしてくれるんだろー? 逃がさないぞー!」


 千夏が後ろから抱きついてきた。

 フェロモンのイイ香りと大きな胸の弾力を感じる。


「兵藤のグループにいると身の危険を感じそうだしね」と吉乃。


 彼女の言う身の危険とは性被害のことだろう。

 こういう環境だと、兵藤たちが暴走するかもしれない。

 男子高校生の性欲がヤバいことは身をもって理解している。


「分かった。選ばれた以上は頑張らないとな」


 兵藤との喧嘩が尾を引かないことを祈りつつ、俺たちは川に戻るのだった。

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