004 移動

 野ウサギの肉を皆で食べることにした。

 きりもみ式の火熾しで焚き火をこしらえ、ガンガンに熱した石で焼く。

 油を敷いていないので、焼けた肉が石に焦げ付いていた。

 それもまた良し。


「「「「「いただきます!」」」」」


 四方から焚き火を囲み、焼き上がった肉を箸で摘まんでいく。

 幸いなことに、適当な枝で即席の箸を作る必要はなかった。


 全員のカバンに入っていたからだ。

 カバンの中身は学校にいた時と変わらないようだった。

 故に空の弁当箱もある。


「海斗の原始人ファイヤーが役に立つとはなぁ!」


 薄くスライスしたウサギの肉を頬張る千夏。

 フーフーしてから口に含んだのにハフハフしていた。


「火熾しの道具がカバンに入っていて良かったよねー」


 明日花も肉を食べるが、あまり美味しくなさそうだ。

 何の味付けもしていないせいだろう。

 個人的には野ウサギならではの匂いと甘味がいい感じ。


「私だけ働かなくてごめんね」


 麻里奈は俺たちに向かって頭をペコペコ。

 明日花や吉乃と話したことで立ち直れたようだ。


「働かざる者食うべからず! 麻里奈にはこれからビシバシ働いてもらうからねー!」


「とかなんとか言っているけど、千夏だって石を何個か拾ってきただけだよね? ウサギの解体は海斗が済ませたわけだし」


「ぐっ……! 吉乃、あんたはチクチクと小姑こじゆうとみたいだな!」


 吉乃は微かに口角を上げた。


「あえて黙っていたが、俺は麻里奈の反応が普通だと思うぜ」


「私の反応って?」


「絶望して『もう嫌だぁ』って塞ぎ込む感じの」


「そう? なんで?」


 女性陣の視線が俺に集まる。


「だって目が覚めたら謎の大自然に放り出されていて、救助を呼ぶこともできないときた。さらにはとんでもないサイズのジャガーがいて、目の前で女子が流されていったんだぜ? あの女子、どう考えても溺死を免れないし」


 絶望の欲張りセットと言っても過言ではない状況だ。

 そう考えたら、麻里奈以外の三人は尋常ならざる精神力である。


「女って現実主義だからね」


 吉乃が言うと、他の三人が「だねー」と頷いた。

 強い奴等だ。


「そういえばあの流された子、三年じゃなかったよね?」


 これは明日花の発言だ。


「たぶん! 知らない顔だったし!」と麻里奈。


「他にもたくさんいそうだよね、目が覚めたらここにいたって人」


 吉乃は新たな生肉を焼いた。

 焼き上がった瞬間、「もーらい!」と千夏が奪っていく。


「今は自分たちのことだけ考えよう。誰が異世界に転移したとか気にしても始まらない」


 俺が言うと、女性陣の耳がピクピクと動いた。


「異世界に転移? ここが異世界ってこと?」


 吉乃が尋ねてくる。


「俺はそう思っているけど」


「異世界って……。アニメや漫画じゃないんだから」


 と笑う麻里奈。


「海斗君ってオタクっぽいところあるんだー!」


 明日花も信じていない。


「真面目な話、どうして異世界だと思ったの?」


 吉乃は真剣な顔で俺を見る。


「植生が滅茶苦茶だからなぁ。動物の生態系もなんだかおかしいし、それに地球じゃ存在しない大きさのジャガーもいた」


「それで異世界と思ったわけね」


「あと目が覚めたら謎の大自然に放り出されていたから転移したのかなって」


「なんかそんな風に言われると異世界に転移したっぽい気がする!」


 麻里奈の言葉に、明日花も「たしかに……」と神妙な面持ち。


「ま、なんだっていいっしょ!」


 千夏は手を叩いて話をまとめた。

 それからもっと現実的なことを質問してくる。


「でさ、これからどうするのさ?」


「ひとまず住居の確保だな。皆が目覚めたという洞窟に行こう。雲の様子が怪しいし、もしかしたら雨が降るかもしれない。雨風を凌げる場所が必要だ」


「それは結構だけど、洞窟のはっきりした場所は覚えていないよ」


 千夏以外の三人が「私も」と続く。


「その点は気にしなくていいよ。足跡を辿るから」


「足跡ぉ?」


「俺は人間観察以上に足跡観察が得意だからね。足跡を見ればどんな生き物がどのくらい前に通ったのか分かる。歩いていたのか走っていたのかまで正確にな」


「すご! てかキモ!」


「キモって言うんじゃねぇ」


「いやでもキモいっしょ! ていうかエグ!」


 千夏の言い方から察するに「キモ」や「エグ」は褒め言葉だ。

 それでも、俺は「やれやれ」と苦笑いを浮かべた。


「腹ごしらえも済んだし、さっそく洞窟に向かいますかぁ!」


 千夏は立ち上がってジャケットを脱いだ。

 丁寧に畳む素振りを見せた後、クチャクチャに丸めてカバンに放り込む。

 彼女のカバンはスカスカなのであっさり入った。


「その前に川の水を汲ませてくれ。こうも蒸し暑いと水分補給はこまめにしておきたい」


 俺は浄水フィルター付きのボトルを取り出した。

 サバイバル道具の一つだ。

 複数あるので、その全てを川の水で満たしておいた。

 女性陣も水筒やマグボトルに水を補充する。


「準備はいいか?」


「オウイエー!」


 右手を挙げる千夏。

 他の三人も「OK!」と元気よく答えた。


「よし、出発だ」


 焚き火を消して洞窟に向かった。


 ◇


 俺と違い、千夏たちは気配を殺して動けない。

 足跡を意識して移動するなどもってのほかだ。

 当然、地面にはくっきりべったりと足跡が残っていた。


「なぁ千夏」


「ん?」


「なんでここでダンスしたんだ?」


 地面の足跡を指す。


「ダンス? そんなのしたっけ?」


 首を傾げる千夏。

 一方、他の三人はよく覚えていた。

 麻里奈が「したよ」と答え、詳細を話す。


「ここで変な鳥と遭遇して踊ったじゃん」


「フラミンゴと誤解してフラダンスを始めたんだよね」


 明日花が笑いながら言った。


「あー! あのダチョウみたいな鳥かぁ! いたなぁ!」


 なるほど、実に千夏らしい理由だ。

 フラミンゴと誤解したはずなのに、今では「ダチョウみたい」と言っている。


 俺は小さく笑ってから、彼女らの遭遇した鳥について解説した。


「その鳥はエミューだな」


「「「「エミュー?」」」」


 女性陣は誰も知らないようだ。


「ヒクイドリの一種で、オーストラリアでは有名だ。日本でもペットとして飼われていたり、家畜として畜産業者に育てられていたりするよ」


「へぇ! じゃあ美味しいんだあの鳥!」


「脂質が少なくてあっさりしている。ダチョウなんかもそうだけど、低カロリーで高たんぱくだからダイエット食に向いているんだ」


「めっちゃいいじゃん! 今度見つけたら食べよう!」


「その前に捌くための環境を整えないとな」


 さすがに手の平サイズの石包丁だけでは辛い。

 せめてもう一回り大きめの石包丁が欲しいところだ。

 サバイバルナイフがあれば……と思ってしまう。


「話を変えて悪いけど、ここって虫が全然いないよね」


 移動を再開してすぐに吉乃が言った。


「それは俺も気になっていたんだ」


「虫なんかいないほうがいいじゃん!」と千夏。


「本当にその通りだよ。こういう環境で一番怖いのは蚊なんだけど、その蚊が全くいないからありがたい」


「地球だとこれだけの大自然に蚊がいないなんてことはあり得ないよね」


 吉乃の言葉に女性陣が頷いている。

 だが、俺は「いや」と首を振った。


「虫がいない森も存在しているよ」


「そうなの?」


「富士の樹海とも呼ばれる青木ヶ原樹海なんかは虫が全くいないぜ」


「「「「へぇ」」」」


 そんな話をしていると、少し離れた地面からモグラが顔を出した。

 虫を食う動物の典型とも言える存在だ。


(虫がいないのに虫を主食とする動物はちらほらいるんだよな)


 この森は何かと不思議に満ちている。

 女性陣は気づいていないが、動物の種類が異常に多いのもその一つだ。

 例えば、すぐ傍の木ではナマケモノが逆さにぶら下がっていた。


「たぶんもうすぐ洞窟に着くと思う!」


 麻里奈が言う。

 その言葉通り、数分もしない内に到着した。


「お! 麻里奈じゃねーか! お前らもいたのか!」


 驚いたことに、洞窟には人がいた。

 しかも、1人ではなく20人ほど。


 グループを仕切っているのは、今しがた声を上げた男。

 身長195cm、体重100kg、高校生離れした筋骨隆々の俺様野郎。

 炎を連想させるオレンジの短髪が特徴的な暴君・兵藤倫也ひようどうりんやだ。


 今、最も会いたくない人物である。

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