第32話 魔法の才
「エルル、あんたこれ……本当にこの状態で転移させたの? 並べ直したんじゃなくて?」
「ほ、本当ですナナル様。嘘なんてそんな」
「そうなんだ? ふーん、まあ私もこれぐらいできるけど。できるけどね! ていうか、ちょっとそこでやって見せなさいよ!」
誰だ、このコテコテの意地っ張りの子供は。
知っている。ナナルだ。
だが、彼女はこんなに……扱いづらい感じの子だっただろうか。
この馬鹿な騒ぎは、広場にみっちりと並んだ段ボールを見せた時から始まった。
富士川から転移してきたエルルとナナルに早速仕事をしてもらおうと、荷物を集めた広場に連れて行ったのだ。
そこには、以前エルルが青果市場から転移させた大量の野菜入り段ボールが、寸分の狂いなくキチッと整列していた。
綺麗に並べるのも大変そうですね、と言ったナナルに、魔法で転移させた時に最初から綺麗に並んでいたけど、普通じゃないの? と言ったのが引き金を引いてしまったらしい。
その点は私の反省かもしれないが、それにしても彼女の意地の張り方は相当だ。
エリートならではの悩み――血筋から来る期待や、自分でイメージしている自分の姿と現実とのギャップとか、そんなところだろうか。
一応理解はできるけれども、しかし困った性質ではある。
集団戦で邪魔にならないかな?
そんな不安がかすかにチラつく。
「ナナル。僕は魔法も魔導師もよく知らないけどさ、
「でも総監殿、これは魔導師の誇りの問題で」
「ナキアからは兵站総監の指示に従えって言われてるはずだけど、違うのかな?」
ふいっと目を背ける彼女が、今何を思っているのか。
正確にはわからないけど、格下だと思っていた相手の綺麗な仕事に驚いて、ムキになっているとか、そんなところだろう。
彼女は十五、六歳かそこら。
自分で折り合いつけて頑張れっていっても、無理だよなぁ……かといって、魔法は高度な集中力を要するもの。
私が怒鳴りつけても気持ちを乱すだけで、よくなさそうだ。
しかし、困った。
諭すってどうやるんだ?
他人を諭したことなんてないぞ。甘やかすのと区別がつかないというかなんというか、何を語るべきなんだ。
あぁ、いいやもう。
あれだ。
焚きつけよう。彼女はとにかくプライドが高いのだ。子供扱いで諭されるなんて、きっと嫌がるはずなのだ。
さあ大人を見せろ石田文明!
「ナナル。一流の仕事は語るものじゃなくて、見せるもの、語られるものだ。ナキアはいつも、自分の凄さを自分で語るかい?」
彼女は目を伏せたままだが、体はこちらを向いているし、張っていた肩も落ちている。
これは話を聞いているぞ。
「さっきも言ったけど、僕は魔導師のことはよくわからないからね、君の血筋も歳もどうでもいいんだよ。ただ、優秀だとは聞いている。君の仕事を見せてくれるかい?」
「わ、わかりました……ごめんなさい」
転移魔法は実に便利だが、あれで転移させられるのはどんな気持ちなんだろうか。
考えたくもない。
だってなんか、怖いじゃないか。
なら考えなければいいのだろうが、そうもいかない。なんせ今、私が魔法で運ばれようとしているのだから。
エルルとともに荷物をすべて送り終えたナナルが、転移魔法で戻ると言った。
それは別にいいのだけども、なんと彼女が総監殿もどうぞ一緒に! と言い出したのだ。
眼の前で可愛らしい女の子がニコニコしながらどうぞ! さあ! と言っているわけだが、あれは本当に安全なのか。
私は覚えているぞ、むらくも作戦の終わり、魔力を使い果たした魔導師達が危ないからという理由でヘリで移動していたのを。
今の彼女達だって、それなりの仕事をした後なんじゃないのか。
「総監殿! どうされましたか? どうぞ!」
そういう彼女の足元には、いわゆる魔法陣というやつか、文字がびっしりと書き込まれたような大きな円が光っている。
よくマンガで見るやつみたいな図形はなく、ひたすら文字。それは、彼女達の魔法が言葉で気を制御するものだからだろうか。
ああ、嫌だ。
嫌だなぁ。
ナキアが言うには転移魔法は結界術の一種に分類されていて、結界術は特定の空間に対して持続的に魔力を働かせ続ける高度な技術で、そのコップの水とかあの岩みたいな具体的な対象がない分難しくて、集中力も必要で、つまりは失敗のリスクがあるわけで……怖い!
やだっ! 怖いっ!
「ぼ、僕はほら、竜で行こうかな。輸送隊のみんなともっとこうさ、コミュニケーションをね」
「え? そんな……総監殿、私の魔法陣はお嫌ですか? やっぱり叔母様みたいな一流でないとダメってことですか?」
「あ、いや、そうじゃないんだけどね」
「私だって、一応それなりには研鑽を積んでるんです。不安はありませんよ?」
「君が優秀なのは知ってるんだけどね、もっとこう、やっぱり輸送隊のみんなと多くの時間を過ごさないとね」
「総監殿」
転移させられたくない一心で言い訳中の私に声をかけるのは、段列総長のドゥズ。私の可愛い部下である。
さては、竜の用意が出来ました! 早速参りましょう! とか言いに来たに違いない。
「ドゥズ! 早速行こうか」
「なんで入ってあげないんですかっ!」
「えっ」
「我々はナナル様が小さい頃から、もう、子供の頃から本当にたくさんの努力を積み重ねているのを見ています! 高貴なる血を引く身……その重みを十分に理解し、他の優れた魔導師と自分を比べて……」
「ドゥズ! 恥ずかしいからやめさない!」
「やめません!」
頬を赤くして叫ぶナナル。
制止を振り切るドゥズ。
なんだこれは。
「とにかく! もう、この、泣き腫らした目で頑張るナナル様を見続けた身としては、総監殿にはぜひ! 魔法陣に入って頂きたい!」
「いやどういう関係?」
「実はですね、魔導師の訓練場は輸送隊の兵営の近くなんですよ。それでまあ、よく遅くまで泣きながら頑張られていたナナル様に、余った食材でお菓子やジュースを作って差し上げたり」
「やめなさい!」
「娯楽も厳しく躾けられていましたから、まあその……下々の間で流行りの、少しばかり下品な本を読ませて差し上げたり」
「やめ、やめてよバカぁ」
「とにかく、ナナル様は輸送隊みんなでお支えしていたのです! さあ総監殿、魔法陣に!」
「わかったよもう、入るよもう。怖いなぁ」
嫌々、本当に嫌々なのだが仕方がない。
ここで怖いから嫌だと言い続けたら、後で何を言われるかわかったものじゃない。
魔法陣の縁をまたぐと、全身にヒヤリとした感覚が走る。実際ナキアの魔法は私に働きかけてブルム語を押し込んでるわけだから、扱えなくてもこうやって感じるんだな。
機嫌を直したナナルが私の方を向いて、行きますよ! と声をかけた。
覚悟を決めて……と考えている内に世界がぐるりと回り、お尻のあたりがひゅっとした。
次の瞬間、城で石垣に囲まれていたはずの私の視界には、芝生の地面と無数のテントが映る。
「おうフミアキ! 調子はどうだ!」
聞き慣れた声の後に目に入るのは、黒髪と白銀の鎧。休憩でも取っていたのか、手には例の果物入りパンを持っている。
「まあまあ、かな」
「結構だ。早速で悪いが通訳を頼む。お前らの軍の連中がさっきからそこで待っていてな」
琥珀色の瞳が向いた先には、確かに自衛隊の人間、それも迷彩柄の戦闘服だけでなく、いわゆる制服を着た指揮官達もいて、持ち運び式の机に地図を広げて議論を交わしていた。
なるほど、これはさっさと作戦会議に加わった方が良さそうだ。彼らも最強の槍を束ねるイシュタルと、早く話がしたいだろう。
早速彼女を指揮官達のもとに連れていき、まずはそれぞれの持つ武器の特性や、魔法とはいかなるものか、魔族とは何かといった、基本的な情報を交換した。
前にサムサンバルの製法について話した時は途中から役に立たなくなったけど、イシュタルの口から出る言葉は竜だの弓だのだし、陸自側の言葉も爆発で弾を撃ち出す筒とか、そういう言い換えができるから楽だった。
お互いに基本的な用語を理解したところで、話は具体的な作戦へと移っていく。
「さてジェータイの諸君。まず敵の位置を探る必要がある。停戦終了の通知はまだないようだが、連中は間違いなく奇襲をかけてくる。連中が人間と約束をするのは、例外なく奇襲のためだ」
私が伝えた彼女の言葉に対して、金モール付きの黒っぽい制服を着た尾山陸将――ニシニシ君や多田陸曹が所属する第一師団のトップは、何枚もの紙の資料を机に広げた。
それは日本の各地を遥か上空、いや、宇宙から見下ろして撮影した物。
米軍から提供された衛星写真だった。
「これは宇宙……雲よりも遥かに高い場所から撮影した写真です。殿下の仰る通り敵はすでに移動していて、三日以内にここに来ます」
「なんと! 何だこれは、凄いな! 三日以内というのは、ヒメジから現在地に来るまでの速度から計算したのか?」
「そうです」
「ならば明日来ると思え。進軍速度を遅く見せかけるのは、連中の芸の一つだ。奴らは自分達を遅く、弱く見せて敵を誘い込み、囲み、殺す」
「随分と……戦い慣れてますな」
「その通り、竜王ウシュムガルは兵を率いる才がある。我々の世界の大地の民はな、一対一では魔族に分があっても、集団戦では人間の軍が負けるはずがないと思い込んでいた。そして敵を軽く見て、死んでいった」
陸自の将校達の間に一種の戸惑い、意外だというような空気が流れる。
無理もない。我々こちらの世界の人間は、大地の民と同じ思い込み――人間程に巨大な組織を円滑に動かす生き物はいない、そういう考えに浸っているのだ。
創作物に登場する化け物の類は、個体の戦闘力を頼みにする者ばかり。
人は、どうしたって思い込みに縛られる。
「作戦を立てるにあたって、敵が戦術にどうやって魔法を組み込むかを説明する必要がある。今筆頭魔導師を呼ぶから、少し待って頂きたい。その上で、まずは私の素案をお話しよう」
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