第30話 小休止:返礼品

「ぁ゙! ゔづぐじぃ! じゅごいっ!」

 奇声とともにフラッシュが焚かれ、バシバシと写真が撮られる。ぶっとんだ声を上げている男はカメラマンで、まだ若いが、人物写真の世界では有名らしい。

 被写体は、天守をバックにして地面に剣を突き立て、右手を柄に乗せ、左手は腰に当てて余裕の笑みを見せるイシュタル。

 さっきは普段着で何ポーズも撮っていたが、今度は白銀の鎧バージョンだ。

 琥珀色の瞳は凛々しく、サラサラとした黒髪が兜からこぼれ、風になびいている。

「フミアキよ。この気色の悪い男、さっきからなんて言ってるんだ」

「まあ、その……この上なく美しいお方だ、ぐらいに思ってくれれば」

「そうか! まぁ、そうだろうな。当然だ」

 眼前の男の反応がお気に召したのか、第一王女殿下は尊大なお顔立ちでニヤリと笑う。

「ぁ゙ぅ゙ァ゙ッ! ごぉんなに゙ぃ゙ぃ゙顔できる人ぃ゙ばぜんよ! ぃ゙やっば本物の王族ってじゅごいっ!」 

 さすがに、少しうるさいな。

 あと気持ち悪い。

 立ち会っている前田さんも、とんでもない物を見るような目つきをしている。

 というか、そろそろイシュタルを開放してやらないと、作戦スケジュールが遅れてしまう。

 一応、これも作戦の内ではあるけども……

 この奇妙な撮影会で撮った写真は、今回の東方キャンペーン支援に対する返礼品として、盛大に活用される。

 まずはデータ配信。戦いが終わった後は、写真集、カレンダー、ポスター、アクリルスタンド、クリアファイル、その他何種類もの返礼グッズに生まれ変わる。

 つまり、戦費と復興資金を得るための、超重要な作戦なのだ。公平を期して、すでに募金に協力してくれた人には種類を限って無償で提供されるから、炎上対策もバッチリだ。

 それ以上の返礼品は、ドラゴンナイトクラウドファンディングと、ドラゴン応援キャンペーンへの参加で得られる。

 イシュタル率いる本隊が富士川に向けて出発する前に、その写真を急いで撮ろうとなったのだ。

「石田さん! 今度はこう、あちらの白い龍とくつろいでる感じでお願いしますっ!」

「わかりました! 申し訳ないんですけど、殿下の方はもう十分ぐらいで」

「えぇっ!? ま、まぁ、仕方ないですね、国が滅んでは……あー、あぁ~」

「第二弾があったらまた呼びますから」

「淡い期待は罪ですよぉ」

「イシュタル! 君の竜とくつろぐ様子を!」

 残念そうなカメラマンは脇において、イシュタルに彼の要望を伝える。

 彼女が銀色の小さい笛を吹くと――この瞬間も逃さずにフラッシュが焚かれ――ペスだったか、白銀の鱗の竜が翼を揺らしてのっしのっしと歩いてくる。

 これもまた、凄い枚数が撮られる。

 そして、彼女はペスの顔を優しくなでてやり、ペスは目を閉じて頭を下げた後、満足そうに尻尾をゆらゆらと揺らす。

 意外と……可愛げがあるな。

 猛然と焚かれるフラッシュを気にも留めず、ペスはお座りのポーズを取り、イシュタルは横座りになって頭を竜の首に預け、手を伸ばしてその頭を撫でてやる。

 表情は、まさにリラックスした休日そのもの。

「んあぁ〜〜〜戦士ッ! 戦士の休息ッ! ひーめーさーまー!!」

「はい! イシュタル殿下お時間でーす!」




「アッハッハッ、いい眺めね!」

 天守五階に置かれた木製の椅子に座るのは、紫のローブに身を包んだ栄えある筆頭魔導師にして魔導師長、凍てつく雷光のナキア様。

 かさ上げの台を設置し、その上に椅子を置いているから、それなりに目線は高い。撮影者を見下ろすその表情は、傲慢で、尊大で、余裕たっぷりの女王様そのもの。

 支配者然として足を組んで座る彼女。

 それを撮る写真家は、まるで跪くようにしてカメラを構える。

 彼の美的センスかちょっとした嗜好か、何がそうさせたのかは知らないが、ナキアは裸足ではなく、ギリシャ神話の女神が履きそうな編みサンダルを履いている。

 彼女が普段履いてる物で高いヒールはないが、こうしてみると、なんだか偉そうだ。

「いいっ! いいっ! 圧倒的、圧倒的な力と美……もっと跪きたい!」

「んふふ。なんて言ってるかわからないけど、何を言いたいかわかるわぁ」

「あぁ〜〜ミューズ! ミューズ! ミューズが語りかけてくださっている!」

「はいお時間!」




「あ、ふっ、ヒュゥ……綺麗だ……」

 天守五階では、ナキアに続いてナナルがカメラを向けられていた。ペルシャ絨毯の上で黒いローブを着て、足を崩してちょこんと座っている。

 可愛らしいことこの上ないが、表情はガチガチに固まっていて、さっきからカメラマンの顔をチラ見している。

 というのもこのカメラマン、やけに静かで、なにやら不気味な雰囲気が出てしまっているのだ。

 ナナルが戸惑いを隠せないのも、無理はない。

「あの、黙って鼻息を荒げてカメラを構えるのは、ちょっと、異世界の女性から見ても抵抗が」

「ああすいません。もちろん普段は平気なんですけどね。いや、こう、気持ち悪がられたくないんですけど、緊張しちゃって、もう本当、どうしたらいいか……」

 あ、悲しいけどちょっとわかる。

 わかるがこれは、なんかナナルが可哀想だし、このカメラマンだって悪意は一切無いのにこの感じでは、後味が悪かろう。

「そ、そーかん殿、どうすれば」

「うーんとね、ちょっと、笑えたりする? 愛想笑いでいいから!」

 試しにそう言ってみると、ナナルは意を決したようにスッと息を吸い、ついにニッコリと笑ってくれた。

 だが、まだ固い。

「今の感じ、イシュタルにちょっと似てるね!」

「殿下に? 本当ですか? どの辺ですか?」

「目元のスッキリしてるのと、鼻筋がスッと通ってる辺りが特に」

「えぇ〜?」

 やや照れる顔。

 焚かれるフラッシュ。

 漏れる鼻息。

「この間自分で言ってたでしょ! 約束された美しさ!」

「やだそんな、馬鹿みたいな、恥ずかしい」

 はにかむ笑顔!

 猛然と焚かれるフラッシュ!

 うるさい鼻息!

「ここで! これ! これ持って笑って!」

 段取りの通り、色とりどりの秋の花束を彼女に手渡す。

 撮影慣れしてきたのか、それとも、鮮やかな花が自信を持たせたのか。さっきまでぎこちなかった笑顔が、ついに弾ける。

「あぁ〜〜〜〜!」

「お時間!」




「やだやだ、何? えーやだーもーやだー、格好いい! 格好いいよおじいちゃん!!」

 天守を出て、城門の前。

 いぶし銀の鎧兜に槍を持ったアダプを見て素っ頓狂な声を上げるのは、前田さんである。

「軍団長! 歴戦の勇士!」

「おじいちゃぁぁぁん!」

 カメラマンと前田さんの声が重なり、物凄いボリュームになる。

 アダプはご機嫌そのもので、いつもは半開きの目をくわっと開き、勢いよく槍を突いて見せた。

「ぎゃあ! おじいちゃん! もっかい!」

「横から! 横から!」

 アダプは日本語なんて一言もわからないはずだけども、前田さんの熱烈な拍手とカメラマンのジェスチャーで察したのか、横を向いてもう一度槍を突き出した。

「ぁ゙ー!」

「おおおおお!」

 二人はいよいよ盛り上がり、私は軽い頭痛を覚える。はっきり言ってうるさいけども、せっかくアダプもノッているのに、水を差すわけにもいかない。

 セッティングの手伝い、通訳、写真という概念と撮影意図の説明、不適切な撮影の抑止、タイムマネジメント。

 それなりに苦労したし、たくさん売れてくれるといいなぁ……

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