第26話 東方キャンペーン!
「石田さん? できたっ! できたんですっ! できたんですよ! うおーー!」
むらくも作戦翌日の朝。日が昇るか登らないかという時間帯。着信音で起こされて、寝ぼけながらも電話に出たらこれである。
朝っぱらから雄叫びを上げるこの男は、誰だ。
「俺は天才だーーーーっ!」
酔っ払った馬鹿みたいな大声。
それとともに、微かに聞こえる他の人の声。
室長、迷惑ですよ室長――
室長。室長?
まさか、三友金属のスーパーエリート研究者にして、ナキアの下僕の小谷さんなのか。
「あの、小谷さんでしょうか?」
「そうです! あっ、番号は秋月に聞きました。それよりそう、できたんですよサムサンバル! まだ試作ロットだけですが、ナキア様のご指導のおかげで機械的性質は同等、分子構造もほぼ一致! 量産の準備も進めてますからね。もう、もう……あぁ! 俺は天才だっ!」
雄叫びがうるさいのでスマホを耳から離してみるが、それでもうるさい。
まぁ、ナキアの指導付きとはいえ、二日程度で完成というのは異常な速さであり、偉業と言ってもいい。叫びたくなるのもわかる。
わかるが、うるさい。
「なんだフミアキ、騒がしいな」
スマホ越しの叫び声で起きたのか、イシュタルが半身を起こす。
「ちょっと、製鉄所の技術者と話してて。サムサンバルが完成して、これから量産だって」
おぉ早いな、と驚きの声を上げたイシュタルは、完全に起き上がり、部屋の隅に置かれていた紙の束を拾い上げる。
あれには確か……部隊編成が書かれていた。
「まずは矢が優先だな。弓兵は三千人いるが、すぐ矢に加工できるのか?」
「回答待ちだけど、矢の工房にお願いしてるよ」
剣と矢に使うと事前に聞いていたから、小谷さんにサムサンバルの製造を依頼するのと同時に、刀剣や矢を作れる企業を探してはいたのだ。
矢の部品をざっくりと分ければ、先端の矢じり、長い棒状の本体部分と、矢羽根がある。
ブルムの兵にも矢を作れる者はいるというから、適切な竹か木があれば、本体はなんとかなるかもしれない。
しかし、矢羽根はそこら辺で手に入る物ではないし、矢じりに至ってはどうしようもない。
矢じりは
その
これじゃ矢が作れないぞ! などと思ってしまったが、その時の私は、とんでもないことを見落としていたのである。
矢はスポーツ用品のメーカーだけが作る物ではなく、日本各地に矢師がいる、ということを。
大メーカーに気を取られて職人の存在を忘れるとは、恥ずかしい限りだ。
「そうか、矢の補充がないとマズかったが、さすがだな。後は、そろそろ歩兵達も集まってくるから、その受け入れも頼むぞ」
「わかった」
「悪いがもう少し寝ている。お前も少しまとまった時間があったら、昼寝でもしておけ」
イシュタルはそれだけ言って眠ってしまったが、私の頭はすっかり起きてしまった。
サムサンバルが、来る。
小谷さんの電話は、叫び声とサムサンバルの量の確認で終わった。
次は、矢師や鍛冶師に詳細を報せなければ。
事前の連絡に使っていたアドレスに宛ててメールを打っていると、前田さんからチャットがきて、今すぐに城に行って問題ないかという。
大丈夫ですよと送れば、石田さんとブルムのお二人のおにぎり持ってきますと返信。兵のことを思えば少し心苦しいけど、ちょっとばかりイモに飽きてきたからありがたい。
安い物だが、緑茶の準備をしておこう。
「日米両国で竜王軍に対処する方針が立案されました。米国政府はこれを、
「じゃあ、ある程度大きな作戦は立てられたってことですか?」
「そうです。イージス、トライデント、ヘパイストス、ジークフリートの四大作戦を基軸に展開されます」
女神アテナイの盾、海神ポセイドンの三又槍、鍛冶の神に竜殺しの英雄。どれも作戦の内容に関連してるのだろうけど――
「なんか、いきなり洋風ですね」
「はい。まあ、早い話が興味を引き、少しでも支援疲れを遅らせる工夫です。超日本的なネーミングは理解もできないし、覚えにくいです」
前田さんはそう言いながらおにぎりをテーブルに並べ、三個ずつに分けていく。
「なるほど! 支援は欧米主体なんですか?」
ツナマヨネーズ、タラコ、鶏五目。
つまり魚肉、魚卵、鶏肉、鶏卵に根菜であり、すべて加熱済み。王道を攻めつつ、外国人が受け入れにくい可能性のある梅干しや生物を避けた、巧みなチョイス。
これが外務省の力か。
「支援の主体は米国ですが、偵察やシーレーンの確保には韓国海軍、オーストラリア海軍も加わりますし、EU加盟国も重要な供給源です。ASEANから米も買います。そして、物流においては中国の強力な支援がいります。なんといっても、港と船と物がありますから」
「アジア内の連携もかなりあるんですね。なんか、追加で現地名とか付けたりするんですか」
「そうですね……現地名を付けすぎると、他の国の神経を逆なですることもありますからね。シンガポールで英語が便利なのと同じですよ。シンガポールを構成する中国系、マレー系、インド系の誰にとっても母語じゃないので」
欧米圏では理解のしやすい名前。東洋では日本語よりは馴染みがあり、誰からも等しく遠くて反感を持たない名前、か。
よく考えたものだ。
視界の端に映るブルムの二人は、知らぬ言葉で交わされる会話に耳を傾けつつコンビニおにぎりを手に取り、袋をつまみ、手が止まった――
彼女らは助けを求めるかに見えたが、ナキアは目ざとく矢印が描かれた引っ張る所を見つけ、指先で摘んだ。
二人とも、まさに矢を使っている国の生まれ。
矢は矢じりの方向に進む物。
矢印とは、なんて普遍的なシンボルなんだ!
さて、ここで声をかけるべきか否か。
ナキアはまさに外のフィルムを取り去らんとしており、不要な手助けはかえって無礼。気付けば前田さんイシュタルも、固唾を飲んでそれを見守っている。
細く長い指がしなやかな、しかし確固とした決意とともに矢印のぴろぴろを下に引き、残るは左右それぞれの三角形。
彼女はアラビア数字を読めないはずだが、奇跡か、あるいは偶然か、それとも高度な知性が答えを導いたのか、二番目、三番目と、正しくフィルムを剥がしていく。
そして、黒い海苔がその姿をあらわにする。
「ねえフミアキ、この黒いのは……」
「食べられるよ。こう、折りたたんで、巻きつけるんだ」
「この白いのは?」
「米っていう穀物。この国の主食だよ。それの中には、焼いた魚の卵が入ってる」
「へぇ、面白いのね」
そう言って少しの間黒い海苔をまとったおにぎりを眺めると、三角形の頂点にかぶりつく。
少し驚いた顔。
目を閉じ、嚙み、飲み込む。
その様子をじっと見るイシュタル。
喋ることなく食べ終わり、黙ってツナマヨに手を伸ばす筆頭魔導師。
「待てナキア。美味いのか」
「はい殿下。味、香り、食感。どれを取っても申し分ありません」
臣下の恭しい報告に、殿下はそうか、とだけ返して自らのおにぎりを手に取った。
「フミアキ、これの中身は何だ?」
「魚の肉とマヨネーズ、うーんとね、卵と酢と油と塩を混ぜた調味料」
「ほう? よくわからんが美味そうだ」
武芸への打ち込みぶりを想像させる手、マメや傷がありながらもなお美しいその指が、一番、二番、三番と、順番に矢印を引いていく。
そして今、フィルムを左右に――
「くっ、殺せ!」
白亜の米粒を包むべき黒き焼き海苔は、無慈悲に、ただ無慈悲に引き裂かれ、剥ぎ取られたフィルムに取り残されたその断片が憐れみを請う。
悲しみを誘う光景に臣下達も言葉を失い、醜態を恥じる戦姫の声は、ただ壁に吸い込まれるのを待つだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます