第25話 煮た者同士-Ⅱ-
「ドゥズ。率直な意見が欲しいんだけど、甘く煮た豆ってどう思う?」
「美味しいですよ総監殿。ブルムにもあります。大地の民からは嫌われますが」
恐る恐る質問したのに、即答である。
本丸広場のテントの中、私は輸送隊長達と共に、温かい白玉ぜんざいを貪っていた。
「え、そうなの。あるんだ。で、やっぱり嫌われてるんだ」
「はい総監殿。我々のは緑色ですけどね。マトゥクタブ、甘くて美味しい物と呼んでいます。大地の民は、豆を甘くするなんて気持ち悪いと」
「美味しいのにねぇ。緑茶は口に合ったかな?」
「はい総監殿。初めて飲む味ですが、甘みと広がりがあって美味しいです」
この総監殿というのはどうも慣れないが、決め事なら仕方ない。
あまり規律を緩めると、イシュタルがいい顔をしないだろうなぁ、と想像がつくからだ。
談笑しながらあんこと緑茶のループをキメていると、テントの入口に誰か立ったのか、室内が薄暗くなる。
誰かと思えば、黒い髪、白い肌、緑の目に黒いローブ。
ナナルだ。
しかし、ヘリの中とは打って変わって、やけにしおらしい顔をしている。
「あのぅ、そ、そーかんどの。お食事中にすみません。一つご相談があるのですが」
「どうしたの? ここで聞く?」
「あの、ちょっと、あちらで……」
伏し目がちに話す彼女からは、ただならぬ気配を感じる。ドゥズや他の隊長達は、私達がどきましょうかとまで言い出した。
「いやいやそれは。ナナル、良い所がある。鎧を見に行こう」
「鎧ですか?」
「そう。僕らの国の」
皆の前で話すのが嫌な内容なら、天守の辺りしかないだろう。出入りを禁じているわけではないけど、一般の兵はあまり来ない。
私と出入りするのは目立つかもしれないが、ブルムは血筋が幅を利かせる社会、ナナルなら問題ないだろう。
遠慮がちな彼女を連れて天守に入り、ゆっくりと階段を登る。五階は居室としていじってしまったが、それ以外は触っていないから、刀剣や火縄銃に食器等、様々な展示品が置かれている。
中でも見事なのは、三階に展示される鎧兜だ。
鉄板を朱、橙、緑と様々な色の紐や革で繫ぎ合わせた鎧は、ブルム人の目にも新鮮だったようで、彼女は相談事も忘れて見入っていた。
「鎧で綺麗っていったら、殿下みたいな白銀の物だとばっかり。こんなのもあるんですね」
「まあ、戦争が多かった頃のはこんな感じで、もうちょっと地味なんだけどね」
「でも素敵です。獣の革が、こんな綺麗になるなんて。そう言えば、今の兵士達は鎧を着ていませんね」
「そうだね。例えば……サムサンバルを弓矢の何倍もの速さで撃ち出す武器があって、それを皆が持っていたとしたら?」
「鎧なんか意味ないですね。身軽にして、動き回った方がいいです」
「そういうこと」
「なるほど。わぁ、これ凄いです」
彼女は特に漆塗りの鎧が気に入ったらしく、右から左からと、展示の周りをうろうろしている。
「ところで、相談事は?」
「あっ! うぅ……その、し、師長殿は、何か私のこと話してませんでしたか? 一緒におられましたよね」
「君のこと? それはどういう」
「バカとか、ダメとか……」
何かと思えば、そういうことか。ヘリの中で叱られたのを気にして、そして不安になったと。
子供か! と言いたいとこだが、残念ながら、相手は本当に子供だ。私にもそういう頃はあった気がする。
大人になると、あ、この人も職務上怒らないといけないから大変だよね、とか思ってしまっていけない――その点、彼女は素直にへこんで偉い。
「何も言ってなかったよ。むしろ、よく頑張ってるって」
「あのぅ総監殿、嘘は」
「何も言ってなかったよ」
「そうですか。うん、よかったです」
そう言って、彼女は視線を鎧に戻す。横顔から窺えるのは、固く結んだ唇と、薄赤い、少しだけ上気した頬の色。
きっと、よくはないのだろう。
悪くはない、というだけで。
「ナキアってさ、やっぱり凄いの?」
「凄いです。師長殿は……叔母様は、本当に凄いんです。例えばその翻訳魔法だって、私なら一日も持たないし、赤ちゃん言葉しか通じません」
幼児語での作戦会議。
お化けをたおちてあげないと、まんまがないないで、お腹がぐーぐーちまちゅ。はやくお化けをたおちて、ぶーぶでまんまをあげまちゅ。
むぁくもちゃくちぇん!
「嫌だな」
「それだけ凄いんですよ。魔力の量も、制御技術も。それに、魔法って操作する物の性質や構造を知らないと、効きも悪いし速度も遅いんです。叔母様は動物、植物、金属、なんでも詳しい」
「だから、認められたいんだね。それでナキアが何か言ったか気にしてたの?」
なんの気なくそう聞いてみたが、すぐには彼女の返事がなく、私の言葉は壁に吸い込まれて消えてしまった。
もしかして立ち入り過ぎか? と後悔したが、口から出た言葉はどうしようもない。
小フミアキ達がわらわら湧いて、そういうとこだぞ! と抗議してる気がする。
不安にかられつつも彼女の顔を見てみれば……顔が見えない。完全に鎧の方を向いてしまった。
「はい。そう、です。総監殿」
なんか、泣きそう?
あ、あ、どうしよう。難題だ。
仕事を離れた瞬間、そこら辺の普通の人との接し方が、よくわからなくなる。
まして異世界の十五歳ぐらいの女の子なんて、何もわかるはずがない。あ、同じ世界でもわからないか。
とりあえず優しげな、なんか優しげな何か。
あぁ、情けない程にわからない。
「ごめんねナナル、あの、嫌なことを言うつもりはなくて」
振り向いた彼女の顔に浮かぶのは、にったりとした笑み。この顔は、ナキアに似ている。
「今日はいい日です。総監殿が、とても優しいってことがわかりました」
これは、なんといおうか。とりあえず、彼女がナキアの親戚であることはよくわかった。
怒って見せた方がいいのか……いや、年下の女の子として見るとよくわからないけど――本当に、悲しいぐらいにわからないけど、他部署の若手エースだと思えば、怒るのはよくない。
多分、辛いのは本当なのだ。
「気が晴れたならよかったよ。あんこは美味しかった?」
「はい総監殿! 総監殿の国も、豆を甘く煮るんですね!」
「豆を甘く煮た者同士だ。一緒に頑張ろうね」
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