第22話 むらくも作戦-Ⅴ-
「作戦開始します! 始めてください!」
私の号令で神主達は
魔導師達は縄を握りしめ、ひたすらに何かを念じている。
その縄の辿り着く先、一人座るナキアの背中からは、何か途方もない力のような物を感じる。
魔力なんて物はわからないが、それでも何か不思議な――古い御神木や滝から感じるような、清浄で力強い何かを浴びる感覚があるのだ。
その感覚が高潮に達した時、ナキアの口から長々とした呪文が溢れた。それは大きな声ではないけども、力のこもった異質な声は、不思議と神主の祝詞や僧侶の
東京湾を移すモニターに目をやるが、これと言って変化はない。いつもと同じ波打つ海面に、いつもと違う不気味な化け物。
五分、十分、十五分。
呪文は延々と続くが、海面もまた延々と白波を立て続けている。
これは、失敗もありうるのか。
緊張とともに画面を見続けていると、海面に小さな変化が起きた。わずかだが、スポンジに玉を押し付けたように、海面が丸くへこみ始めた。
へこみはどんどん深くなり、ついには海底が覗いた。突如現れた海のへそは急激にその範囲を広げ、ついには第二海堡の周囲も水が引き始める。
異変を察知した大蛇は六枚の翼を動かして空を飛び、海のへそから逃れようとする。
だが、光の壁に阻まれ、円の外に出られない。
結界だ。
大蛇を確実に捉えるために広範囲に張った結界は、見事に役目を果たしている。
作戦の第一段階は、完了した。
「多田陸曹。結界が完成しました、第二段階を始めてください」
「了解。特殊作戦班より司令部、特殊作戦班より司令部。作戦第一段階は完了。速やかに第二段階に移行されたし。送れ」
通信後、間髪入れずに一発の砲弾が放たれ、第二海堡で爆発する。狙いが正確なことが確認され、大量の砲弾が第二海堡に撃ち込まれる。
横須賀にある防衛大のグラウンド。同じく横須賀、米海軍基地のグラウンド。そして、千葉県富津岬の海岸に配備された大砲から撃たれた物だ。
飛来した無数の榴弾――爆発し、破片を撒き散らす砲弾が生み出した煙幕が、晴れる。
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「観測班より報告。特科連隊による砲撃は、全弾目標付近に着弾。噴水による迎撃行動を確認。ただし、目標に目立った外傷は確認されず」
「第二射を急がせろ。少しでも水を吐かせる」
横須賀に設置された臨時の指揮所では、参加部隊の高級指揮官が集まり、情報の整理と前線への指示を行っていた。
砲撃を行っているのは、東部方面隊特科連隊。関東地方に駐屯し、いわゆる大砲を扱う部隊だ。
目標である大蛇は、ウォーターカッターのように高圧の水を吹き出す。
ブルム王国からこの情報を得た作戦担当者は、できるだけ水を吐き出させてから、最大の武器である騎竜兵を突入させることにした。
騎兵であれ、戦車であれ、騎竜兵であれ、いつの世も高速で突っ込む重装備の部隊は切り札であり、温存しなければならない。
騎竜兵が受ける攻撃は可能な限り減らすべきというのが、日米共通の見解だった。
だから、砲弾やミサイルを予算の許す限り撃ち込み、これを水で撃ち落とさせることを選んだ。
彼らの本音としては、最初は砲弾よりもっと安い物から始めたかった。
だが、試しにラジコン飛行機を飛ばしてみたが無視をされ、効果がなかった。
かといって、大量のラジコンを用意して、それを改造して手榴弾とピンを抜く装置をつけるような時間もない。自爆ドローンも手元にはなく、あったとしても値段は高い。
致し方なく、彼らは大砲を並べ立て、砲弾の雨を降らせたのだった。
第二射、噴水あり、外傷なし。
第三射、噴水あり、外傷なし。
第四射、噴水あり、外傷なし。
第五射、噴水あり、外傷なし。
ひたすらに、同じ報告が繰り返される。
「外傷なし外傷なし、クソッ! 化け物め!」
「落ち着け! そんなことは想定の内だ」
「観測班より報告。第六射、噴水なし」
「噴水なし? 出し切ったのか、それとも脅威ではないと判断したのか。区別がつかん。作戦を第三段階に移行。第四地対艦ミサイル連隊、八八式地対艦誘導弾による攻撃を開始せよ」
新しく指示が飛んだのは、青森の八戸駐屯地から関東地方に急行したミサイル連隊。
茨城県南部の河川敷に展開し、長射程の対艦ミサイルを発射する
数分の後、通信要員が受話器を取った。
「噴水を確認。命中弾なし。地対艦誘導弾は全弾撃墜されました」
「次だ。次を撃て」
四台のトラックに載せられた発射装置に装填されたミサイルは、それぞれ六発ずつ。
それに加えて、予備のミサイルが二十四発。
数十億円分のミサイルを、躊躇なく撃ち込む。
そのすべてが、水の槍に撃ち落とされる。
「敵噴水により全弾撃墜。ただし、噴水量の減少を確認」
「作戦を第四段階に移行。日米連合艦隊によるミサイル攻撃を開始せよ」
「了解。作戦、第四段階に移行」
第四段階として撃ち出されるのは、日米の護衛艦、巡洋艦群に搭載された無数の小型ミサイル。
一発あたり一秒に近いペースで連射され、面の攻撃として襲いかかるはずだ。
数分間の緊張に満ちた沈黙に続き、受話器越しの感情を抑えた声。
「観測班、噴水量の減衰と一部ミサイルの命中を確認。目標、なおも健在。目立った外傷はなし」
「わかった。作戦を第五段階に移行。重騎竜兵による攻撃を開始せよ」
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大蛇横たわる第二海堡から約十キロ――横須賀基地の上空で、イシュタル率いる千騎の重騎竜兵は旋回しながら飛び続けていた。
合図があり次第、すぐに目標に襲いかかるための上空待機。
竜王ウシュムガルとの戦の間、何十回、何百回と繰り返した行為。己に死をもたらすかもしれない戦場を見つめ、恐怖を飼い慣らすための時間。
腕や足まで覆う鎧で身を包み、剛弓と長槍で武装した重騎竜兵は、戦の要だ。
高い防御力を活かして空を飛び回り、強く張った弓で要所に遠距離攻撃を仕掛ける。
そして、戦が進み敵の戦列が乱れた所で長槍に持ち替え、弱点に向かって殺到する。
軽騎竜兵とは、根本的に違う仕事だ。
四百騎の軽騎竜兵は警戒任務に当たっていて、小田原、東京、横須賀周辺で竜王軍の活動がないか確認している。
一見してわかる違いとして、軽騎竜兵にはそれなりの数の女兵士がいる。それは人口が決して多くはないブルムにおいて竜に乗れることが絶大な意味を持つためでもあり、筋力よりも視力と危機察知能力が重んじられるためでもある。
軽騎竜兵は小部隊で活動し、敵に遭遇したら、情報を持って逃げ帰るのも仕事の内なのだ。
だが、ここに集まる重騎竜兵は、常に重装備を施され、大軍で運用され、強力な敵がいる場所にこそ投入される。
彼らが武器を持つのはとどめを刺す時、あるいは、起死回生の一撃で劣勢を挽回する時。いずれにしても、撤退も失敗も許されず、ただ前進と勝利のみを求められる。
古今東西、あるいは別の世界でも、重騎兵という物の本質は変わらない。
突撃、衝撃、勝利。
指揮官の命令に絶対的な信頼をおいて、戦女神の狂信者として槍を構えて突き進む。
彼らは戦姫イシュタルの槍として、何度となくそれを繰り返し、勝利を重ねてきた。
「攻撃開始!」
イシュタルの号令とともに、角笛が吹き鳴らされる。甲高い、威勢の良い旋律。その意味を取り違える愚か者はここにはいない。
千の蛮勇の武者達は十人一組で縦隊を組み、お互いの間隔を広く取って大蛇マウダイムへと向かっていく。
その手に持つは、常人には引けぬ剛弓。
各隊列の先頭を行く十人隊長の兜は、黒い尾羽根で飾られている。
彼らは速度を上げ、薄い黄色の光の壁――ナキアがマウダイムと海の水を隔てるために作り出した結界の中に突入した。
直径五キロ近い結界の中では、邪な大蛇が羽根を羽ばたかせ、縦横無尽に中を舞う。
「作戦通りだ! 射撃開始!」
再びイシュタルの号令と、角笛の響き。
隊列はさらに加速し、弓に矢を番え、いつでも弓を引けるようにする。敵はまだ遠く、弦を引き絞るにはまだ早い。
前方から、敵の噴水。
先頭の隊列が退避の動きを取り、後続も皆それに続く。十人組で広がって飛んでいるのは、こうした回避行動を取りやすくするためだ。
そこまでしても、高速で迫りくる攻撃をすべて
騎竜兵の死に様は、いつだって悲惨なもの。
騎手が傷を受けても竜が飛べればまだいいが、空に留まることができなければ、竜とともに地面か水面、あるいは建物の屋根に叩きつけられる。
それでも、彼らが死を恐れて速度を落とすことはなく、お互いの距離が詰まっていく。
大蛇が騎竜兵の隊列中央に突進するのを見て、彼らは上下左右に散開し、矢を放てる位置にいる者は一斉に放つ。
そして、衝突を避けながらも恐ろしい速さで飛び回り、事前に決められた陣形を形作る。
一騎二騎と撃ち落とされながらも移動を続け、当初は一つの塊だった騎竜兵は、いつの間にか二つの塊に分かれていた。
イシュタルの周りに残るのは、護衛と伝令を兼ねた十騎のみ。
二つの塊は、それぞれ弓で狙いやすいよう敵を左に見て、お互いが弓矢の狙いに入らない位置を保って飛ぶ。巨大な塊を統率するのは、青い尾羽根で兜を飾った百人隊長達。
隊を二つに分けたことで、少なくとも片方の隊は敵に弓を射ることができる。
敵の噴水攻撃はまだ続いているが、それでも、度重なる砲撃によってその勢いは弱っている。
陣は整い、想定外の出来事はなし。
百戦錬磨の兵どもは弓を引き絞り、一斉に矢を放った。一度、二度、三度、四度と弓矢と噴水の応酬を繰り返し、ついには恐怖を生み出す水が尽きた。
数百の矢が突き刺さりハリネズミのようになった大蛇は、その身をくねらせて騎竜兵の一団に頭を向けた。そして、噛みつかんとばかりに大きく口を開く。
兵の間に緊張が走り、巨躯の突進に備えて回避行動を開始する。だが、予想していた攻撃は来ず、代わりに金属音とも悲鳴ともつかない、不快な高音の鳴き声が空を駆ける。
異様だが、特別変わった攻撃を仕掛けてくる様子もなく、どことなく消極的に見える。
兵達は今が好機と矢を放ち続けたが、数分後、明らかな異変が起きた。
澄み切った空が突如として曇り、東京湾上空は厚く黒い雲に覆われたのだ。次に訪れたのは、その場にいる誰もが恐れているもの。
雨。
結界の内外に落下を始めた雨粒は、水を失い劣勢に陥っていた大蛇の体を潤す。開かれたその口からは、万物を貫く水の槍。
神殺しに挑んだ人間は、再び水の暴威に晒されることとなった。
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