第15話 さむさんばる?

 楽しい夕食の時間は終わり、食休み。

 イシュタルが想定外の醜態を晒した以外には、特に何事もなく、無事にカレーを食べ終えた。

 長い一日だった……と思ったけども、外は夕焼け、まだ午後の五時半になるかならないかだ。

 昨日は家で肉を食べてワインを飲んでいたのが、今日は小田原城で米なしカレー。人生何があるかわからないな。

 まったく、とんだ三連休だ……三連休?

 今日は何曜日だ。

 昨日は三連休の初日で、確か金曜日だった。

 だから夕方までガンガン働いていた前田さんが、余勢を駆ってギンギンに働いているのだ。

 つまり今日は土曜日で、明後日は普通なら出勤日だ。だが、私は小田原で兵站総監をしている。

 武州重機械工業はいまだ副業禁止の古典的企業であり、かつ、外国の政府や企業の命令を受ける立場の人間には何かとチェックが入る。

 副業でブルム王国の兵站総監として王女殿下の命令に従うので、出勤は難しいです!

 こんなことを言われたら、上司も人事も困ってしまう。かといって、何も言わないのもマズイ。

 どうしたものか……困り果てたのが表情に出たのか、前田さんに顔を覗き込まれる。

「どうしたんですか? 渋い顔して」

「いえ、会社になんて言おうかなと」

「忘れてた! さっき社長さんに連絡しといたんですよ。やっぱり対策本部から連絡した方がいいと思って。すぐに返事来たんですけど、後で上司の方には電話した方がいいです」

「助かります」

「いえいえ、言うの忘れててすいません」

 やっぱり前田さんは実に素晴らしい人材だ。

 多少走り屋気質だったとして、それがなんだというのか。後で課長に電話して万事解決だ。

「あ、そうだ。フミアキ」

 懸念が片付いて心が晴れ渡ったところで、食後のインスタントコーヒー――展示室として再建されているから電源があるのだ――を楽しんでいた王女殿下が、軽い調子でそう言った。

 上司が突然何気ない風に声をかけてきたら、それは厄介ごとの前触れ。

「お前らが武器に使ってる金属は何だ? 矢を補充したり剣を打ち直したりしなきゃいけないんだが、サムサンバルはあるのか?」

「さ、さむさん?」

「サムサンバルだ。剣もやじりも鎧もそれで作る。これだ、抜いてみろ」

 イシュタルに渡されたのは、朝の戦いで使っていた短剣。鞘には見事な翼竜の紋様が掘られ、目には彼女の瞳と同じ琥珀色の宝石が嵌っている。

 鞘から抜くと、白銀の刃がギラリと光る。

「うわ、軽っ」

 剣の普通の重さなんて知らないが、それでも刃渡り三十センチ以上ありそうなのに、小振りの包丁程度の重さしかないのはおかしい。

 横からナキアに刃物はあるかと聞かれたから、念の為持ってきていた包丁を渡す。すると、虫眼鏡にゴテゴテと飾りをつけたような、不思議なレンズをそれにかざした。

「なに、これは……鋼? うわぁ、鋼とか。発展してるのかしてないのかわからない文明ね」

「どういうこと?」

「ほぼ同じ金属がこっちにもあったけど、それは千年以上前の話よ」

「せ、千年前?」

「そう。でも、鋼鉄では竜の鱗は貫けず、悪いことに魔族が鎧作りまで覚え始めた。その窮地を救ったのが、魔族の鱗も鎧も貫くサムサンバル。古のブルムの賢者が鉄を改良してそれを生み出し、私達は空を手に入れた。今はまた魔族の鎧も進化したけど、鱗や殻なら問題にならない」

「なるほど………あれ? てことは、それがないと矢も作れないし、剣が欠けても直せない?」

「そうね。サムサンバルなしで竜王軍を倒すのは不可能に近いわ」

 なんてこった、とはまさにこのこと。

 だが確かに、最初にテレビで見た黒竜はミサイルをものともしなかったのに、矢は効いていた。

 なければ困るのはもう確実だ。

「それって鉄と何かの合金?」

「そうよ」

 そう口にして頷く彼女に、私は少しだけ安堵を覚える。鉄ベースならば、望みはある。

 脳裏に浮かぶのは三友さんゆう金属――何を隠そう、私の担当取引先である。

 関東大震災にも敗戦後の荒波にも負けず、不況にも外資系企業にも負けず。

 東に儲け話あれば行って資本を投下し、西に新興企業あれば叩いて潰す。

 北に優秀な人材あればもっと払うからウチに来いと説得し、南に経営不振の企業あれば業績の良い部門だけ買収する。

 そうして帝国を築き上げた三友財閥だったが、製鉄の世界では覇権を掴み損ね、仇敵きゅうてき興亜鉄鋼に王の座を明け渡した。

 このままでは三友グループホールディングスに見放され、売りに出され、社名から三友が消え、なんなら給料も下がる――

 そんな三友金属が運命を託したのが、アルミや銅等の非鉄金属と、鉄に他の金属を混ぜて性能を上げた特殊鋼。

 私はここから排気筒マフラー冷却器ラジエーターの材料を買っているが、この話にはもってこいの会社だ。

 三友の技術者はとは言うが、と言うことを毛嫌いしている。

 ビジネスとして旨くないのでやりませんとは言うが、僕達には難しくってできませんとは死んでも言わない。そういう人間の集まりである。

 異世界から来た、軽くて頑丈な未知の金属。

 御社の技術で日本を救えるし、なんなら最新の高性能金属の技術を独占できるんですけど、気合い入れてすぐ作ってくれませんか?

 あ! 難しくてできないならいいですぅ。

 興亜さんに頼むんでぇ。

 うん、これは……多分大丈夫だ。

「いい会社があるから話してみるよ。ところでイシュタル、それってどれぐらいよく切れるの?」

「どれぐらい? 難しいな。まぁ、そうだな。ナキア、立ってその包丁横向きで持ってくれ。フミアキ、レイ。危ないから離れてろ」

 妙な指示をしたイシュタルは、立ち上がると長剣を抜いて上段に構えた。

 眼の前には、ナキアが構える包丁。

 白銀の刃が振り下ろされると、キーンと澄んだ高い音が聞こえ、何か光る物が飛んできた。

 それは、綺麗に切断された包丁の刃。

「は? え、刃?」

「これがサムサンバルだ。加工法はナキアが技術者に教えるから、なんとかして作らせろ」

 いくらなんでもこれは、高性能が過ぎる。

 眼の前にあるのは、まさに斬鉄剣。子供の頃の自分にも見せてやりたいものだ。きっと手を叩いて喜ぶに違いない。

 しばらく感動に浸りたいところだが、それ以上にサラリーマン的興奮が駆け巡る。

 武州重機械工業は、その名の通り重機の会社。

 工事現場で土を掘り、運び、杭を打ち、重い物を吊り上げる。基礎工事から解体まで、オール弊社で対応可能な総合メーカーである。

 しかし何にでも競争はあるもので、価格競争に走る安売りくんから違法スレスレの接待くん、異常なハイテクを重機に盛り込む変態くんから、米軍あるところかならず姿を見せる外資くんまで、敵はいくらでもいる。

 そこで、サムサンバルだ。重機にとって軽さはそこまで価値はないが、例えばあの切断力を活かして円盤状の刃を作って回せば、建物の解体、伐採、木の根の切断と、何かと役に立ちそうだ。

 弊社の強みは圧倒的事業規模を背景にした、あらゆる現場への最適な提案と製品の確実な供給。

 弱点は、マニアックな技術力による問題解決。

 もし、三友金属に私がブルム王国の窓口としてサムサンバルを開発させ、として武州重機械工業への独占、あるいは優先供給契約を結べば、市場での地位を盤石にできる。

 しばらく職場を離れる土産としては、十分だ。

 流れが決まれば遅れは厳禁。社用スマホを取り出して、早速課長の斉藤さんに電話をかける。

 何コールかした後で、斉藤ですと、なんとなく優しげで丸みのある声が聞こえる。

「休日に申し訳ありません。石田です」

「あぁ石田くん。話は降りてきてるよ。大変なことになったね」

「はい。業務の方も、ちょっと」

「いいよ。どうせこんな状況じゃ通常通りの生産なんて見込めないんだから、敵を倒すのが一番の納期対策だよ。そういう意味では、君が一番会社のために働いてるね。それに、僕は高校から家族で神奈川に引っ越したんだけど、実は生まれが兵庫でね」

「そうなんですか? なんでやねんとかどつくぞとか、言わないですよね」

「石田くんさぁ、関西人が皆テレビに出てくる大阪人だと思ってるでしょ。まぁいいや。とにかく縁のある所だから、助けてくれると嬉しいよね」

 口調は相変わらず穏やかだが、いつもより少し物悲しく聞こえる。両親は関東だとしても、関西で暮らす親戚だっているだろう。

 それなりに、気を揉んでいるのかもしれない。

 しかし、私はこれから仕事にかかわる話をせねばならない。休日に労働をさせてしまって申し訳ないが、呪うなら私ではなく課長の椅子だ。

 斉藤さんは偉くて、責任があり、私より給料が高い。職位、職責、給与は三点セットであるべきなのだから。

「ところで斉藤さん、竜王軍に関連してちょっとご相談が」

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