第14話 茶色の救世主-Ⅱ-
卸売市場の駐車場でやっと速度を落とした前田さんは、綺麗かつ静かな動きで駐車する。
道もこんな感じで走って欲しいなぁ、と口にする暇もなく、こちらに走り寄る人影が二つ。
車を降りると、脂っぽいおじさん達――角刈りとスキンヘッドの二人組が、どうもどうも! と言いながら頭を下げた。
「石田様! 木場貴金属の木場です! いやぁ、まさかね、異世界の金貨を見る日が来るとはぁ」
「
「いやいや益子さんさ、まださ、ご利用されてないでしょ? ウチが買うかもしれないでしょ?」
「いやそれは別にさ、いいでしょ、そこは」
眼前の脂っこい光景は、まさに狙い通り。
地場の買取業者である二人は、いきなり喧嘩を始めている。
こちらは金貨を日本円に変えないと飯が食えない、弱い立場なのだ。一社しか呼んでなければ、足元を見られただろう。
「まぁまぁ、まず現物をご覧になっては」
もったいつけて布袋を開けると、二人はスケベオヤジさながらに目を細めて覗き込む。
おぉう、と感嘆の声を上げさせるのは、濃くて明るい黄金の輝き。
「おほほ、んっふふふふふ。じゃぁね、早速ね、鑑定しましょうか。益子さんさ、これどうする? 別々にやる?」
「一緒でいいんじゃない? そこは。角刈りのくせに細かいよ」
「角刈りは関係ないよねぇ。まぁ、いいや。じゃあね、石田様ね、ウチの車に色々ありますから、こちらにお願いしますね」
木場さんは後部座席から台やら道具やらを取り出して、車の脇にセットしていく。
そして二人で金貨を磁石に近づけたり、水に沈めたり、黒っぽい板に擦りつけたり、しまいには怪しげな薬品を塗ったりした。
鑑定が進むにつれて、ほぉ、だのふぅん、だのと言っていたのが段々と静かになっていった。
そして二人は無言で見つめ合い、どちらからともなく、いやぁこれは、と呟いた。
「これ、に、にじゅーよんきん、だよね」
「しかも異世界の金貨。見慣れないデザインがまたね、天秤かな……い、石田様、これ、どれぐらいの量が?」
おじさん達の目に宿るのは、期待と欲望。
なにせ、異世界の王国で造られたなんてプレミア付きの純金だ。
出回る量が少なければ、値段は吊り上がる。
さて、イシュタルは補給部隊が合流すればいくらでもあると言っていたが、沢山ありますよ! なんて、素直に言う必要があるだろうか。
そもそも無事に合流できるかわからないし、軍資金をすべて日本円に変えるとも限らないのだ。
「私も詳しくは……ただ、彼女達は戦闘中の事故でこちらに来ましたから、まぁ、ね」
嘘は、ついていない。
サラリーマンは嘘はついてはいけないが、余計なことも言ってはいけないのだ。
いくらでもあるというのもイシュタルの主観に過ぎないのだから、不正確なことを言わない点で、私の言葉は誠意に溢れている。
さて、今の会話でどれだけ買値が上がるかな。
鑑定をしている間に調べてみれば、金相場は上がる一方。当面は一グラム一万円を超えそうだ。
つまり、ペットボトル飲料の重さで五百万円。
それにプレミアが乗ってくる。
これが紙幣や卑金属の硬貨だったら、ブルム王国が存在しないこの世界では、ゴミだ。
ブルムが金貨を使っていてよかった。紙幣や貝殻や変な石とかじゃなくて、本当によかった……
おじさん達は恋人か? と思うぐらいに目配せを交わし合っていたが、ついにタコ――益子さんが満面の笑みを私に向けた。
「石田様、グラム一万五千円でいかがですか」
「じゃ木場貴金属もね、グラム一万六千円で」
「ちょっとちょっと」
提示金額は相場の五割増し、悪くない。しかし、この場で全部売るべきか?
否、それはサラリーマンシップに反する行い。
私には雇用主の利益を最大化する責任がある。
「ご提示ありがとうございます。では、木場貴金属さんに百二十グラム、金益商店さんに八十グラムでお売りしたいと」
「あれ、あの、残りの三百グラムは」
「いやぁ、金貨は元の世界でも使いますからね。ほいほい交換すると私も怒られてしまうもので」
「じゃ金益商店はグラム二万で」
「あ、この野郎。木場はね、うん、いやぁ……」
どうやら手元資金はタコの金益商店の方が多いらしく、角刈りの木場さんは悶絶するばかり。
「はい、では金益商店さんが二百五十、木場貴金属さんが五十でお願いしますね」
相場通りなら五百グラム全部売って五百万円だったのが、三百グラムで五百八十万円。我ながら頑張った方だと思う。
そして、これで異世界の金貨が流通していて、どうやら高値で売れるらしい――と噂が立ってくれれば、ブルム金貨の価値はさらに上がる。
残りの金貨はその後に換金する。
そうすれば、王女殿下もにっこりだ。
仮に値段が上がらなくても、金貨は金貨、損はしない。ノーリスクハイリターンの夢のような勝負、逃す手はないだろう。
さてさて、話は決まった。その場で金貨を渡し、書類を取り交わし、ネットバンキングで即時決済。いい時代である。
買い取り屋の二人を見送った後は、青果卸売市場で買い物の時間。ネット振込で大量のイモやらニンジンやら玉ねぎやらを買い込んだ。
市場の人は輸送手段を心配してくれたけど、エルルが転送魔法で小田原城に送ってくれた。
魔法陣の中に消えていく野菜を見て、皆慌ててスマホを構えて動画を撮っていた。
帰りの車でまたスーパーに寄ってもらい、残ってる食材で使えそうな物を買っていく。
運転はゆっくりで! と前田さんにしつこくお願いしたら、しぶしぶながらも安全運転で、適切な加減速、完璧なコーナリング、停車時も絶妙なブレーキの踏み加減で快適そのものだった。
最初からやってよ、という話でもあるけども。
小田原城に戻る途中で、気になっていたことをエルルに聞いてみる。
「あのさ、ナキアってどういう立場の人なの? やっぱり、かなり偉いのかな」
ナキアという言葉に反応したのか、エルルはピクリと肩を震わせた。
「え、偉いです! 師長殿は魔導師の頂点ですし、イシュタル殿下の御親戚ですので」
「親戚? 全然似てないけど」
「国王陛下には母君の違う妹君がいらっしゃるのですが、そのご長女が師長殿です。なので、高官の中でも特に重んじられています」
えぇと、イシュタルのお父さんの腹違いの妹の子供となると、少し血の遠い
となると、ナキアも一応王族になる。どうりでイシュタルとの距離も近いわけだ。
「なるほどね。部下には結構厳しそうだね」
「はい。僕は魔力が少なくて、戦闘では役に立たないと言われているので、特に」
「なるほど……うん、頑張って」
小田原城に戻ると、前田さんは二の丸広場、観光ルートで最初の方の広場に車を停めた。普段は屋台なんが出ていたりするけども、今日はしんとしていて寂しい限りだ。
広場の真ん中には、野菜を詰めた段ボール箱が大量に並んでいる。きちんと正しい場所に転送できるなんて、便利な魔法だ。
本丸広場に戻ると、そこには大量のテントが並び、人影はほとんど見えなかった。
多分、イシュタルの指示通りテントの中に入っているんだろう。
広場の端には牽引式のゴツい荷車が置かれ、その上には四角い大きな缶がいくつも並んでいる。
そして、台車の隣に迷彩服の隊員が数名。
ニシニシ君に多田陸曹、他の隊員達と、どれもデパートで見た顔だ。近づいて声を掛けると敬礼されたので、足を止めてお辞儀を返す。
「あの、皆さんは戻らなくていいんですか?」
見たところ他の隊員はすでに引き上げていて、残っているのは眼の前の数人だけ。
ベテランの風格漂う多田陸曹が、気にするなと言うようにニカッと笑う。
「実はですね、石田総監。これは野外炊具一号改 というキッチンカーなのですが、扱いが難しいんですよ。なので我々がお手伝いします」
「いやぁ、なんだか申し訳ないですね」
「申し訳ないのはこちらですよ。見事な戦い振りを見せてくれたのに、食事も出せないとは。調理ぐらい手伝わせてください」
嬉しい言葉の後に続くのは、汗にまみれた肉体労働。エルルに二の丸広場から食材を転送してもらったが、結局は立ったりしゃがんだりしながら大量の野菜を処理することになる。
それでも、だ。
想像より、はるかに少ない苦労で済んだ。
野外炊具一号改は素晴らしい相棒だ。
まず大きいサイズの四角いカマドが六個。米も炊けるし汁物も作れる。
これはわかる。想像ができる。
米も炊けずに何が護れるのかという話だ。
凄いのはここから。
デッカイ円筒形の設備があるなと思えば、驚くなかれ、球根
これでイモの皮を自動で剥けたかと思えば、
大量のイモと玉ねぎ、ニンジンをこいつで処理し、細切れにしていく。
振動とともに力強い唸り声を上げる様子に、俺がお前らを生かすという志を感じる。
そうして野菜を刻んでいる間に別ダンドリで鶏肉を切り、さらにカマドでお湯を沸かしておく。
湯が沸き立って肉と野菜が煮られ、食事の匂いが漂い始める。腹を空かせた兵達が、テントの隙間からチラチラとこちらを見ているではないか。
ついに煮込みの最終段階。満を持して登場するのはカレールー。大人数の食事を作るなら、その便利さと美味しさは空前にして絶後。
美味しい、安い、取り分けが楽。まったくカレーは素晴らしい。その素敵なカレーを作る所要時間は、なんと一時間足らず。
凄いぞ! 野外炊具一号改!
溢れ出るカレーの香りに、兵達もたまらずテントから出てきている!
米まで買えず主食は具のジャガイモだが、多分彼らはイモも食べるだろう。鶏肉ははっきり言って少ないけども、努力ぐらいは認めて欲しい。
さっさと食べ始めたい気持ちを抑えて、向かう先は天守五階。私の案内で地上に降り立った王女殿下と筆頭魔導師様は、未知の芳香にそわそわしている。
まず先に小さな缶にイシュタル、ナキア、私の分を取り分けて、残りは兵達で配膳するようイシュタルから指示が飛んだ。
やはりというか、どんな場面でも序列が示されるらしい。多分わざわざ示すつもりもなく、自然にそうしてるのだろうけど。
ニシニシ君と多田陸曹達は部隊が近くの河川敷に展開しているらしく、カレーを勧めたが固辞して帰っていった。
前田さんは駅前のホテルに泊まるらしいが、私がカレーと言う前に、目を合わせただけで食べますと答えた。
さて、やっとのことで戻ってきた天守五階。
報告もそこそこに、食事の時間だ。
眼の前では、米抜きのイモたっぷりカレーが湯気を立てているのだ。全部後回しに決まってる。
スーパーでかき集めたプラスチックのスプーンが、ホクホクのジャガイモに突き立てられた。
二つに割られた黄金のイモは威嚇するように湯気を立て、俺は熱いぞと語気を荒げる。
これは、危険だ。
その熱々を、あろうことか殿下はスプーンですくってそのまま口に入れる。
なんてことだ、いくら一口サイズに切ってあるからと言って、一口で食べていいわけがないではないか。
いや……もしやこれは、一口サイズにした私の罪なのか。確かに、イモをもっとデカくすれば、殿下もそのままイケるとは思わなかっただろう。
王族として教育を受けた者が一度口に入れたものを出していいはずもなく、さりとて飲み込むには大きく、噛むには熱い。
結果として、イモがあまり口に当たらないように器用に口をすぼめて、ホーホーと息を吹いて冷ますハメになる。何を思ったか、途中からホッホホッホホッホと妙なリズムを刻みだす。
あまりの光景に、私と前田さんは目を逸らす。
ナキアだけは怪しげな笑いを漏らし、ついには耐えきれなくなって声を上げて笑う。
「
「いやだって殿下、ひひっ、これはどう見てもイモ、煮られたイモです。熱いのは当たり前です。もう異世界は理由になりませんよね? ただの醜態じゃないですか……ふふっ」
「
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