第6話 王女たるもの

「前田さん、それ私も入ってます?」

「窓口役をして頂けるなら必要ですね。でないとちょっと、やりにくくて。まずお二人には便宜上べんぎじょう日本国籍を与えて、臨時的に国家公務員として竜王軍対処のために勤務して頂くという案が」

 とりあえず前田さんの言うまま訳していると、ふざけないでフミアキ! とナキアが怒鳴る。

 私の考えじゃないんだけどね。

「公務員って王の役人でしょう? 私はまだしも、殿下をあなたの王の臣下にするなんて、到底許されることではないわ」

「と言ってます」

 中々疲れるやり取りだ。翻訳魔法って言ってたけど、自分自身にかけることはできないのか?

 まぁ、できないからこうしてるんだろうけど。

「わかりました。では第二案で、あまりやりたい案ではないのですが……あ、今のは言わずにお願いしますね? 日本のどこか一部を貸し出して、そこを首都とした国家を承認。そのうえで、防衛上の協力を要請します」

「一部って、そんなのできるんですか? バチカンみたいな感じですか?」

「細かい話はともかく、イメージとしてはそれが近いですかね。特別法をいくつも作ってゴリ押しですけど。さすがに石田さんを二重国籍にはできないので、日本人として、イシュタル王女殿下に私的に雇用されていることになります」

「なんだか手続きだらけで大変ですね」

 素直な感想としてそう言うと、前田さんはいかにも苦笑いといった顔で、外から見たらおかしいですよね、と言った。

「でも、自衛隊、大勢の公務員、いくつもの公共設備、巨額の税金を動かしますからね。そのすべてに根拠や承認が必要なんです。だからこうやって、最初にバシッと決めた方が早いんです。今の国家承認の話、伝えてもらえますか?」

 それもそうだ、馬鹿なことを言ってしまったと悔いながら、第二案を二人に伝える。

 ブルム王国としての承認だからだろう、今度は二人とも素直に頷いた。

 領土の候補地ですが、と前田さんが言いかけたところで、イシュタルがタブレットの地図を見せてきた。

「フミアキ。ブルムの領地なんだが、この山から平野に変わる辺りに城はないのか?」

「城? あるけど、なんで?」

「ウシュムガルが城にいるんだぞ? 私が城にいなくていいわけないだろ!」

「前田さん。あの、なんか、城に入れろって言ってます」

「しろ? しろ、お城ですか。えーと、とりあえず無人島か山奥を国土にして、自衛隊駐屯地で生活とかで考えてたんですけど」 

 一応前田さんの言う通りに伝えてみると、王女殿下は大変なご立腹のなさりようだった。

「王城なくして何が国家か!」

 なんとまあ、ものすごい国家観だ。

 話を聞く限りでは向こうの民衆は魔族の脅威に晒されていて、民を守るための軍があり、それを束ねる私は偉い! といった価値観みたいだから、城が持つ意味はとても重いのかもしれない。

「一応聞くが、そのチュウトンチとやらに塔はあるのか?」

 塔、塔か。

 そこなのか。

「無いよ」

「ではダメだ。兵達がどう思うか」

「その、塔が大事?」

「あのなフミアキ、兵達に命まで賭けさせるにはな、主はそれに値する姿を見せないといけない。お前、卑屈で頼りない主人のために死ねるか? 塔がどうというよりも、まず威厳が必要なんだ。兵の、全員が、すぐにわかる形でな」

 彼女はまっすぐに、私の顔を見据えて語る。

 正直に言えば、本当に心の底から共感できる話ではない。そもそも何かのために死ぬなんて、そんなことを考えて生きていないからだ。

 それでも、指揮官として何度も戦え死ねと命じてきた彼女の言葉には、確かな重みがあった。

「わかった、わかったよ。ちょっと話してみる」

 前田さんにできる限りそのまま、変な解釈は加えずにイシュタルの言葉を伝えると、理知的かつにこやかな笑顔を浮かべたまま無言になった。

 ポーカーフェイスというのだろうか。

 なんだか違う気がする。

 まぁ、想定外なのだとは思う。

 国有地の適当な無人島あたりを仮の国土にというのは、ごく真っ当な考えだろう。その方が後の面倒が少ないからだ。

 恐らくは山奥や無人島ですら、日本の領内での国家承認なんて異例中の異例。それでもいくつもの可能性を考慮し、最悪のパターンを想定し、短い時間で引き出した最大限の提案なのだろう。

 そこに、城をよこせと言ってきた。

 保全に気を使う文化遺産で、地域の象徴でもあるのだ。自治体や国民の反発は避けられない。

 しかし、しかしだ。

 防衛上の協力を要請する、と表現していたが、化け物どもと戦ってくれ――つまりは代わりに命を賭けてくれと言っているわけで、その指揮官がいると言うなら、それはいるのだ。

 前田さんがどう考えているかはわからないけど、もう適当な島か山に、とは言えないだろう。

 彼女は大変礼儀正しい笑顔のまま、一度本部と検討させてくださいと言った。

「ちなみに石田さん、候補になるような大きいお城って思いつきますか」

「え、小田原城じゃないですか?」

 あれ、皆すぐに思いつくと思っていたぞ。

 戦国時代に関東を支配した後北条氏の本城で、秀吉の北条攻めの時は城下町ごと城壁で守り……

「小田原、あ、そう言えばありましたね」

 普通の人は、そんなに興味は無いものか。

「あれって、今もしっかり残ってるんですか?」

「だいぶ無くなってますけど、天守と城壁はあって、敷地はそれなりに広いですよ。なにより場所が良いですね。東海道を塞いでますから。そもそも敵は西にいるんですよね? それならやっぱり小田原城しかないというか」

「なるほど。お詳しいですね」

 お詳しいですね。

 わぁ、プライベートではまるで話が合わなそうですね、と言われた気がするのは、気の迷いだ。

 そもそも、そんな文脈で話してない。

「いえ、まぁ……とりあえず、部下を統率するうえで重要らしいので、ご検討をお願いします」

「わかりました。一応、王女殿下の仰ることもわかります。言葉通り前向きに検討します。ところでこれからの予定なんですが、一旦お二人をここに泊めて頂いていいですか?」

 なんでも、受け入れのための規則や人員の配置ができておらず、官庁や自衛隊でのすぐの受け入れが難しいらしい。

 そのためにやれ国家の承認だなんだとやるわけだから、今日はまだ仕方ないのかもしれない。 

「大丈夫ですよ。一応、そういうつもりでいましたので」

「ありがとうございます。万一に備えて、このマンションもしっかり警備してもらいますので!」

 そこまで言って、前田さんはイシュタルとナキアに挨拶をし、明日の朝にまた来ると言い残して帰っていった。

 なんでも、交通状況がまた悪化するかもしれないので、今晩は立川駐屯地に泊まるらしい。

 役所はこんな時でも事務所に戻らされるものと思っていたけど、報告はWEBでいいそうだ。

 本当は家に帰りたいところだろうけど、完全に魔物から遮断されているとも言えない中では、駐屯地の方が気持ちの面ではマシかもしれない。

「あのレイとやらは礼儀もあって、中々良い役人だな。無事城を貸してもらえるといいが」

「上の人と相談するってさ。明日にはわかるんじゃないかな」

 今日のところは、これ以上物事が進むことはないだろう。統制から外れた魔物が暴れることはあるかもしれないけど、マンションの周囲は警備されてるし、なによりイシュタルとナキアがいる。

 後はもう、風呂に入って寝るだけだ。

 風呂? 風呂、かぁ……

 彼女達に、スムーズにご入浴頂けるかが、本日最後の難題かもしれないな。

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