第5話 臣下&公務員

「へ、兵站総監?」

「そうだ。お前の勤める工房には悪いが、私のもとで働いてもらう」

「お願いよフミアキ。あなたの国がどこまで協力してくれるかわからないけど、日本の事情と私達と言葉と、両方わかる人材が必要でしょ?」

「そうだぞフミアキ。軍には補給が必要なんだ。それに、食事は食えればいいというわけではないからなぁ。食事の味と量は、士気に関わる。お前の用意する物は皆食べられる」

「そうよフミアキ。甘い物とか、綺麗な服とか、あたしのやる気に関わるわ」

 私が何か言う前に、二人が恐ろしい勢いでたたみかけてくる。言い返すのもなんだか面倒くさそうだが、しかし兵站総監とは物騒な肩書だ。

 確かにさっき金貨を貰ったけど、そんな大仰な肩書が付くとは思ってない。

 大体、私欲にまみれた動機が透けて見える。

 ちょっと待ってくれ、そう言いかけたところでチャイムが鳴り、玄関の方から私を呼ぶ女性の声が聞こえる。

 待たせるわけにもいかず、諦めて小走りで玄関に向う。ドアを開けると、明るいグレーのパンツスーツの前田さんと、迷彩柄の戦闘服を着た自衛官が何人か立っていた。

 その手には、物々しい自動小銃アサルトライフル

 前田さんは明るい茶髪にリスっぽいくりっとした顔だから、彼らの無骨な感じがより目立つ。

「特定不明勢力対策本部の前田と申します」

 そう言って彼女が差し出した名刺には前田玲衣れいと書いてある。

 移動中に名刺を手直ししたのか、元の所属は修正ペンで消され、几帳面そうなボールペンの文字で上書きされている。

「今日の夕方まで外務省の前田でしたので、恥ずかしながらそのように」

 外務省。

 私とて元文系学生だけれども、公務員試験をまるで検討しなかった身としては、外交を担当するエリートである、程度の認識しかない。

「石田と申します。武州重機械工業の資材部で働いています。あの、省庁横断の組織みたいですけど、外務省からも人を出してるんですか」

「そうですね。どこの勢力かわからないとこから始まって、ついには異世界ですからね。それを外国というかは、微妙な線だと思いますけど」

「ですよね。一応、彼女達はブルム王国と名乗ってますけど」

「中に、いるんですね?」

 奥を窺うようにする彼女を招き入れ、リビングに通じるドアを開ける。

 部屋の中では、イシュタルとナキアが座ったまま興味深そうにこちらを見ていた。前田さんがにこやかに頭を下げると、二人は立ち上がり、ナキアだけが片膝を立て跪いて頭を下げた。

「石田さん。お二人の社会的な位置づけは?」

「社会的な、ですか。黒髪の彼女がブルム王国第一王女のイシュタルで、僕らの言う王族と同じだと思います。頭を下げた方がナキアで、王国の筆頭魔導師だそうです。家臣の中でも格が高くて、多分、家柄もいいです」

「何か、タブーになる話題や言葉があるかは」

「すいません、そこまでは」

「わかりました。ではお手数ですが、通訳をお願いします」

 彼女は私に軽く頭を下げると、再びイシュタルに顔を向け、跪いて深く頭を垂れた。

「お初にお目にかかります、イシュタル王女殿下、筆頭魔導師ナキア様。私は日本国の官僚として外交に携わっております、前田玲衣と申します。この度は竜王軍を名乗る勢力に対処するにあたり、人間側の勢力としてお二方のお話をお伺いすべく参りました」

 特定不明なんとかなんて通じるかなぁ、と心配していたから、官僚と言い換える気遣いがありがたい。それに、特定不明勢力・・・・・・というとイシュタルも含まれる気がするが、彼女から見て非礼になりそうな表現は一つもない。

 まったくもって見事な口上、イシュタルもナキアも満足そうな顔だ。

 私が工房の下働きの分際で、大きい顔をしているからかもしれないけども。

「過分な儀礼、痛み入る。聞く限り、日本ではあまり跪く習慣が無いようだ。こちらに座ってくれ、その姿勢では辛いだろう」

 あれ、ここの家主は私なのだが。

 もしかして、さっき兵站総監に任命されたから、すでに臣下扱いなのか。

 前田さんは、ありがとうございますと言ってクッションの上に正座する。私もなんとなくあぐらをかきにくくて、久し振りに正座をした。

「イシュタル王女殿下、日本国は天皇陛下を元首に戴き、内閣総理大臣を中心にして国家を運営しております。そちらのブルム王国と竜王軍というのは、どのような組織なのでしょうか」

 その質問にイシュタルが答え始めると、前田さんはよく見る普通のノートとなにやら高そうなペンを出して、凄い勢いでメモを取り始めた。

 ブルム王国は多数の浮島――文字通り空に浮く島からなる天空の群島国家であり、国王マルドゥクが治めていること。

 こちらの人間と同じように、食料や労働力、様々な材料として動植物を利用していること。

 魔法があり、素質があるものは魔導師として王宮に使えていること。

 魔族を根絶することは難しく、なんとかその脅威を武力で抑え込んでいること。

 竜王は五年前に姿を表し、魔族を束ねて人間と対立していること。

 イシュタルは国王より軍を預かり、竜王討伐軍の陣頭に立って指揮をしていること。

 数年に渡り戦を繰り返していて、大きな戦いの最中にこちらに飛ばされてきたこと。

 化け物を見ていなければ冗談としか思えない内容が、彼女のノートを埋めていく。

「その、魔族というのはどんな存在なんですか? 知性があって、組織的なようですが」

「魔族は色々な種族を包括した呼び方だが、そうだな、差はあるがどれも知能があって、積極的に人間を攻撃する連中だ。獣とは見た目も違うが、何より明確な悪意があるな。普通は種族を超えて連携することはないが、まれに竜王のような存在が現れて、奴らを統率する」

「なるほど。ところで、ブルム以外にも人間の国はあるんですか?」

「ある。天空はブルムがほぼ統一しているが、完全ではない。大地の国々は人間の国がいくつもあるし、三分の一ぐらいは竜王軍に降伏した」

 降伏という概念があるのが、竜王に王らしさを足している気がする。凶暴な魔族をけしかけるだけではなくて、やめろ、襲うなと言えるのだ。

 眼の前の肉を食うなというのは、力のある者にしかできない命令だと思う。

 前田さんはメモを取る手を止めて、小さくため息をつく。

「つまり、闇雲に襲いかかってくるのではなく、例えば市民の命を盾にして交渉するとか、そういった知能がある集団なんですね?」

「そうだ。その手の交渉で時間を稼ぎながら敵の弱点を探し、兵を集めて突き崩す。それが竜王のよくやる手だ」

「現に住民の避難と引き換えに、姫路に軍勢を集めていると」

「その通り。ところで、トウキョウはこの地図のどこだ? 王都だと聞いたぞ」

 イシュタルがタブレットをこちらに見せると、画面に映された地図とトウキョウという言葉から意図を察したのか、訳すより早くそれを受け取って日本地図を拡大した。

 地形をわかりやすくする配慮か、航空写真モードになっている。

「これが東京、この灰色っぽいのはすべて街です。姫路はここです」

「なるほど。素直に考えると、ここから来るな」

 イシュタルが指さしたのは、名古屋から静岡県を通り抜けて神奈川県に至る道――いわゆる東海道だった。

 箱根や足柄山の温泉地帯があり、 神奈川県の小田原を抜ければ、だだっ広い関東平野に入る。

 そこから都心まで、遮るものは何もない。

「それと、我々も連中も違う浮き島に移る時は、竜にカゴを吊るして兵を運んだりする。そういう連中が、海や山から来ることも考えた方がいい」

「想像より、はるかに厄介そうですね」

 うつむいて考え込んだ前田さんは、十秒程そうした後に、申し訳無さそうな顔で私達を見た。

「まず現状の大枠は理解ができました。ところでですね、イシュタル王女殿下、ナキア様、石田さん。大変申し訳無いのですが、これから日本政府が皆様と竜王対策をするにあたって、この国での身分を決める必要があります」

 日本での身分。

 確かに異世界人では都合が悪そうだけれども、前田さんはしっかりと私の顔も見据えている。

 あれ……私も?

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