第4話 任命-Ⅱ-

 イシュタルとナキアが想像以上に親しげに会話をするから、食事は意外と賑やかに進んだ。

 単に話し好きなのかもしれないし、戦の最中で必要以上に生真面目に振る舞えば、気を病んでしまうのかもしれない。

 食事が済み、ニュース番組に目を向ける。

 ある一つの局がひたすらアニメとバラエティを流す以外は、どこの局でも特番が組まれ、竜王軍の話題で持ちきりだ。

 ニュースによれば住民の避難が進み、魔物の襲撃も一旦は落ち着いているらしい。良くも悪くも統率者がいて、約束は守られるということか。

 同時に、竜王の命令一つで統制された魔物が襲ってくる、ということでもあるけど。

 不意に鳴った電話を取ると、さっきの女性の声がする。前田さん、だったか。疲れ切っているはずだけど、ハリのある声をしている。

 彼女は今自衛隊車両でこちらに向かっていて、三十分以内に着くらしい。街の様子を聞いてみると、少なくとも東京の市街地は自衛隊と警察総出で安全を確保しているという。

 不用意に外出しないことと、私の住むアパートの部屋番号の確認を済ませて電話を切る。

 スマートフォンをテーブルに置くと、イシュタルが興味津々といった様子でそれを見る。

「確かさっき魔法はないと言ってたな。それは何だ? 魔法じゃないのか?」

「こっちではそうだな、電気……雷の力とコンピューターが魔法の代わり、みたいな感じかな」

「雷と、コンピューター?」

「なんというか、電気の信号で命令して、その通りの事をするんだ。どういう命令で何をするかはプログラムで決まっていて、それは人間が作る。例えばほら、ここを触ると、明かりが付く」

 スマホのライトを点けたり消したりして見せると、ナキアが身を乗り出して画面を覗き込む。

「その電気とかプログラムとかいうのは、誰でも使えるの?」

「使えるよ。作るのは難しいけど」

「へぇ、仕組みは似てるけど、誰でも使えるなら便利ね。さっきのは、その機械を持った人間同士で喋れるの?」

「そうだよ。電話っていうんだけど」

 なんだろう、物凄いハイテクで、とんでもなく便利なアイテムを見せているはずなのに、反応が薄いぞ。

 いわゆる異世界とかタイムスリップ的な、箱の中に人が! とか、遠くの人と会話を! みたいな驚きを期待してたのに、魔法なんてものがある世界から来たせいか、大して驚いていない。

 せいぜい、あ、魔法じゃないんですか? 魔法使えない残念な文明の割に凄いですね。魔法ないとか言うから馬鹿かと思ってたけど、意外と賢い感じですか? ぐらいの態度だろう。

 少しだけ、悔しい気がしないでもない。

 何と戦っているのか自分でもわからないが、このまま引き下がってはいけない気がする。

 技術がダメなら、美食はどうだ。

 さすがに今から料理をする気はないが、美味い物ならある。和菓子はハードルが高いかもしれないけど、今日の食事がいけるなら、多分アイスかチョコなら好きだろう。

 酒も飲んで火照った体には、アイスだ。

 今ならある。

 スーパーで二百円を超える奴が。

 それもキャラメルナッツ味。いかにも順応のハードルが低そうな味ではないか。

 程よく焦がした砂糖とナッツの風味が嫌いな人間なんて、世界が違っても少数派だろう。

 休暇を彩るために奮発したが、どうせこのままでは一人でゆっくり楽しむのは難しい。

 それなら、一矢報いた方がいい。

 私は再度キッチンに向かい、アイス三つとスプーンを持ってテーブルに戻る。

「食後に甘い物でもどうかな」

 甘い物と口にした瞬間に、二人から刺すような視線が向けられる。

「あるのかフミアキ、そんな物が」

「フミアキ。ブルムでは甘味かんみはとても貴重なの」

「え、そうなの?」

「浮き島の集合体だもの。どうしても農地は限られるから、糖蜜ばかり作ってられない。それが、ある、と? あなたの家に?」

「これだけど」

 蓋を開けて二人に渡すと、揃って疑うような目つきで中を覗き込む。工房の下働きをしている庶民が言う甘味とは、どんなものかと。

 スプーンでキャラメルナッツの層を破って食べれば、彼女達もそれに続く。スプーンを口に運んだ後に見せる表情は、悶絶。ん、とも、む、ともつかない謎の声を上げて、無言で食べ進める。

 食べ終わったらさすがに何か言うだろうと思っていたのに、カップが空になっても黙って目を閉じている。

「あの、美味しかった?」

 イシュタルは愚問だとばかりに静かに頷き、琥珀色の瞳をナキアに向けた。

「帰りたく……なくなるな」

「まったくです。殿下」

「しかし、民が待っている」

「お言葉ですが殿下、この世界の溢れんばかりの甘味もまた、私……いえ、殿下を待っています」

「ナキア! 迷わせるな」

 イシュタルの口から飛び出したのは、驚く程厳しい声。まさか王国の兵とやらを率い、邪悪らしい竜王軍と戦っている彼女は、本気でアイスのためにこの世界に居座ろうとしているのか。

「迷っておられますね、殿下。欲は人を惑わすもの。しかし私は知っています。酒、色、金、力、様々な快楽に溺れた者が、なぜ、沼から這い出ることができないのかを」

「なぜだというのか」

「人は、慣れるからです。快楽を繰り返すことで、なんとも思わなくなる。逆に言えばですよ? 殿下。もっと多くの甘味を味わえば、なんとも思わなくなって迷いを断ち切れるのでは」

「ダメだナキア。それは詭弁だ」

「しかし殿下、他に道は」

 誇り高き天空王国の姫君は目を閉じて深く息を吸い、ゆっくりと吐き出してから目を開く。

 琥珀色の瞳は清らかに澄み、大きな決断をしたことを悟らせる。

「フミアキ。お前を私の兵站総監へいたんそうかんに任じる。我が軍の命綱、お前に預けるぞ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る